MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

<19-1>典型的な交渉(3) -妥協案の出し方-

2005-07-27 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
前回まで二回は、価格交渉でお互いの手の内を考えて、最初の条件提示をし、相手の印象をうまくコントロールする駆け引きをするまでを扱いました。
しかし交渉をまとめるにはもう一歩不可欠なアクションがあります。
そう、妥協案を出すことです。
お互いが少しずつでも歩み寄らないと、ふつう交渉はまとまりません。
今回は妥協案の上手な出し方を考えてみましょう。

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交渉では妥協が必要なのでしょうか?

以前第一部では、オープンな姿勢は重要だが妥協しすぎては意味がない、と書きました(「妥協しそうな感じを出すのは大事、でも本当に妥協してはダメ」)。
確かに姿勢としては妥協をできるだけ避けることが必要なのですが、実際問題として、完全に妥協ゼロで交渉をうまくまとめるのは簡単なことではありません。
お互いの歩み寄りなくして交渉が進展しなくなる事態はまま有るといえるでしょう。
むしろ、実践的にはいかに小さな妥協で大きな効果を得るかこそが重要になってくるのです。

ではなぜ合意に至る上で妥協がそんなに大事なのでしょうか。

研究からは、お互いの妥協がなかった交渉に比べ妥協があった交渉の方が、参加者が感じる満足度が高いことが分かっています。
相手からの妥協があったということは、自分の立場に対しても「それなりに正当性がある」と認められたことを意味するからです。
他人に正当だと受け入れてもらうことは非常に強いポジティブな感情を生むものなのです。
こうして満足な気持ちが生まれれば、合意に至るにも関係を維持するにも、また合意したことを破らずに実行する際にもプラスに働きます。

また一方で、交渉者は自分が交渉をきちんとコントロールできていると思いたい欲求があるからだという説もあります。
誰しも自分が馬鹿な振る舞いをして無能だと思われることは避けたいものです。
相手から妥協を得ることは(程度や本当の損得に関わらず)自分が優れた交渉人であることの証のように思えるため、この欲求をストレートに満足させてくれるのです。
つまり何か妥協してやることは相手の自尊心をくすぐるのに効果大なわけです。

これらを考慮すると、妥協の仕方についていくつかの基本的なガイドラインが分かってきます。


(1)重要でない項目について、しぶしぶ妥協することで「貸し」を作る

まず妥協する項目の選び方に留意すべきです。

こちらにとっても本当に重要な項目を妥協してしまっては、たとえ相手は満足するにせよ損が出ることは避けられません。
そこで、交渉の場にあらかじめ「ダミー」の争点を持ち込んでおくのです。
「ダミー」の争点とは、本当はこちらの損得にはほとんど関係ないが、わざとそれが重要なように思わせた項目のことです。
例えばXというダミー項目を作りあらかじめ強く主張しておけば、交渉で妥協が効果的な局面になったら、

「仕方がない。こちらはXはあきらめるから、そちらもYでは妥協してほしい」

と要求できるわけです。
こちらが一歩身を引くと、相手も何か妥協をしなければならない強いプレッシャーが働くものです。
こうした戦術を効果的にするためにも、自分のホンネの損得勘定は交渉相手に簡単に公開してはいけません。

(第19回続く)

エジプトのテロ

2005-07-26 | 雑記
数日前ですがエジプトで大きな爆弾テロがあったみたいですね。

本編でエジプト旅行を例に使ったので、間が悪いと言うか、暗い気持ちになりますね。
ロンドンの件などもあって、「やっぱ日本の方が安全かも」という気持ちになります。

ただ留学中は、日本の情報がニュースで断片的にしか入ってこないため「日本こそやたら危険な国」という印象がありました。
大きな犯罪や自然災害はセンセーショナルに報道されるし、日常の街の姿を見ていないのでイメージばかり膨らんでしまうのです。
結局どこの国だろうと、普通のヒトが普通に生活している様子を肌で感じていないと、憶測で刺激的な部分ばかり見てしまうのだと思います。

<18-2>典型的な交渉(2) -交渉中の印象管理-

2005-07-26 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
続いて、残る三つの印象管理戦術を見てみましょう。


