少年の日々

はじめて考えるときのように

実家にて

2006年12月03日 | Weblog
仕事で新規店の立ち上げがあり、その店が川越の実家から原付で15分のところに位置する。よって、僕は今、実家から現場に向かっている。久々に実家のPCのキーボードを叩くと、不思議と3~4年前の感覚が蘇ってくる。

さて、僕の実家は6月に新しい体で建ちあがった。古かった我が家を取り壊し、建て直しをしたのだから、僕の生まれ育った「家」は見る影もない。

だからといって、庭は相変わらず幼稚園のときに走り回った記憶を残しているし、空気は昔と変わっていない。風の冷たさも、ちっとも改善されない。

家というものは僕にいったいなにをもたらしてくれるのだろう。
新しい家には「僕の部屋」があり、僕は主として、その部屋に居る。はずなのに、その部屋は家族のPC部屋になっており、父と妹の衣服がクローゼットにかかっている。

別にそれがどうのこうの言いたいのではなく、僕が居ない僕の部屋というのは、独特の感覚を僕に与える。自分の名前がついたロボットを、他人に操られているような、また、鎖に繋がれた犬が自分の移動範囲を目いっぱい走り回っているような、よく分からないけど、そのような感じがして、とりあえず、今もなお落ち着くには程遠いと言っていい。

なんにせよ、僕が育った家はないのだし、僕はこれから自分が生きる家や、その家を育った家と呼ぶ子供を育てたい、と、よくわからないけど思う。
武蔵浦和に帰らにゃあね。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