MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

藁のハンドル

2017-02-28 | 雑記
掲題の本を読みました(ヘンリー・フォード著、中公文庫)。
米国自動車企業フォードの創業者ヘンリー・フォードによる、1926年出版の経営論です。

原題はToday and Tomorrowで、近代的経営の意味と要諦と未来を問う内容です。
90年前に書かれたとはいえ、現代でも普遍的に通じるメッセージがあります。
特に、労働者が個人事業することと企業で働くこと(当時の新しい働き方)を相対化し、その行き来があって当然だとする観点が新鮮でした。
・今はいつの時代よりも、技術的に個人事業が始めやすくなっている
・そうした働き方は、他人の指図を受けないが収入の心配と緊張に始終追われる
・同時に今は19世紀までより、大企業が整備され就職して働く選択肢が確立されている
・そうした働き方は、常に他人の指図を受けるが、既存資産を使って収入や成長機会を得られる
・どちらが良いかは考え方であり、人は絶えずその領域を移動する
という感じでしょうか。
30-40年前だと「時代が古い」で片づけられそうですが、働き方改革が国家戦略になっている今日では、逆におそろしく現代的な論に見えます。

最近100年位前の古典を好んで読み、多くの点でハッとします。
当時は、おそらく今以上に急激な、技術に基づく社会革新が進んだ時代。
(電気・電信・自動車・飛行機・企業社会などが無い状態から、それが当然になっていく)
そして交易などの観点で、第一次大戦まで、今以上に規制無しのグローバル化が進んだ時代。
変化の激しい現代に通じるものがあり、また100年で人の考えることがどの位変わるか(変わらないか)を知るバロメーターになります。

また別の意味で面白かったのが、訳者である竹村健一氏のまえがきの一部。
単行本(1991年)では、
「国際社会からの孤立化や日米関係の悪化で、知らぬ間に、戦後最大の国難に直面している」
と、おそらく当時の湾岸戦争を念頭に日本の現状に危機感を呈されています。
その後、文庫化の時点(2002年)には、
「不景気が続き、日本は戦後最大の国難に直面している」
と追記されています。
「戦後最大の国難」が次々に襲っている感覚が読み取れます。
しかし震災を経た昨今の動きの早い国際情勢まで考えると、1991年や2002年に日本が「戦後最大の国難」にあったとは想像しがたいですね。
人は目の前の現実を見て追われているので、いつでも「今だけが特殊」に感じがちですが、いつの時代も自分の状況を特殊だと認識するバイアスがあるものだと思います。

すばらしい新世界

2017-02-20 | 雑記
唐突ですが、掲題の本を読みました。
(オルダス・ハクスリー著、光文社古典新訳文庫)
1932年に書かれた、有名なディストピア小説です。

舞台は26世紀、2049年の「九年戦争」後の世界。
最終戦争を経て、世界から暴力をなくすため安定至上主義の世界が形成された。
世界は10人の「世界統制官」に支配され、大量生産と消費のシステムが完成している。
人はみな受精卵から生まれ、人口が管理されている。
生まれる時に階層が決められ、階層ごとに体格や知能が決められている。
結婚や育児はなく、性は自由化され誰もが親密で、気分が楽しく安定する薬が常用される。
老化は克服され、寿命が来るまでは若い体のまま。
20世紀以前の価値観は禁じられ、歴史や過去の文学も禁じられている。

そこで人はストレスなく、性や麻薬と若さを楽しみに「幸せ」に生きている。
しかし文明に服さない人々が前近代的な生活をする「居住地」が残っており…
という話です。

85年前なのに今見ても色あせない世界を想像した作者に脱帽します。
まして、現在は技術的に出来そうなところも多い。

止まらない技術革新と持続可能性の危機の中で、これからどういう社会があるのか?

考えさせられます。
読んでいて怖いのは、「そういう社会ももしかして(テロと紛争だらけの時代より)良いかも?」と一瞬思ってしまう点です。
個人の視点で見れば、この小説の世界では戦争の不安もなく日々欲求が大満足しているわけですし。

技術革新が社会を変え、社会変化が倫理を変える。
倫理が変わると、「おぞましい」ことが「当たり前」に変わる。

そういう技術と社会のあり方を考えるのに、SFは意外と手掛かりになると思います。
特に最近は、人工知能が社会を変えると話題なので、その辺りの議論にも良い気がします。
(過去の全SF小説をデータに、人工知能の描かれ方を統計的に分析する、とか面白そう)