(2)こちらのWalk-awayを高く見せる

妥協を迫るには迫るだけの強みがこちらにないと効果がありません。
多くの場合、「そんなに卑屈になるくらいなら、もう交渉しなくていいや」というプレッシャーが最大の強みになります。
ではこうしたプレッシャーを与えるにはどうしたいいんでしょうか。

まず最も基本的なのが、表情や行動です。
相手の言い分に驚いた表情、あきれた表情、がっかりした表情、怒りを押し殺した表情など。
肝は「そんなレベルの提案では話にならない」とこちらが思っているように印象付けることです。
例のケースなどでは、もっと端的に「じゃあ別の店に行こう」という素振りを見せるのが一番分かりやすいでしょう。

続いて典型的なのが、自分の立場をサポートする説明です。
この際ウソはつかないにせよ、自分に有利な情報だけを選択的に出すことが有効です。
「XXという事実があるんだからそれでは話にならない」ともちかけるわけです。
例のケースで言えば「知り合いは同じようなのをもっと安く買った」とか「日本でも同じものが買える」という論法です。
(前回見たとおり、日本での価格は実は店主の言い値より高いのですが、そうした不利な要素には触れずに有利な要素だけ主張するべきです)

最後に、少し違うアプローチとして「泣き落とし」があります。
相手の提案に従った際に、いかにこちらが不利益を被るかを主張するのです。
「もしそんな案で合意してしまったら、こっちの身に何が起こると思う?」という論法です。
例のケースで言えば、「そんな値段で買ったら来月から生活できない(極端ですが)」とか、「そんな高価なみやげを贈ったら相手に非常識だと思われる」といった持ち掛け方です。

(3)相手のWalk-awayを低く見せる

自分の立場を強めるとともに、相手の立場を弱めることも有効です。
相手の立場を弱めるには、主に二つのアプローチがあります。

一つには相手の立場/提案の欠陥/弱みを指摘することです。
多くの場合、それまで語られなかった新しい要素を持ち出し、それに照らして相手の立場が実は根拠薄弱だと追及します。
例のケースで言えば、それまで価格しか話にでていませんでしたが、例えば品質はどうなのでしょうか。
「実は小さいながらシミがついている」といった点を指摘できれば、そもそもの価格設定がおかしいと主張できるでしょう。
もちろん相手がその欠陥を全面的に認めることは少ないでしょうが、たとえ部分的にでも「確かに疑わしいところがある」という雰囲気ができてしまえば、相手の自信を損なう効果が期待できます。

第二に、情報を隠すことも有効です。
例えば売買取引では、買い手側はふつう商品の仕入れにかかった本当のコストが分かりません。
自分が売り手なら、こうした情報を隠してしまうことで、仕入れ値が安くついても売値を下げずにトクすることができます。
言い換えれば、買い手は本来(安くついた仕入れ値を反映すれば)安い価格を期待してもいいはずなのに、情報が隠されたため本来より割高な価格を妥当だと勘違いして交渉してしまうわけです。
例のケースで言えば、例えばAさんは自分が日本人だということを隠すことができれば、店主は「日本人以外が相手だったら、低く設定した値段でないとダメだ」と思うかもしれません。

(4)交渉決裂のコストを上げる

最後に、「妥協しなきゃいけない」というプレッシャーを与える別の方法として、交渉が決裂した時のコストを高く思わせることが挙げられます。
具体的には下の三つが典型的な手法といえるでしょう。

まず、一番単純なのが「もし話がまとまらないならキレる」という脅しです。
相手が妥協しないせいで交渉が決裂したなら、何らかの破壊的な手段に訴えて攻撃するとほのめかすわけです。
例のケースにあてあはめて言えば、例えば店先で大声で騒いで他の客が寄り付けないようにするぞ、と暗示するのです。
ただしあまり直接的にやりすぎると相手も怒って収拾がつかなくなるので、度が過ぎないよう注意が必要です。

同様に、外部の第三者の力を活用するのも有効です。
例のケースなら例えば国の観光協会に訴える、とか観光客の間で店の悪い評判を流す、とほのめかすのが典型的でしょう。
周囲を巻き込むほどに争いがひどくなるのはふつう望ましくないので、そこまでせずに何とかしようとする力学が働くわけです。

