MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

<32-2>いろんな合意案の中でどれがベストか、どうやって判断するの?(2)

2015-12-18 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
そして第三に、スワップ法という手法で残る選択肢を個別に比較していきます。
残る選択肢は下の3つです。

・仕事A:時給980円、週4回以上、シフト時間は自由、近くて通いやすい
・仕事B:時給1,300円、週3回、シフト時間は自由、遠くて通いにくい
・仕事E:時給1,200円、週3回、シフト時間は夜勤、遠さは中ぐらい

スワップ法とは、「ある要素を同じ条件に変更するとしたら、それと引き換えに他の要素でどの位補正値をつけるか」を考える方法です。
例えば、仕事BとEでは「時給」と「遠さ」の優劣が食い違っています。
仕事Bは時給が高いが、仕事Eはより家に近い、というねじれ状態です。
このとき、仮に仕事Eの「遠さ」が仕事Bと同じくらいだとしたら、どの位時給をもらえば見合うか、を判断するのです。

例えば、仕事Eが仕事Bと同じ位、通勤時間がかかったとしたら。
往復一日30分余計にかかるとしたら、拘束時間が30分長いのと同じです。
とすると、一日に時給1,200円×(30分/60分)=600円くらい損がありそうです。
でも、その間電車で本でも読んでいれば良いので、バイトそのものほど拘束はされません。
なので、例えば600円×80%(仮)=480円、くらいの価値になるかも知れません。
一日のバイト時間が仮に4時間とすると、480円÷4時間=120円が時給換算です。

この場合は、以下を比較するのが一つの合理的な計算です。
・仕事B:時給1,300円、通勤は遠い
・仕事E(補正):時給1,200+120=1,320円、通勤はBと同じく遠いよう補正

こうなると、「遠さ」の差は無視できるので、換算した時給を比べ良い方を選べます。

そうすれば、仕事Bが除外できるので、あとは残る仕事Aとこの仕事Eを同じように比較します。

・仕事A:時給980円、週4回以上、シフト時間は自由、近くて通いやすい
・仕事E:時給1,200円、週3回、シフト時間は夜勤、遠さは中ぐらい

ここでは、仕事Aの良さ(週4回でき、時間が自由で、近い)が時給の低さをカバーできるかどうかを判断すればよいのです。
仮に「近さ」を仕事Eと同じになるよう補正すると、通勤時間が短い仕事Aの時給が1,050円相当だとします。
(方法は先ほどと同じです)

すると、「近さ」は同じなのであとは以下を比較します。
・仕事A(補正):時給1,050円(補正)、週4回、シフト時間は自由
・仕事E:時給1,200円、週3回、シフト時間は夜勤

仕事Aで週3回しかできない選択肢があるとしたら、時給いくらなら自分にとって等価か。
仕事Eでシフト時間が自由な選択肢があるとしたら、時給いくらなら等価か。
こうして、判断要素を一つずつ同じに補正して消していきます。

このような方法が、イーブンスワップ法です。
「質的に違うものは、それぞれ良さがあって比べられない」。
日常ではそう考えがちですし、あながちそれも間違いではありません。
しかし交渉の場で、最前の選択肢を決めなければならない時には、こうした強制的に決める方法も役に立ちます。
何が自分にとって最善の選択肢か分かっていないと、たくさん合意案を出しても、どれを目指すべきか交渉戦略が立たないからです。

最後に、このような手法にはいくつかコツがあります。

1.簡単なスワップから先に考える
判断材料を減らして単純化することを優先します。
要素が減れば減るほど問題はシンプルになります。

2.スワップに集中する
「そもそも時給とシフトの自由さのどちらが自分にとってどの位重要なのか」といった、抽象的な難しい問いには入らない方が安全です。
交渉の場では、具体的な数字や比較材料を用いて順位をつけることを優先すべきです。

3.情報収集を続ける
案を比較する段階においても、情報は交渉の最重要資源です。
案の価値が自分にとって本当はどうなのか、調べて精査し続ける姿勢は重要です。

こうした手法は無理やり合理的な判断を作っているところがあるので、不自然に感じられるところもあります。
しかし、交渉はお互いを高め合う哲学論争ではないので、無理にでも合理的な最適解を作るとしたらこうだ、という前提理解を持つことが大切になるのです。

