MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

将来の夢

2005-04-27 | MBA
最近では転職も一般的になり、会社に頼らず自分で自分のキャリアを自立して作る意識が広まっているようです。

筆者自身もそうした考え方には賛成ですし、また自分でも先の進路は常に考えてしまいます。
こうした「夢」とかキャリアプランについて、ビジネススクールで印象的だったことが一つ。

コースが始まった初期の段階では、みんな自分の夢をこんな風に語っていたものです。

-戦略コンサルタントになる
-投資銀行に入って儲ける
-起業家になる…

これ自体はありがちですしごく普通のことですが、要は

-XXになる

ことに主眼があったのです。
一方で、卒業が近づくころになると、これが

-XXをする

という風に変わってきます。
(XXな仕事をする、XXな会社を作る、XXを達成する、等)
時間がたってあれこれ考える中で、夢が少しずつ具体的になってきたからだ、とも説明できるでしょう。

でも別の見方をすると、みんな仲良くなり酒を飲みお互いの経験(元コンサルタント、元インベストメントバンカー、元起業家等)から学ぶことで、非常にシンプルなことを再確認するからだとも思えます。

-一流のコンサルティングファームや投資銀行に入ったって、それだけで人生が楽しくなるわけじゃない
-単に自分の会社を作ること、だけでは達成感は得られない

「XXになる」型の夢は、実現したかどうかやそこに至るステップが比較的明確です。
目に見える目標なので、実現すれば周囲にも自慢できるし尊敬も得やすいでしょう。
でもみんなホンネでは、働いて楽しかったときはそうしたことよりもっと内的な要素が重要だったと思っていたようです。

新卒の就職活動でありがちな「人と会うのが好きだから営業」、「アイデアを出すのが好きだから企画」的な発想に結局戻っていくといったところでしょうか。
ただMBAを取得する時点では仕事の経験もあり、自分自身についても大人として理解が深まっているので、大学生当時よりもずっと腹に落ちた決断ができるようです。

<10-2>キーワード(2):BATNA(続)

2005-04-26 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
では、BATNAの強弱だけで勝負は決まってしまうのでしょうか?

たしかにBATNAの影響は無視できませんが、交渉はBATNAがあればそれだけで決まってしまうものでもありません。
プロのネゴシエーターはBATNAに対する取り扱い方に細心の注意を払います。
実際のところ、交渉は「水モノ」であり、たとえ自分のBATNAが弱いものでもそれを戦術的に使うことである程度の挽回は可能なのです。
以下に、BATNAを上手に扱うための基本となる三つのガイドラインをまとめてみました。


1. お互いのBATNAを熟知すること

まず何よりも、お互いのBATNAが何なのか把握しないことにはゲームになりません。
交渉の前にあらかじめ頭を捻って、自分にとってもっと良い代替案がないか探すことに十分時間を使うべきです。
今回のケースで言えば、例えば改築と同程度の費用で買える郊外の物件で、富士山の眺めが綺麗なところが見つかれば、AさんはBさんとの交渉で無理な妥協をする必要がなくなりなります。
話がまとまらなければそちらの物件に引っ越してしまえばよいからです(住み慣れた街を離れて郊外に移ることを考えると、交渉がうまくいった場合よりは若干魅力の劣る結果ですが)。
また自分の代替案だけでなく、相手の代替案をしっかり探ることも重要です。
今回のケースで言えば、例えばBさんは本当に条例をたてにAさんの改築をさしとめることができるのでしょうか。
条例を適用するには何か条件があり、もしかしたらAさんのケースはこれに当てはまらないかもしれません。
相手に強いBATNAがある場合でも、詳しくその代替案を調べていけばどこかにほころびがある可能性はあります。

2. 相手のBATNAを弱めること

勝負の鉄則として、相手の武器を無力化することは重要です。
こちらに大きな影響力があれば交渉前から相手のBATNAをつぶすこともできますが(今回のケースで言えば、県に働きかけて条例をなくしてしまう等)、交渉中でも相手の認知に働きかけてBATNAを弱めることは十分可能です。
第一に、相手は自分のBATNAに正しく気づいていないかも知れません。
今回のケースで言えば、実はBさんが県の条例のことをあまりよく知らないことも十分あり得ます。
こうした場合、そのBATNAが存在しない前提で話をできるだけ具体的に進めてしまうべきです。
第二に、相手がBATNAに気づいていてもゆさぶりをかけることができます。
まず相手が自らのBATNAに言及したら、「よく意味が分からないので詳しく説明して欲しい」と情報を出させます。
そうすることで相手が自分のBATNAについてどこまで知っているかが大体分かります。
あとは、説明の中でおかしな点があればそこをついてもOKですし、また相手が言及しなかったその案の欠点を指摘することで、「このBATNAは実はそれほど魅力的でないかも」と思わせればよいのです。
今回のケースで言えば、例えばAさんはBATNAの時間と費用の観点から、「条例による差し止めだとこんなに時間と費用がかかるから、ここで何らかの合意をしてさっさと改築を進める方が現実的でしょう?」と話をもっていくことが出来るでしょう。