そして最後に、交渉のスケジュールをコントロールすることも戦術の一つになります。
相手にとって交渉できる時間に制約がある場合、わざと交渉するタイミングを遅らせることで切迫度が大きく変わる場合があるのです。
例えば例のケースで、Aさんが明日帰国する予定になっていてもう他の店が閉まっている時間だとしたら、Aさんの頭の中では「高くてもいいから買おう」というプレッシャーが強く働くでしょう。
店主としてはゆっくり構えていればいるほど有利になるわけです。
逆にAさんが旅行中のもっと早いタイミングで店を訪れていたらどうでしょうか。
どうせ時間はたっぷりあるし、現地に着いたばかりで市場ももの珍しく面白いので、じっくり交渉しても特に困ることはないでしょう。
逆に何時間も店に居座られると、交渉で使ってしまった数時間を無駄にはすまいと、店主の方が何とか話をまとめるよう一生懸命になる可能性もあるのです。


今回は交渉中に相手の印象を管理する駆け引きのワザを考えてみました。
次回は引き続き同じような価格交渉を例に、妥協案の効果的な出し方を考えてみたいと思います。

<18-1>典型的な交渉(2) -交渉中の印象管理-

2005-07-25 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
前回は価格交渉を例にとって、交渉を始めて最初の条件提示をするまでに考えるべきことを説明しました。
今回は引き続き、最初の条件提示が終わって駆け引きが始まってから気をつけるべきポイントをまとめてみたいと思います。

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今回も前回と同じ価格交渉のケースを題材に話を進めます。
念のため状況をもう一度確認してみましょう。

<例4-2>

Aさんはエジプト旅行で絨毯をみやげに買おうと店に入ります。
気に入った絨毯の値段を聞いてみると19万円だと言います。
日本の店でも同じような絨毯が20万円で売っているので、Aさんとしては15万円くらいで買いたいと思っています。
Aさんは売り手が最低13万円くらいまでなら値下げしてもいいと思っているはずだと検討をつけ、それより少し安く12万円なら買おうとまずもちかけてみます。
売り手はとんでもないと顔をしかめ、そんな額では売れないと言ってきます。

Aさんはここからどう話を進めたらよいでしょうか?


前回も説明したとおり、ここから先はお互いが少しずつ妥協した価格案を出し合い、最後に一致した価格で合意するのが一般的な流れです。例えば

Aさん「じゃあ15万円ならどう?」
店主 「17万円が精一杯だ」
Aさん「しょうがない、じゃあ間を取って16万円だ」
店主 「ううん、仕方ない。日本人トモダチ。16万円でOKよ」

といった感じです。

この例の会話でもAさんはとりあえず値下げ交渉に成功してはいます。
しかし前回説明したとおり、このケースで店主のホンネのWalk-away(下限価格)が10万円だったとすると、あと6万円も安く買える可能性があったわけです。
では、もっと安くさせるにはどうしたらいいんでしょうか。
上手なネゴシエーターは駆け引きで印象管理に注意を払います。

印象管理とは何でしょうか?

それは勝負の鉄則として、お互いのおかれた条件を自分側に有利に思わせることです。
交渉では、お互い自分の情報はわかっていても相手のホンネは推定して考えるしかありません。
さらに「自分のWalk-awayは自分で分かっている」と思っていても、それがどのくらい有利なものか、は話し合いの中身次第で大きく印象を変えてしまいます。
そこで、交渉の中で

-相手にはオイシイBATNAがあるので、相当妥協しないと合意してくれないのでは?
-自分のBATNAは実はあまりおいしくないので、自分から妥協した方がいいのでは?

