MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

地中海

2006-06-21 | 雑記
掲題の本を読んでいます。(フェルナン・ブローデル著)

著者はフランス人ですが世界的にも有名な、"20世紀最大の歴史家"だそうです。
こういう19~20世紀に偉大とされた学者の著作を読むと、感じるところが多いですね。

本の内容は、地中海の16世紀の歴史を多面的に描いたものです。
特に地中海の話自体は別に特に興味もないし、個人的にはある意味どうでもいいのですが、その描き方が革新的とされてきたようで興味がありました。

つまり、通常の歴史書ならある人や国を題材に、時系列に事件とその背景を並べていくのがそれまでの常識。
ところが、ここではそれに真っ向から反する新しいアプローチが取られています。

この本は、まず地中海の地理学的考察から始まり、次にやや社会学的な側面から社会の構成要素(村落や帝国)を考察し、最後に個別の人や事件(いわゆる年表的な叙述)に入っていくのです。

ある地域の歴史を理解する際に、

+歴史は年表に出てくる事件の因果関係ではなく、その地域の気候風土、そしてそれを制約条件とした社会の構成の特質が前提となって初めてとらえられる
+国や民族という人為的な区切りだけで考えると、時代の動きの本質であるそれらの相互作用を見失う

といった、より広く深く見る視点を自ら示したことが、評価されている価値なのだと思います。
全く新しい着眼点を考えて実践してみせる(地中海のように大きなものを題材にまとめ上げる)ところは素晴らしいと思います。

ただ気になるのは、文章がどうしても分かりにくいということ。
翻訳が悪いのか元々そういう文体なのか分かりませんが。
こういう、「アカデミックな名著」はどれもこうした分かりにくさが特徴にさえなっている気がします。

どうしてこうも分かりにくいかと言うと、おそらく

-内容に関する思考の純粋さを追求したい
-そうすることが美しい、という美意識を持っている
-読み手も深い知識があり、行間を十分以上に読めることを前提にしている

といった発想なのでしょうが、昨今の

-内容を深める技術と分かりやすく伝える技術は別物で、
-かつそれぞれトレーニングである程度伸ばすことが出来る
-だいいち情報過多のこのご時勢に、分かりにくい文章はそれだけで読んでもらえない

という時代認識(特にビジネスにおいて顕著だと思います)からすると、やっぱり相当「ズレている」感じがしますね。
まあそのギャップがある意味ではこういう古典の牧歌的な感じをハイライトしてくれるし、個人的にはこういう本も好きですが。


<31-2>よい合意案を考え付くにはどうしたらいいの?(続)

2006-06-19 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
引き続き残り4つのパターンを見ていきましょう。


(2) 利害を交換する

交渉者は普通いくつかのinterest(利害関心)を持っています。
そのうちのあるものを一方に有利に、あるものを相手に有利にして妥結を図るのがこの方法です。
「Aについてはそちらの言う通りにする代わり、Bではこちらの言う通りにする」という方式です。
ここでは、交渉者のinterestがそれぞれの要素において違うことが前提となります。

品物の仕入れ交渉を例に考えて見ましょう。
例えば、買い手にとっては価格が最重要、売り手にとっては納期が最重要、であれば、価格を安く、納期を売り手の望む条件に設定することで、有望な合意案を作り出すことができます。
しかし、もし買い手も売り手も価格を最重視していて、他の条件をほとんど気にもしないとしたら、基本的に同じような利害交換の余地はありません。
価格は高いか安いかしかないからです。
現実の交渉では往々にして、互いの利害が一つしかない重要な要素で衝突し、利害交換が一見うまくいかない場合があります。
協調的な交渉を高いレベルで行うためには、一見手詰まりのこうした状況を打開する、interestの効果的な使い方が必要になります。(第二部、第九回の内容)

(3) 言い分を通した方が補償を払う

次に、片方に妥協してもらうのも協調的な交渉では典型的な解決策となります。
勿論、ただ黙って相手の言うなりになる交渉者はいないので、言い分を通してもらう側が何らかの補償を支払うことで、双方の利害を調整します。
妥協する側から見ると、「この交渉では相手の言う通りにするが、XXを補償としてもらえるからかまわない」と考えるわけです。

現実の交渉では多くの場合「補償」は金銭で支払われます。
ただし、必ずしもお金での補償にこだわる必要はありません。
要は要求を聞き入れる側が満足する条件であれば良いので、何を提供するかは柔軟に考えるべきでしょう。
交渉している内容と直接関係ないものであっても、全く問題はありません。
補償を非常に広く捉えると、先に述べた利害の交換と内容が近づいていきますが、こちらは交渉事項以外まで、何でもいいから相手に満足してもらう手段を考える点に主眼があると言えるでしょう。