3. 自分のBATNAを強めること

2.の逆に自分のBATNAの強みを強調することで立ち場を強くします。
但し、あまり自分のBATNAの話を詳しくしすぎると思わぬボロが出たり、また無用なプレッシャー(イヤなら合意しなくてもいいんだよ、とケンカを売っている感じ)を与えることがあります。
基本的には相手が無茶な要求をしてきたり、こちらのBATNAを低く見下してきた場合に、防衛的にこの手を使うべきでしょう。


このように、BATNAは扱い方次第で武器にもなり弱点にもなります。
ただし、確かにこれらは交渉の非常に重要な一面ですが、BATNAをちらつかせるだけでは交渉はまとまりません。
次回はキーワード編第三回として、交渉をまとめるためのOptions(合意案)について説明します。

<10-1>キーワード(2):BATNA

2005-04-23 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
前回から交渉を考えるキーワード集をスタートしました。
前回のInterest(交渉で達成したい要素)に続き、今回はBATNAについて説明します。
「ハーバード流Yesと言わせる交渉術」で日本でもすっかり有名になったこの単語ですが、実際の交渉で上手に使いこなすには少し工夫がいるようです。

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交渉する際、最大の武器になるのは何でしょうか?

答えは簡単。「もうあんたと交渉しなくていいや」と言えることです。

恋愛よろしく、交渉も「惚れたほうが負け」で、その交渉の成否に依存する度合いが大きいほど、何とか交渉をまとめようと卑屈な姿勢になりがちです。
一方「交渉がまとまろうが破談になろうがどうでもいい」ヒトは、強気な要求にでることができます。
万一話が通れば儲けもの、拒否されてもどうせ大して困らないからです。

この最大の武器は、「交渉の他に持っている代替策」と言い換えることが出来ます。
他所できちんと自分の利益が確保される方法をもっているからこそ、交渉結果に依存せずにいられるからです。
そしてこうした代替案の中で自分にとって最善のものを、BATNA(Best Alternatives To a Negotiated Agreement)と呼びます。
もし交渉がまとまらなかったとき、代わりに取れる次善の策のことです。

以下、例を使って交渉でBATNAが実際にどんなものになるか考えて見ましょう。


<例1-2>

Aさんはマイホームを改築し三階建てにしようと考えています。
西隣のBさん宅の向こうにある富士山が綺麗に見られるようになる、と楽しみにしていました。
ところがBさんもAさん宅にさえぎられている日当たりを良くしようと同じく三階建てへの改築を考えていました。
設計が終わってからお互いの意図が明らかになり、二人は険悪な関係になってしまいます。

Aさんは何とかBさんとの交渉を有利に進めようと弁護士に相談してみます。
しかし法律上、AさんがBさん宅の改築を差し止める手立てはありません。
それどころか、最近県に出来た条例に従うと、逆にBさん側は日照権をたてにAさんの改築を差し止める権利があるというのです。
失意のAさんはやりきれない思いで今夜もお酒に逃げていくのでした…


このケースでのAさんのBATNAは何でしょうか?
BATNAとは交渉が成立しない場合の代替案で、その場合Bさん側は条例をたてにAさんの改築を差し止めてくるでしょうから、おそらく「改築自体をやめる」ことになるでしょう。
しかしこれではせっかくの計画が水の泡です。言い換えれば、AさんにとってBATNAはあまり魅力的ではありません。
勢い、このケースではAさんからすれば何とかしてBさんとの交渉をまとめようと一生懸命になるでしょう。

一方でBさんから見るとどうでしょうか?
Bさんには条例という味方がついているので、BさんのBATNAはおそらく「県に訴えてAさんの改築を止めさせ、自分は三階建てに改築する」ことでしょう。
このBATNAはBさんにとって非常に強力です。Aさんが交渉でなんと言おうと、気に入らなければ有無を言わさず自分の改築を強行できるからです。
Bさんからすれば、交渉でAさんに譲歩する気などしないし、そもそも交渉自体があまり重要でないように思えることでしょう。

このように、BATNAの強弱は交渉での力関係に大きく影響を及ぼします。
こうした「そんなに言うなら交渉をやめてもいいんだよ」というプレッシャーこそ、お互いの譲歩を引き出すカギになるのです。

<9-2>キーワード(1):PositionとInterst(続)

2005-04-12 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
何が問題なのでしょうか?