という印象を相手に与えるのが交渉の基本になるわけです。
相手がこうしたプレッシャーに押しつぶされれば、「少し妥協してでも手を打とう」という気になってくれるからです。
もう少し具体的には、ネゴシエーターは以下の4つの戦術を使ってそうした印象管理を行うことになります。


(1)自分の情報は隠し、相手の情報は徹底的に集める

まず相手のWalk-awayやTarget-pointが分かってしまえば圧倒的に有利になります。

相手がいくらはったりをかましてきても、ホンネが分かっていればこちらはいくらでも強く出られるからです。
それに「自分のWalk-awayが相手に見透かされている」と思えば、仕方がないからある程度は妥協しようと思うのが人間です。
例のケースで言えば、Aさんが相手の下限価格を正しく知っていれば、その値段を出してひたすら粘ることで、店主が折れて大きく妥協してくる可能性があるでしょう。
もちろんそのためには周りの店で相場を確認したり、専門家に助言をもらうなど事前の情報収集が必要になります。

一方で自分の側の情報はできる限り相手に与えるべきではありません。

相手にこちらがどの程度妥協しやすいか分かってしまうと、それにつけこんで足元を見てくるからです。
例のケースで言えば、例えば店主はAさんがどの位エジプトにいたかとか、いつ帰るのかを聞いてくるかも知れません。
ここでAさんが正直に「着いてまだ三日だ」とか「明日には帰る」などと言ってしまうとどうでしょうか。
「まだ絨毯の相場など分かっていないだろう」とか「今日中におみやげが必要なので高くても買うだろう」といった印象をあたえかねません。
理想的には、自分のことを話題にするよりとにかく相手に質問をするべきです。
質問すれば相手はさらに情報を出さざるを得ないからです。
交渉では「沈黙は金、質問は銀、雄弁は銅」という側面があるのです。

(第18回続く)

スタバでコーヒー無料にしてもらうネゴをやってみた(6)

2005-07-21 | 雑記
もう一歩のところで交渉が進まない。
何が足りないんでしょうか?

どうしようかこちらも少し途方にくれ始めてきたところ、ちょうど二階から顔見知りの男性店員が下りてきました。
その店員とはよくカウンターで顔を合わせており、とても人懐こいのでいつも注文のときに軽くおしゃべりしている関係でした。
反射的にあいさつします。

「ハイ、こんにちは」
「ハイ、いらっしゃい。今日は何を頼んだの?」

と、マネージャーと筆者の微妙な空気を感じた彼は、どうしたのかマネージャーに事情を聞きました。
マネージャーが筆者の要求を説明します。
と、彼はにっこり笑って言いました。

「それなら、友達を連れてきてこのケーキとポテトチップをありったけ買ってもらうのはどう?
そしたら本日のコーヒーは無料にしてもいいんじゃないですか」

マネージャーも対応に困っていたところだし、彼は結構ベテランの店員らしく、その提案は結構説得力があったようです。

結局、ケーキとポテチ(ケトルチップス)を一杯買う代わりに、本日のコーヒー無料と言うことで交渉妥結。
筆者はあらかじめ事情を話してあった友達を携帯で呼び、めでたく無料コーヒーを手に入れたのでした。
(一緒にケーキ6つとおみやげポテチ5袋も買う破目になりましたが)

振り返ってみると、行き詰った交渉に足りなかったものは、「人間関係」だったように思います。
結局のところ、「妥協してもいいけどどうしよう?」となったときに決定打になるのは、

- まあこのヒトが言うなら妥協してもいいか

という納得感だったりするものです。
要求内容が理路整然としていて、交渉の進め方がものすごく上手でも、それだけでは結果は出ない。
実は好感とか人情といったソフトな部分が大きく作用するのではないか。

あり余るケーキを食べながらそんなことを考えたある日の午後でした。

(この話終わり)

<17-2>典型的な交渉 -交渉開始から条件提示まで-

2005-07-19 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
では、こうした条件のもとで交渉はどう進んでいくのでしょうか。

価格交渉では多くの場合、

1. まず双方が最初の条件提示を行い、
2. さらに話し合ってどの程度で合意するのが妥当か探りあい、
3. 若干歩み寄った(妥協した)修正案を提示し、
4. 必要に応じて2と3を何度も繰り返し、
5. 最終的にある価格で合意する

といった流れに沿うのが一般的です。

ここで重要なのは、価格交渉が基本的に双方の歩み寄りを織り込んだものだということです。
言い換えれば、交渉者どちらも、ある程度自分が妥協して話をまとめることを前提に条件提示しなければなりません。
今回のケースで言えば、売り手は本当は最低10万でもとりあえずOKなところを、自分もある程度妥協して値下げすることを前提にあえて20万円から始めているわけです。

ではAさんは最初の条件提示として、いくらで買おうと提案すべきでしょうか?

