MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

<18-2>典型的な交渉(2) -交渉中の印象管理-

2005-07-26 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
続いて、残る三つの印象管理戦術を見てみましょう。


(2)こちらのWalk-awayを高く見せる

妥協を迫るには迫るだけの強みがこちらにないと効果がありません。
多くの場合、「そんなに卑屈になるくらいなら、もう交渉しなくていいや」というプレッシャーが最大の強みになります。
ではこうしたプレッシャーを与えるにはどうしたいいんでしょうか。

まず最も基本的なのが、表情や行動です。
相手の言い分に驚いた表情、あきれた表情、がっかりした表情、怒りを押し殺した表情など。
肝は「そんなレベルの提案では話にならない」とこちらが思っているように印象付けることです。
例のケースなどでは、もっと端的に「じゃあ別の店に行こう」という素振りを見せるのが一番分かりやすいでしょう。

続いて典型的なのが、自分の立場をサポートする説明です。
この際ウソはつかないにせよ、自分に有利な情報だけを選択的に出すことが有効です。
「XXという事実があるんだからそれでは話にならない」ともちかけるわけです。
例のケースで言えば「知り合いは同じようなのをもっと安く買った」とか「日本でも同じものが買える」という論法です。
(前回見たとおり、日本での価格は実は店主の言い値より高いのですが、そうした不利な要素には触れずに有利な要素だけ主張するべきです)

最後に、少し違うアプローチとして「泣き落とし」があります。
相手の提案に従った際に、いかにこちらが不利益を被るかを主張するのです。
「もしそんな案で合意してしまったら、こっちの身に何が起こると思う?」という論法です。
例のケースで言えば、「そんな値段で買ったら来月から生活できない(極端ですが)」とか、「そんな高価なみやげを贈ったら相手に非常識だと思われる」といった持ち掛け方です。

(3)相手のWalk-awayを低く見せる

自分の立場を強めるとともに、相手の立場を弱めることも有効です。
相手の立場を弱めるには、主に二つのアプローチがあります。

一つには相手の立場/提案の欠陥/弱みを指摘することです。
多くの場合、それまで語られなかった新しい要素を持ち出し、それに照らして相手の立場が実は根拠薄弱だと追及します。
例のケースで言えば、それまで価格しか話にでていませんでしたが、例えば品質はどうなのでしょうか。
「実は小さいながらシミがついている」といった点を指摘できれば、そもそもの価格設定がおかしいと主張できるでしょう。
もちろん相手がその欠陥を全面的に認めることは少ないでしょうが、たとえ部分的にでも「確かに疑わしいところがある」という雰囲気ができてしまえば、相手の自信を損なう効果が期待できます。

第二に、情報を隠すことも有効です。
例えば売買取引では、買い手側はふつう商品の仕入れにかかった本当のコストが分かりません。
自分が売り手なら、こうした情報を隠してしまうことで、仕入れ値が安くついても売値を下げずにトクすることができます。
言い換えれば、買い手は本来(安くついた仕入れ値を反映すれば)安い価格を期待してもいいはずなのに、情報が隠されたため本来より割高な価格を妥当だと勘違いして交渉してしまうわけです。
例のケースで言えば、例えばAさんは自分が日本人だということを隠すことができれば、店主は「日本人以外が相手だったら、低く設定した値段でないとダメだ」と思うかもしれません。

(4)交渉決裂のコストを上げる

最後に、「妥協しなきゃいけない」というプレッシャーを与える別の方法として、交渉が決裂した時のコストを高く思わせることが挙げられます。
具体的には下の三つが典型的な手法といえるでしょう。

まず、一番単純なのが「もし話がまとまらないならキレる」という脅しです。
相手が妥協しないせいで交渉が決裂したなら、何らかの破壊的な手段に訴えて攻撃するとほのめかすわけです。
例のケースにあてあはめて言えば、例えば店先で大声で騒いで他の客が寄り付けないようにするぞ、と暗示するのです。
ただしあまり直接的にやりすぎると相手も怒って収拾がつかなくなるので、度が過ぎないよう注意が必要です。

同様に、外部の第三者の力を活用するのも有効です。
例のケースなら例えば国の観光協会に訴える、とか観光客の間で店の悪い評判を流す、とほのめかすのが典型的でしょう。
周囲を巻き込むほどに争いがひどくなるのはふつう望ましくないので、そこまでせずに何とかしようとする力学が働くわけです。

そして最後に、交渉のスケジュールをコントロールすることも戦術の一つになります。
相手にとって交渉できる時間に制約がある場合、わざと交渉するタイミングを遅らせることで切迫度が大きく変わる場合があるのです。
例えば例のケースで、Aさんが明日帰国する予定になっていてもう他の店が閉まっている時間だとしたら、Aさんの頭の中では「高くてもいいから買おう」というプレッシャーが強く働くでしょう。
店主としてはゆっくり構えていればいるほど有利になるわけです。
逆にAさんが旅行中のもっと早いタイミングで店を訪れていたらどうでしょうか。
どうせ時間はたっぷりあるし、現地に着いたばかりで市場ももの珍しく面白いので、じっくり交渉しても特に困ることはないでしょう。
逆に何時間も店に居座られると、交渉で使ってしまった数時間を無駄にはすまいと、店主の方が何とか話をまとめるよう一生懸命になる可能性もあるのです。


今回は交渉中に相手の印象を管理する駆け引きのワザを考えてみました。
次回は引き続き同じような価格交渉を例に、妥協案の効果的な出し方を考えてみたいと思います。

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