問題は、CさんもDさんも「一個X円」という話に固執していることです。

このケースでは、Cさんは「できるだけ安い値段で買う」というInterest(願望)を実現するために、「一個47円50銭」というPosition(具体的提案)をとっています。
一方でDさんも、「できるだけ高い値段で売る」というInterest(願望)を実現するために「一個50円」というPosition(具体的提案)を取っているわけです。
言い換えれば、お互いが「一個X円」という両立しないPositionに固執しているため、どちらかが屈服しない限り終わらない手詰まり状態になっているのです。

では、どうすれば道が開けるのでしょうか?

カギは、Positionではなく、CさんDさんお互いのInterestに注目することです。
このケースで言えば、本来(Cさんだけでなく)Dさんも価格以外のInterestを持っているはずです。
例えば、「出来るだけ多くの数量を受注したい」とか、「納期にできるだけ余裕をみて欲しい」とか、「部品在庫は発注側で負担して欲しい」など、考えていけばいくつもの要素が関連しているはずです。
これらのInterestのうち、ある部分をCさん側に有利に、そして他の部分をDさん側に有利にする案を考えることで、話し合いの余地はあるはずなのです(Interestの交換)。
納期の条件を例にとれば、Dさんにとっては工場のキャパシティ上納期に余裕を持つことが重要でも、Cさんにとってはドリルの在庫が十分あるので多少遅くてもかまわないかもしれません。
他にも来年発売される新商品などは、Dさんにとっても大型受注につながる魅力的なネタなので、そうした共通利害を見つけることで協力する余地も十分あるでしょう(Interestの共有)。

このようにPositionでなくInterestに着目することで、お互いにとってよりうまみがあり合意しやすいアイデアが生まれてきます。
また自分のInterestが何なのかきちんと把握しておけば、例えば話し合いの中で急に納期の条件が出てきても、そこでの譲歩が自分のInterestにどう影響するかすぐに判断できます。
さらに、相手のInterestが分かれば、その中から自分のInterestに差し障りない部分を譲歩した提案をすることで、話をまとめるのがぐっと簡単になるのです。

最後に、Interestをうまく使うポイントを3つ挙げておきましょう。
概念を理解することが第一歩ですが、以下のコツをつかむことでさらに交渉を上手に進めることができます。


1. 事前に、自分と相手のInterestを出来る限り把握しておく

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」です。
自分のものはとにかく書き出し、相手のものは情報収集と想像から考えておきます。
用意できた項目が多ければ多いほど交渉で有利になるので、なるべく数多く網羅的に準備すべきです。

2. 交渉中、相手のInterestを引き出す

相手側の本当の本音は交渉で探ってみないと分からないので、交渉中はこの部分の情報収集に神経を集中すべきです。
具体的な手としては、こちらの仮説をぶつけて反応をみたり、相手の提案に理由を尋ねることが有効です。
今回のケースで言えば、Cさんは「もし代わりに納期を少し遅くしてもいいと言ったら、そちらにとってもいい話だと思うんですが」とか、「どうして50円で決まりなんですか?どこの工場も数量や納期によって値段に幅がありますよね」と話をふればいいわけです。
他にも、相手に率直にInterestを聞いてしまう方法も可能です。

3. 交渉中、自分の側からInterestの一部を見せる

こちらが多少譲歩してもいい項目がある場合、それをエサに相手の内情を探るのも有効です。
今回のケースなら、Cさんは「自分は新任なので一番見えやすい、価格の部分でとにかく手柄が欲しい。価格さえ取れれば納期など他の条件は少しフレキシブルにできますよ」と言えるでしょう。
こちらがある程度情報を出せば、相手も反応せざるを得ず、結局同レベルの情報を出さざるを得ないプレッシャーがかかるものです。


次回は、引き続きキーワード編の第二回として「BATNA」について説明します。

<9-1>キーワード(1):PositionとInterest

2005-04-11 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
前回は広義と狭義、二つのレベルの交渉戦略について説明しました。
広い意味での戦略とは、交渉の流れを把握し必要に応じて各ステップを行き来すること。
狭い意味での戦略とはそのステップの一つで、どのように話し合いに臨むかの指針を立てることです。
この狭義の戦略には、いくつかの要素を明らかにすることが含まれます。
今回からはこれらの戦略要素を一つずつ取り上げ、キーワード集として説明していきたいと思います。

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-今回の交渉で達成したいことは何だったっけ?