(4) コストカット

一方の言い分を通すことが、もう一方の様々な負担/(広義の)コストを省くことになれば、それは有効な合意案になります。
相手の言う通りにはなっても、結果として自分も何らかの利便を手に入れられるからです。
このようなコストカットも、合意案としては一つの典型的なパターンです。

現実的には、自分の提案に相手も便乗してトクする余地を与える形が一般的です。
この場合、多少自分の提案を変更してでも、付帯条件として相手が利便を感じる要素を付け加えます。
いわば、interestを共有する形にして、対立から共同の利益創造へと話し合いの意味を変えるわけです。

(5) ブリッジソリューション

最後に、互いのinterestをしっかり理解したうえでそれらを共存させる案を作り出すことも良い合意案を生む方法です。
この場合、互いのinterestのうち矛盾しないものはそのまま合意案に盛り込み、その他の部分について調整を行います。
この調整には、ここまで述べた4つの方法が活用できます。

この方法のポイントは、互いのinterestをもれなく交渉のテーブルに載せることが前提になることです。
隠された真の意図や情報が多くあると、十分に満足のいくソリューションが形成できず、話し合いがスタックしてしまうことになります。
協調性がある程度醸成された状況でこそ、有効な手法ということが出来るでしょう。

以上、協調的な交渉で良い合意案を考え付く5つの方法を概観してみました。
これらのうち複数の視点を同時に活用することも重要です。
次回は、こうして出てきた合意案のうちどれがよいか決定する考え方について、見ていきたいと思います。

第三部の目次

2006-06-16 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
第三部のここまでの目次(+今後の予定)です。
(<>は回です)

総論:優れたネゴシエーターの特徴
<20>デキル人の交渉ってどんな感じ?

準備の仕方
<21>交渉準備のイロハ

コミュニケーションの進め方
<22>コミュニケーションの4Pってなに?
<23>アクティブリスニングってなに?

感情に対処する方法
<24>頭に血が上っちゃうんですが…
<25>感情をきちんと伝えるには?

信頼関係の作り方
<26>交渉相手と親しくなるのはいいことなの?
<27>どうすれば交渉相手との信頼関係ができるの?
<28>典型的なだましのテクニックとは?
<29>海外の相手とうまく交渉するには?

協調的な交渉をするテクニック
<30>協調的な交渉ってどういうもの?
<31>良い合意案を考えつくにはどうしたらいいの?
いろんな合意案の中でどれがベストか、どうやって判断するの?
協調的な交渉が難しいのはどうして?
どうやったらお互い満足できる交渉になるの?
相手に同意するとリスクがありそうな場合はどうするの?

パワーゲームに勝つ方法

相手を味方に引き込む交渉術

交渉のメタ戦略

交渉をきちんと終わらせる方法

問題解決ファシリテーター

2006-06-14 | 雑記
掲題の本を読んでいます。(堀公俊著、東洋経済)
タイトルは露骨に左脳系コンサルロジカルシンキング本のように見えますが、内容は少し違います。
(たぶん「問題解決」とつけた方が売れるんでしょうね。編集者からすると…)

「ファシリテーション」というカテゴライズで、他人と効果的に協働するスキルを提唱しています。
中にはロジカルシンキング的な要素もあり、交渉論的な要素もあり、少し広めの概念で捉えられているようです。
問題解決スキルが個人のものだとすると、組織が動くためには問題解決スキルと似て非なる(あるいはそれを包含した)ファシリテーションスキルが必要だ、という位置づけを取っています。

その発想自体は説得力があるし、非常に分かりやすく書かれていて良い本だと思います。
あえて言えば、組織を変える/動かすのにはファシリテーションスキルだけでは足りないよな、という点が気にかかるところでしょうか。
確かに日常の考え方やインタラクションの仕方としてファシリテーションが重要であることは激しく同意、なのですが。

例えば組織のハコを設計する、人事制度を設計する(運用の仕方を考える)、というのはファシリテーションとは全然違う、(個人でなく)組織ならではの洞察と工夫と戦略が必要に思うし、それがなかったらいくらコミュニケーションが良くてもいずれ組織は弱体化するのでは。
「変革への流れ」をファシリテーションで作る、というのも分かるのですが、「変革」の中身が戦略と整合したしっかりしたものになっていないと、結局ほころびが出てきて人がついてこなくなる気もします。
とはいっても組織のハコ論などの分野は既にたくさんの本や研究がある、いわば組織論の「古典」というか「エスタブリッシュメント」みたいになっているので、あえて全然違う切り口で挑んでいるところに価値があるのかもしれませんね。

<31-1>よい合意案を考え付くにはどうしたらいいの?