(この回終わり)

<32-1>いろんな合意案の中でどれがベストか、どうやって判断するの?(1)

2015-12-16 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
<32-1>いろんな合意案の中でどれがベストか、どうやって判断するの?(1)

前回は協調的な交渉の中で、良い合意案を出す方法を考えてみました。
今回は、複数出した合意案をどう評価するか、評価の方法を考えてみたいと思います。

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交渉では、合意する案の可能性を広げ、最後にどこで合意するか、が大きな山場となります。
その際に、「どの案がベストなのか?」を正しく判断することは、成功の前提条件です。
しかし合意案の評価は、簡単なようで意外に難しい問題です。
ある要素は選択肢Aが良いが、他の要素はBが良い、といった「ねじれ」があるためです。
そこで、交渉以外でも使える「スワップ法」という意思決定の技術があれば、役に立ちます。

例えば、アルバイト探しを例に考えてみましょう。
アルバイト先を探す時には、様々な選択肢があります。
でも完璧な仕事はそう無いので、一長一短ある中で比較して決めることになるでしょう。
例えば、同じ職種で次のような候補があったとします。

・仕事A:時給980円、週4回以上、シフト時間は自由、近くて通いやすい
・仕事B:時給1,300円、週3回、シフト時間は自由、遠くて通いにくい
・仕事C:時給1,050円、週2-3回、シフト時間は指定、遠くて通いにくい
・仕事D:時給1,100円、週2回、シフト時間は指定、遠さは中ぐらい
・仕事E:時給1,200円、週3回、シフト時間は夜勤、遠さは中ぐらい

この中で、どれがベストな案でしょうか。

「ベスト」の定義は人によって違いますが、やるべきことが3つあります。

第一に、自分にとって重要な要素を、漏れなく判断材料(Interest)に入れることです。
この例はとても単純化していますが、本来は他にも大切なことがあるかもしれません。
例えば、職場の雰囲気は、アルバイトを続けるのに重要かも。
他にも、忙しすぎないか、休憩は取れるか、交通費支給はあるか、続けたら昇給するか…等。
判断に関係ある要素を全部出し、表にして選択肢を整理することが必要です。

第二に、判断材料を全部出した後、明らかに除外しても良い選択肢を消すことです。
よく見ると、ある選択肢が別の選択肢より全ての面で劣っていることがあるからです。
とはいえ、定性的な条件をそのまま比べると判断が難しくなります。
例えば例の場合、週何回が良いか、昼と夜勤とどちらが良いか、等は人によるでしょう。

そこで、条件表をランク表に変換します。
ランク表とは、各比較要素を、自分にとっての望ましさランキングで順位づけしたものです。
例えば最初の例の表を変換すると、次のようになるかもしれません。

・仕事A:時給5位、勤務回数1位、シフト時間1位、近さ1位
・仕事B:時給1位、勤務回数2位、シフト時間1位、近さ4位
・仕事C:時給4位、勤務回数2位、シフト時間3位、近さ4位
・仕事D:時給3位、勤務回数4位、シフト時間3位、近さ2位
・仕事E:時給2位、勤務回数2位、シフト時間3位、近さ2位
(例えば仕事Eは、時給について5つの仕事の中で2位、勤務回数の望ましさも2位…)

この場合、例えば次のような判断をしたと仮定して、順位をつけています。
・勤務回数は収入のため週に4回は働きたい。4回までの範囲で多い方が良い
・シフト時間は自由なのが一番だが、昼間に時間を指定されるなら夜勤でも同じ

すると、仕事Cは仕事Bより全ての面で順位が同じか低くなります。
(他が同じで、時給が安く、シフトの自由度が低い)
また同じように、仕事Dも仕事Eより順位が同じか低くなります。
(他が同じで、時給が安く、勤務日が希望より少ない)
そこで仕事CやDのような選択肢を消して、問題を単純化することができます。

(この回続く)