MBAでの交渉実習で、筆者は時々こんな風に考えてしまったものです。
交渉しているとどうしても頭に血が上ったり、話が複雑になってきたりして、何がこちらの目的だったのか忘れてしまうことがあります。
また相手が予想もしなかった要求をしてきたりすると、それを認めてやったらこちらの損になるのか得になるのか、よく分からなくなってしまいます。

どの点を妥協するとお互いの利益がどうなるのか、という利益計算(お互いの損得を把握しておくこと)は、交渉を有利に進める上で絶対に欠かすことが出来ません。
ある案がお互いにとってどのくらい損か得かが分かっていないと、だまされて大きすぎる妥協をしてしまったり、相手に無茶な要求をして話を壊してしまいかねないからです。
従って、その損得を瞬時に判断する基準をもっているか否かが交渉の有利不利につながってきます。

そうした頭に入れておく基準として、交渉論ではInterest(利害関心)をあらかじめ準備しておくことが重要とされています。
Interestとは、その交渉で達成したいことを箇条書きに列挙したものを考えていただければいいと思います。
一方で、Interestに似ているが全く異なる概念としてPosition(立場)があります。
Interestが頭の中にある、ある程度漠然とした目標であるのに対し、Positionはそれを具体化して相手に要求した内容(発言内容)を指します。
PositionはInterestから発生しているもので、これらは似通った部分がありますが、二つを区別して考えることが非常に重要です。

具体的に考えるために、次の例を見てみましょう。


<例2-1>

Cさんはある中堅工具メーカーの購買部門に配属された新入社員です。
Cさんの初仕事は、自社の主力商品の一つである電動式ドリルの柄のゴムカバーを、ゴム部品メーカーから調達する事務です。
Cさんは次の四半期の調達条件を交渉するため、既存の取引先であるゴム部品メーカーの担当Dさんに電話します。

このケースでは、買い手のCさんにとっては「できるだけ安い値段で買う」という項目が一番重要なInterestになるでしょう。
一方で、「開発中の新しいドリルが来年発売されるので、その時に備え関係を良好に保っておく」とか、「買った後の不良品への対応をきちんとしてもらう」といった副次的なInterestが同時に存在しているかもしれません。


<例2-2>

Dさんに電話がつながり、Cさんは自分が新しくゴム部品の担当になった挨拶をし、早速交渉に入ろうとします。
Cさんの頭の中は1銭でも安く買って自分の手柄にすることでいっぱいです。
しかしながらCさんとは親と子ほど年齢の離れたDさんは、価格は以前から決まっているものだとして全く相手になろうとしません。
「値下げするなんてあんた、それこそうちの会社にドリルで穴開けるようなもんだよ。もう決まってるんだから、一個50円以外じゃ売らないよ。今回も前と同じ20000個の発注でいいですね。」
Cさんは5%引きの一個47円50銭でないとダメだと言い張ってみますが、Dさんも同じ主張を繰り返すだけで話が進みません…

このままではCさんにとってラチがあきません。何が問題なのでしょうか?

2005-04-09 | 雑記
ちょうど満開になってる地方が多いみたいですね。
来週辺り満開になるかと思っていたら、いつの間にかです。

留学していたので久しぶりに見る桜ですが、やはりいいものですね。
こういう分かりやすい季節感のある花は、海外だとあまりメジャーでないような気もします。

桜が感慨深いのは、新年度で新しいことが始まる思い出と結びついているからだと思います。
新入学とか新学年とか新入社とか。
そういう意味では例えば「欧米のように9月新年度開始にしよう」、と言われてもやはり違和感があります。
向こうではオフィスでも8月に2~3週間くらいバケーションを取って仕事が中断したりするので、そういう中断の後、「さあ気分一新新しい仕事」と言う感覚だと思います。
日本だとそんなに休みがないから、仮に9月から新年度にしても中途半端な感じがするんでしょうね。

<8-2>交渉戦略ってなに?(続)

2005-04-07 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
「交渉戦略」の二つの意味について。

まず、広い意味での「交渉戦略」とは何でしょうか。

これは交渉の流れを理解することだと言い換えられます。
どんな交渉でも共通して、必ず四つのステップを含んでいます。
これら四つのステップを頭に入れておき、必要に応じてそれらの間を自在に行き来することで、交渉にシステマチックに臨むことができるようになるのです。
以下にそれら四つのステップを順に説明します。