2006-06-12 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
前回から協調的な交渉についてのシリーズに入りました。
まず前回は、そもそも協調的とはどういう意味かを考えて見ました。
今回はそうした協調的な交渉の流れの中で重要なポイントの一つとなる、良い合意案を考える方法を考えてみたいと思います。

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交渉のクライマックスは、なんと言っても最後の落とし所をどこにするかの駆け引きです。
いくつか浮かび上がってきた合意案の候補のうち、結局のところどれで落ち着くのか。
この部分で交渉の結果が決まるといっても過言ではありません。
ということは、そもそもどんな合意案を考え出し、交渉の場で提案できるかもまた、その前提として非常に重要なスキルの一つです。

合意案を考えるプロセスは非常にクリエイティブで、柔軟な発想があればあるほど、幅広く効果的に利害を調整できる案が生まれます。
どうすればクリエイティブになれるか、といっても簡単な道はありませんが、少なくとも交渉で求められる創造性の範囲を理解しておくことで、素早い頭の使い方が可能になるでしょう。

そうした意味で、良い合意案(options)のパターンにはどんなものがあり得るのかを理解しておくことが重要です。
交渉論の世界では、典型的な合意案作りのパターンが5つあります。
どれも問題自体を何らかの形で新たに定義しなおすことで、双方にとって効果的な合意案を生み出しています。
順に一つずつ見ていきましょう。


(1) パイを拡大する

『ハーバード流Yesといわせる交渉術』などでおなじみのアプローチです。
このアプローチでは、前提として、多くの交渉が限られた資源の奪い合いに陥るせいでうまくいかないと考えます。
そこでお互いが分け合うパイ自体を広げる方策を協力して考え出せば、どちらの取り分も増えてお互いトクをする、というわけです。

ここで重要なことは、パイを広げる際に互いのホンネ(interest)をさらけ出しあう必要はない、ということです。
単純に、どうしたら元のパイが広がるかだけを話し合い、過度な情報開示のリスクをなくさないと、パイを広げること自体の議論が十分にできません。
しかし翻って言えば、パイが単純に広がるだけでは利害(interest)が満たされない交渉の場合、この方法だけで問題を解決することは困難でしょう。

(第31回続く)

ユーモアとパフォーマンス

2006-06-09 | 雑記
-ユーモアがある職場の方が成果が上がるか?

冗談のような話題ですが、結構重要なテーマだと思います。

ビジネススクールで、通常の授業の他に教授と自主共同研究をすることで単位をもらえる制度がありました。
リーダーシップや組織心理に興味があった筆者はそうしたテーマで文献研究をしてみたのですが、指導教授は上記のようなテーマを専門にしていました。

ビジネスをやっていると日々ストレスにさらされます。
成果が出ないと上司が部下を叱り、部下はしめつけを受け、上司は思い通りに進まないことを憤り…
真面目に仕事をすればするほど、心理的な負担が増していったりします。

そこでユーモア。
冗談交じりの会話なら、深刻にヒトを追い詰めることも無く、笑いが適度な余裕を生みます。
ある程度変なことを言っても許される空気が出来、発想も広がりやすく、クリエイティブなアイデアが浮かび易いかもしれません。

実際のところこうした研究は新しい分野なので、定まった結論が出たわけではありません。
が、実務の経験から考えても結構ユーモアの効用はある気がします。
問題はどうやってユーモアのある空気を作り出すか、でしょうか。
「何か面白い事を言え」と言ってもユーモアは醸成されませんし、毒のあるユーモアばかりでは赤提灯の愚痴と大して変わらず、かえって空しくなってしまいます。
ヒトを動かすために必要な、重要なポイントであるのに、効果的な使い方をマスターしているリーダーは限られているのが現実だと思います。

このあたりの解決策をトレーニングパッケージにして売ったらヒットするかもしれない気がしますね。
("ユーモアと創造性で結果を出すリーダシップ"、みたいな)

<30-2>協調的な交渉ってどういうもの?(続)

2006-06-05 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
では、こうしたポイントに注意したとして、具体的にどんなステップで、協調的な交渉を進めればいいのでしょうか?