1. 状況分析

まず最初にあるのが、交渉の背景や何が問題になっているのかを知る、情報収集の段階です。
どんな交渉であれ、突然何もないところから始まることはなく、きっかけやそこに至る経緯があります。
多くの競争と同じく、交渉では情報をできるだけ多く持つことが優位につながるので、ここで必要な情報を得ておくことが重要な第一歩になります。
ここで得た情報を基に、2.でどんな作戦をたてるかが決まってきます。

2. 戦略立案

状況が分かったら、次に対策を練ります。これが、狭い意味での「交渉戦略」です。
ここで重要なことは、網羅的なシナリオ作りに走らないことです。
事前に考えておくべき要素は実は限られています(後々の回で詳しく説明します)。
また戦略を立てる際、その交渉の枠組みを考える(誰が当事者なのか、何が問題なのか等)必要がありますが、その枠組みが変わると1.の状況分析の対象となる範囲が変わってきます。
問題が変わると、収集すべき情報も変わってくるわけです。
同時に、戦略によって当然3.の話し合いのプロセスも影響を受けます。

3. 話し合い

実際の話し合いです。
話し合いの多くは一度では終わらず、何回かのラウンドに分けて行われるものです。
その際は、一旦話を引き取って持ち帰り、再び1.と2.のステップに戻って新しい戦略を用意してから次回の話し合いに臨むことになります。
ここで大事なことは、いかに相手の側から学ぶか、です。
1.の現状認識も2.の戦略も、実は相手側は全く違う認識をしているかもしれません。
相手の考えに譲歩して合わせる必要は必ずしもありませんが、自分が用意したものが仮説に過ぎないことを肝に銘じ、その前提で話を進めてOKなのかを(それとなく)チェックすべきです。
また自分の側が用意したゴール(目標とする合意点)が達成されそうなのか、話し合いの中で時々チェックして難しそうな場合は一旦中断して1.や2.のプロセスに戻ることを考えるべきです。

4. 交渉結果

何度か話し合いを重ねると、お互いが合意できる案に到達するか、または交渉が決裂するといった結果が出ます。
この結果を基に、必要に応じまた新しい交渉を企画していくわけです。

これら四つのステップは並べてみれば当たり前の理屈ですが、交渉の上手なヒトはこれらのステップの使い分けが上手なヒトと言えます。
狭い意味での交渉戦略(ここでいう2.)だけでなく他の部分にも目を配ることで、交渉のプロセスの主導権が握りやすいからです。

とはいえ、もちろん、狭義の交渉戦略も交渉に勝つために重要なことは言うまでもありません。
今回触れた全体の構図を頭に置いた上で、次回からは狭義の交渉戦略を説明していきたいと思います。
その際前提となる概念がいくつかあるので、まずいくつかのキーワードの定義から始めていきたいと思います。

<8-1>交渉戦略ってなに?

2005-04-06 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
前回までの第一部で交渉についての心構え論を終え、今回からはいよいよ「上手に交渉するにはどうすればいいのか?」という核心に迫ります。
何事もそうですが、体系的に練習するにはまず整理して考えるための基礎知識や枠組みを持つことが第一歩です。
ピアノを習うのにまず基本的な指の動かし方や譜面の読み方を覚えるのと同じことです。
第二部では、土台として交渉に関する基礎知識をざっとおさらいしながら、具体的な「How to」を深めていく予定です。
最初に今回は交渉の流れを簡単に整理してみたいと思います。

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-交渉なんてあれこれ事前に考えてもどうせ無意味だから、準備なんか時間の無駄だ。
 とにかく交渉の場で相手がどう出るか見て、その場で臨機応変に対応すればいい。

MBAでのある交渉実習の前、筆者のクラスメートが言った言葉です。
その実習はチーム同士の交渉で、各チームは事前に準備のミーティングを2時間持つことになっていました。
筆者と同じチームだった彼は、ミーティングの冒頭でこう発言しミーティングを中止しようとしたのです。

皆さんは、このように「交渉に準備は無用」という考え方は正しいと思うでしょうか?

たしかに、交渉のように相手のある話し合いで、事前にきちんとした準備をするのは難しいことです。
相手がこちらの立てたシナリオ通りに動く保証は何もありません。
ちょっとしたきっかけで話がいかようにも展開するので、前もって「何をどう話す」と綿密に決めてもその通りになることはまずないでしょう。
そう考えると、交渉に際して戦略を立てる意味がないという考え方にも一理あると言えるかもしれません。

しかしながら、プロのネゴシエーターは準備なしに交渉に臨むことはないと言います。
ビジネススクールでは「準備こそが交渉で最も大切なプロセス」と教えるプロの講師もいたくらいです。
彼らは普通の人よりはるかに「ぶっつけ本番」の交渉に強いにも関わらず、それでもなお事前に準備した戦略が交渉には必要だと言うのです。
「準備に意味があるかないか」ということよりも、「どんな準備/戦略なら意味があるのか」が交渉を上手にこなす上で重要になってくるのです。

では、プロが言う「交渉戦略」とはどんなことを指して言っているのでしょうか。
既に明らかな通り、「相手の出方を予測して細かいシナリオを作る」類のことは、実は一番重要なことではありません。
何となれば、相手の出方は何十通りもあるので全て網羅するのは現実的ではありませんし、また相手がこちらの想定していなかったことを言ってくることもままあるからです。
本当に重要なことは、「交渉戦略」という言葉がもつ広義と狭義、二つの異なる意味を理解することだと言います。

(第八回続く)

日本の第一印象

2005-04-05 | 雑記
桜が咲く季節になりました。

日本の桜と言えば海外でも有名です。
ビジネススクールでも酔っ払うと「さくら、さくら、霞か雲か…」とふざけてたどたどしい日本語で歌いだす友人もいました。

さて、海外から東京へ来るヒトはまず成田空港からバスか電車に乗るわけですが、いつもそのコースで考えることがあります。

-成田に着いて東京に向かう時に感じる、日本の第一印象って何だろう?

空港そのものはまあどこの国もそんなに変わらないので(パリのシャルルドゴールとかはちょっと違いますが)、何か他のものを考えてみるわけです。
例を挙げてみると、

1.列車が時間通り来る
2.タクシーの客引きがいない
3.景色がきれい(?)

しかしどうもこれらはいまいちしっくり来ません。

1.は最近では結構どこの国も比較的時間通り運行するようになっているようで。
昔はともかく、今はヨーロッパでも予告なく運休することはあっても、来るときはまあまあ時間通りくるみたいです。
シンガポールみたいに日本と同じかそれ以上に時間通り運行する国もありますし。

2.も単に発展途上国と先進国の違いのような気もしますし。
客引きが強引に寄ってくる先進国ってあるんでしょうかね?

3.も電車が走る地方によっては美しい景観が楽しめると思いますが、千葉の町々を抜けて走る成田エクスプレスでは今ひとつな気がします。
雑然とした郊外の景色が広がるばかりで、山も海も見られませんし。
「なんて無謀で無秩序な都市計画なんだ!」
みたいな驚きを与えることはあるかもしれませんが…
(千葉の方すみません。特に千葉県のみでなく全国あてはまることだと思います)


で、結局一番印象的なのは、実は

自販機の缶コーヒー

ではないでしょうか。
筆者はいつも海外から戻ると空港の自販機でコーヒーを買い、「ああ日本だなあ」と感激します。
何となれば、海外の多くの国では

-たかがコーヒーだけであれだけきめ細かく豊富な品揃えがあるのはありえない
-ホットもアイスも季節関係なく用意されているのはありえない

ついでにいうと

-自販機があれほど大量にあるのはありえない
-かつその大量の自販機が故障率ゼロで稼動しているのはありえない
-お札でも買える/おつりが間違いなくもらえるのはありえない

という感じです。
あと缶コーヒーがやたらに甘くない(海外のは普通ものすごく甘い)のも特徴かも。

海外だと自販機はまず故障してて当たり前、それにコインしか受け付けない、飲み物の種類は3~4種類しかないのが普通ですから。

まあ、そんなにコーヒーのみたいならカフェで飲めばいいじゃん、という考え方も一理あると思いますが…

両さんと歩く下町

2005-04-04 | 雑記
最近読んで楽しかった本に、掲題の本(秋元治著、集英社新書)があります。

少年ジャンプ連載の『こち亀』の作者の方が書いた本で、
作中の扉絵で描いた下町風景と一緒に、
舞台となった「下町」をガイドブック風に紹介した不思議な本です。

このヒトの描く風景を見ていると、
ごく当たり前の東京の風景がなんだか懐かしい感じに思えてきます。
(自分は別に下町育ちではないんですけどね)