協調的な交渉のプロセスには、4つのカギとなる順があります。
これらはどんな交渉でも普遍的なステップですが、協調的な交渉では特に配慮が必要になります。一つずつ順番に見ていきましょう。


(1) 問題を定義する

まず、何が問題で何を交渉しているのか、明確なイメージを共有することが成功への大前提です。

何が問題か、などといっても一見当たり前で、わざわざそんなことから話す意味などないと思えます。
しかしながら、現実の交渉では何が問題かを定義することこそが、最難関のステップです。
特に複数の利害関係者がからむ場合(1対1でなく、例えば5人で交渉する場合)、現状に対するそれぞれの捉え方にばらつきが出るため、難しさが顕著になります。
どの交渉者も、自分にとって優先度の高いinterestがからむ部分こそ主要な問題だと考え、しかもinterestは立場によってバラバラなことが多いからです。
さらに、問題の定義の仕方によって交渉の内容が影響を受ける場合があるため、交渉者はおいそれと問題の定義を他人に任せるべきではありません。

ここで重要なことは3つあります。

まず第一に、交渉すべき問題を両者にとって同意できる、中立的なものとして定義することです。
通常は交渉の内容に入る前に、そのための話し合い(アジェンダ整理)が必要になります。
交渉者は対立する立場にあるため、普通「こちらは正しく相手が悪い」式の評価的な視点を話し合いに持ち込んでしまいます。
いったんどちらが悪いかは別として、何を話し合う場なのか、論点を整理することがスタート地点になります。

第二に、交渉の対象とする問題の定義を、シンプルで明確なものにすることです。
複数の利害関係者が受け入れられるよう細かく問題を定義しようとすると、色々な条件や注釈が必要になります。
しかし、問題を定義する際に本当に重要なのは、完璧に全員の意図が盛り込まれた長い文章を仕上げることではありません。
むしろ最初にアジェンダを定義しておく価値は、どの部分は合意が出来て、どの部分は合意が出来ていないのか、交渉の現在地を後で確認できることにあります。

第三に、問題の定義と解決策は分けて考えることです。
何が問題なのか、とどうしたら解決できるか、を一緒に考えてしまうと、いつまでたっても議論が協調的には進みません。
何となれば、解決策の部分で相反する意見が必ず登場し、パワーゲームが始まるからです。
競争的な交渉のやり方ではそれが一種の定石なのですが、協力によって最大限の価値を生み出そうとする場合には、必ず問題をきっちり定義し終えてから具体的な合意案を話し合うべきです。

(2) 問題の背景にあるInterestまで深く理解する

問題が双方にとって受け入れられるものとして定義できたら、その背後にあるinterestに注意すべきです。
既に第二部で詳説しましたが、相手が持つ複数のinterestを察知し、その中で自分のinterestと共通のもの、あるいは自分がそこを譲歩しても損をしない部分を見極めるべきです。
複数のinterestを効果的に使うことが、協調的な関係を築くための最も重要な手段となります。

(3) 問題に対する新しい解決策を作り出す

Interestを理解したら、双方がメリットを感じるような解決策を考え出さなれければなりません。
ここでは大きく二つのアプローチがあります。
一つには、最初に決めた問題定義の範囲内で、合意案を列挙していくやり方。
もう一つは、問題自体を再定義していきながら拡張し、より広い角度から合意案を考える方法です。
このステップではクリエイティブな発想を交渉という一種の対決の場でどう担保するか、が課題となります。

(4) 新しい解決策を評価し、最適なものを選び出す

合意案をいくつも考え出すことが出来たら、最後にはその中から双方にとって最適なものを選び出す必要があります。
ここでは大きく3つのサブステップがあります。

まず第一に、何に基づいてたくさんの合意案を評価するか、合意します。
多くの場合、主観的な基準だけでなく、客観的なデータも共同で模索し、それらを複合した結果として最も望ましいものを選びます。

第二に、合意した評価軸に基づいてそれぞれの合意案を一つ一つ評価します。
合意案が複雑で、様々な要素をはらむ場合には、単純に望ましさを数値化して比較することが難しいかもしれません。
その場合には、各合意案を一対一で比較した際の優先順位付けや、スワップ法(今後の回で詳述予定)などの評価手法を使って検討を突き詰めていきます。

第三に、最終的にどの案がベストか、合意します。
ここで重要なのは、本当に最後の最後の合意に至るまで、正式な合意としてのコミットメントを発生させないことです。
例えば途中経過を逐一書面化したり、言ったことに責任を発生させたりすると、複数の合意案の中でどれが最適かホンネで拡散した議論ができなくなります。
協調的な交渉の場合、あらゆる可能性を検討し尽くすことが結果の質を向上させることにつながるため、話し合いの段階でいかに自由を確保するかが非常に重要なポイントとなります。

以上のように、協調的な交渉には一連の定石とでも言うべきステップがあります。
これらの技術を向上させることが、ネゴシエーターとしての力を上げることにつながります。
この中でも、特に良い合意案を考え、それを効果的に評価する部分には多少の知識が手助けになります。
次回からはこのプロセスの技術、その中での良い合意案の考え方を少し詳しく考えてみたいと思います。