一番好きなところは、扉絵の中に物語が感じられるところです。
扉絵の風景に含まれている両さんたち登場人物の動きも勿論一因なんですが、
何より空の描き方が好きです。

「ああ晴れていて夏真っ盛りなんだな」とか、
「雨が降って暗くて、そのまま日が暮れそうな夕方なんだな」

といった、時間や季節が身にせまって感じられるからです。
そういう肌感覚が感じられると、単なる絵が急に実感的になってきますね。

ずいぶん前からほとんどマンガを読んでないんですが、
この本を読んでたらまたマンガが読みたくなってきました。
(特に『こち亀』が…)

<7-2>MBAでは交渉をどう勉強するの?(続)

2005-04-02 | 第一部:そもそも「交渉」ってなに?
続けてMBAの交渉の授業でのその他のトレーニング方法を紹介していきます。


3. 交渉実習(クラス外)

実習の特殊なもので、学校外でゲリラ的に交渉する課題(Aのみ)。
内容は「通常不可能と思われていることを交渉してみる」というお題で、筆者は「スターバックスに行って財布を忘れたふりをして無料でコーヒーをくれるよう交渉する」ことに挑戦しました。
結果は度外視ということで、普段ならできない経験をして度胸をつけることに主眼があったようです。
実際、無理だと思っても交渉してみると意外にある程度のところまではいけるものです。
筆者はお菓子やケーキを沢山買うことを条件に、本日のコーヒー一杯をタダでもらえました。
(日本だと無理かもしれませんね)
これも2.のクラス内交渉と同じく、デブリーフィングのレポート提出がありました。

4. ビデオテーピング

上の交渉実習をビデオに撮って、自分たちの交渉する姿を見る課題です(Bのみ)。
自分が交渉している姿をビデオで見るのは恥ずかしくて嫌なものですが、ビデオで交渉を見ることは二つの点で非常に勉強になります。
第一に、ビデオで見ると自分では気づかない思わぬクセや失敗に嫌でも気づかされるものです。
欠点を修正するにも、まず欠点を把握することが第一歩なわけです。
そして第二に、他のヒトのビデオを見ると、典型的な失敗や上手なテクニックの使い方について思わぬヒントが得られます。
「人のふり見て我がふり直せ」という効果があるわけです。
じっくり観察してヒントを得て、それを実習で試してみるという繰り返しがテクニックの定着に非常に役立ったと思います。

5. デブリーフィング(レポート)

自分が過去に体験した交渉について振り返り、そこで自分がどんな戦略を持っていたか、またそれがどう成功/失敗したか、その理由はなぜかについてレポートを書く課題です(Cのみ)。
交渉を整理して考えるフレームワークを習った後でそれを実際に応用し、昔体験した交渉を一味違った姿で見つめ直すことが主眼です。

6. クラスディスカッション

上記1~5をふまえ、週だいたい二回の授業で各自意見を出し合い討論するものです(ABC全て)。
基本的に講師が議論の中身をリードしますが、参加者は思うことがあればとにかく手を挙げて何でも発言することが期待されていました。
脱線やあまり意味のない意見も混じる中、参加者が話す体験談の中には日本では想像しがたい非常に面白いものもたくさんありました。
まとめとしてこうした様々な意見のぶつかり合いの機会を持つことで、一人一人が頭の中で得た学びや気付きをできるだけ共有し、学習効果を最大限にしようというわけです。

7. ゲストスピーカー

授業やその宿題とは別に、空き時間を利用して教室に現役のネゴシエーターを呼び話を聞く集まりです。
単位や成績とは関係なく、講師の提唱や有志の主導でこうした集まりが月に何度か開かれていました。
ゲストは地元警察のネゴシエーターから、テロリスト相手専門に世界中で交渉を請け負うプロまで、幅広い範囲から選ばれていました。


以上、ビジネススクールでは使っていた七つのトレーニング方法を紹介しました。
日常仕事をする中で同じことをこなすのは難しそうに見えますが、要点は交渉について「読む」・「実践する」・「反芻する」・「観察する」・「議論する」といった単純なアクションにまとめて考えることもできます。
普段から心がけてこうした行動を習慣にすれば、交渉の上達に役立つかもしれません。

今回までの第一部「そもそも交渉ってなに?」では交渉にあまりなじみのない人向けに、交渉の前提/心構えを中心に書いてきました。
次回からはいよいよ第二部、「交渉ってどう考えたらいいの?」入り、交渉を整理して考える枠組みや知識について書いていきたいと思います。

<7-1>MBAでは交渉をどう勉強するの?

2005-04-01 | 第一部:そもそも「交渉」ってなに?
今回は第一部『そもそも交渉ってなに?』の最後として、ビジネススクールで交渉の授業がどう教えられているかについて書きたいと思います。
MBAに関心のある方にはもちろんですが、交渉が上達したいと思っている方にも、どんなトレーニング手法が採用されているのか参考になればと思います。

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皆さんはビジネススクールで交渉をどんな風に教えていると思うでしょうか?

交渉論は欧米のロースクールで盛んに教育されていますし、むしろ研究の起源としてはそちらの分野で、優秀な弁護士を育成するために盛んになった経緯があります。
一方でビジネススクールは経営学修士(MBA)の名の通り経営に必要なスキルを訓練する場ですが、そこでも交渉がビジネスで不可欠なものと捉えられ、現在ではカリキュラムの一部に組み込まれているわけです。

どんなカリキュラムが提供されているのか具体的にイメージしていただくため、今回は例として筆者が受講した講義がどんなものだったかをざっと紹介していきたいと思います。
筆者が通っていたビジネススクールでは選択科目の中に全部で三つ、交渉に関する科目が用意されていました。
受講した三つは次のようにそれぞれ交渉の異なる側面に注目したものでした。


A:交渉の技術論

筆者が最初に受講した交渉の講座です。
交渉とは何か、どうしたら交渉に勝てるか(How to)に焦点をあて、実践的なテクニックを磨くことを目的にしていました。
交渉論のメイン科目です。

B:交渉の行動学

交渉とは何か、交渉ではどんなことが起こるのか、行動科学(心理学)の視点から交渉を考える講座です。
ビジネススクールなので座学ではなく、A同様に実習と実践的なテクニックも含まれていました。

C:交渉の文化論

交渉者の文化が交渉にどんな影響を与えるか、交渉の文化としての側面に焦点をあてたものです。
全然違う文化の出身者とどう交渉すべきなのか、実習からノウハウを学びます。


ABC三つの異なる視点(技術論・行動学・文化論)は、交渉の多面的な姿を把握するのに役立ったと思います。
内容はそれぞれ異なるとはいえ、いずれの科目も理論より実践を通じて学ぶところは共通で、使われた勉強方法もそれぞれ似た形をとっていました。

どんなツールを使ってトレーニングがされているのか、以下に並べてみます。


1. リーディング

毎回授業前に決められた論文や雑誌記事を読んでくる宿題です。
ABCいずれにもありました。
内容は交渉に関するHow toを扱った論文・本の抜き刷り、交渉で有名なヒト・企業を扱った雑誌記事が多かったように思います。
分量は回によりますが、少ないときで例えばHarvard Business Reviewの記事1~2本程度(15ページ程度)、多いときは交渉関連のHow to本から4~5章分程度(80ページ程度)でした。授業は基本的に週二回あるので、3~4日ごとに次回の割り当て分を読み終えておく必要がありました。

こうした「座学」の部分はそれだけでは実感が湧かずあまり効果がありませんが、回を重ねて自分の交渉スタイルの課題が明らかになっていくと、思いがけないヒントを与えてくれたりするものでした。

2. 交渉実習(クラス内)

参加者同士で仮想の交渉をするものです。
ABCいずれにもありました。
アメリカにこうした練習用ケースを提供する機関がいくつかあり、そうした出来合いの交渉ケースや教授オリジナルの練習シナリオを使っていました。
まず事前に自分の役割が割り振られ、背景説明が配られます。
背景には参加者みんな共通のものもあれば、それぞれ自分の役割だけが知っているインサイダー情報もあります。
これらを基に、本当の交渉をするように交渉戦略をあらかじめ準備していざ交渉に臨むわけです。
内容としては単純なビジネス交渉(例えばある商品の価格交渉)もあれば、弁護士的な交渉(例えば代金の不払い回収交渉)もありました。
一対一の場合話が比較的単純ですが、多人数の交渉(最大8人)となると話をまとめるだけで一苦労です。

また準備と実習に加え、交渉後には必ずデブリーフィング(相互評価と反省)を書かなければいけません。
ここでは交渉者がお互いに評価しあい、授業によってはその評価内容がクラスでのランキングにも反映されます。
いずれも質問が用意されていて、答えを記入して提出するものでした。
形式は二種類あり、そのうち簡単な選択式のものは、例えば「今回の相手は誠実に話し合いに応じていたか」とか、「もう一度この相手と交渉したいと思うか」などの質問に7段階で「強くYesと思う」から「強くNoと思う」まで選ぶようになっています。
他に記述形式のものもあり、それらの質問は「今回の相手のどんなところが交渉していて障害になったか」など、交渉を振り返ってよく考えないと書けないものでした。

(第七回続く)