交渉には妥協がつきものだとするならまず最初は思い切って強気に、たとえば5万円で買うと提案したらどうでしょうか。

これは相手からするととうてい受け入れられません。
相手のWalk-away(下限価格)は10万円だからです。
相手から見れば、後で多少Aさんが歩み寄るにしてもとてもおいしい取引にはなりそうにないと思えるでしょう。
悪くすると相手は怒り出したり、まともに交渉しようという気を失うかもしれません。

では逆に、Aさんの目標価格である15万円から始めたらどうでしょうか。

これは相手からもリーズナブルに見えます。
お互いが合意できる範囲にも入っています。
しかしながら、交渉する中で互いがさらに譲歩するであろうことを考えると、相手の言い値(19万円)との間で最終的な合意価格は17万円くらいになりそうです。
それでも日本で買うより安いからOK、とも考えられますが、「交渉して大きくトクをした」ことにはならないでしょう。
本来なら相手は10万円くらいまで下げてもOKだと思っていたわけで、折角のバーゲンチャンスを実は逃していたことになりかねないからです。
自分の目標(15万円でその絨毯を買うこと)も達成できません。

では、どのように条件提示をすればいいのでしょうか。

あなたが買い手だとしたら、最初の条件提示で基本となる作戦は下のようにまとめられるでしょう。

(1) 自分の目標価格より低い価格を提示する

前にも述べたとおり、交渉では話がまとまるにはある程度妥協が必要です。
話し合いの中で値段が多少なりともつり上がることを前提に考えるべきなのです。
したがって、あらかじめそれより安い価格を提示しなければ、目標価格より確実に高い値段で買わざるを得なくなります。
今回のケースで言えば、15万円が目標なので、必ず15万円未満の価格から交渉を始めるべきです。

(2) ただし目標価格よりあまりに低すぎる価格は出さない

一方で、あまりに自分に有利すぎる条件提示はケンカを売っているのと同じことになります。
理想的には相手のResistance-pointギリギリか、それを少しだけ下回るところから話が始められれば圧倒的に有利になります。
非常に安い値段とはいえ、相手にとって、ホンネではそれに近い値段でも売れないよりは良いと思ってしまうからです。
今回のケースで言えば、10万円が相手のResistance-pointなので、最初に9万5千円とか10万円の価格を提示すると、相手としては「痛いところをついてくるな」と感じることでしょう。
もちろんこちらの言い値がそのまま通ることはありませんが、これならば10万円台前半での買い物が十分期待できるでしょう。

ここで言う「低すぎる」価格というレベルを理解するためには、情報収集が重要になります。
今回のケースなら、あらかじめ似たような絨毯の相場を把握しておけばResistance-pointの推定がしやすくなります。
だから交渉では情報は最大の武器となりうるのです。

さて、最初のオファーを出したところで、それからどんな点に気をつけて交渉すればいいのでしょうか。
次回は引き続きこの価格交渉を題材に、妥協案を探り出していく段階で気をつけなければいけないことを考えてみます。

<17-1>典型的な交渉 -交渉開始から条件提示まで-

2005-07-18 | 第二部:交渉ってどう考えたらいいの?
第二部では交渉を分析的に考える枠組みやキーワードを概観してきました。
今回は第二部のしめくくりとして、一番典型的な交渉の一つである価格交渉を取り上げ、
今までに説明したキーワードを使って交渉を分析的に考えてみたいと思います。

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交渉といえば、一番典型的なのは価格交渉でしょう。
今回は下の例を考えてみましょう。

<例4-1>

Aさんはエジプト旅行でカイロを訪れました。
市場に行くと、色とりどりの綺麗な絨毯を売っています。
Aさんは今度家を改築しようと考えており、間取りが広がると新しい絨毯が必要になるので、ここで買っていくのも悪くないと思いつきます。

気に入った絨毯を探して値段を聞いてみると、19万円だと言います。
Aさんは随分高いなあと驚いてしまいました。
内心、Aさんとしては15万円くらいで買いたいと思っていたし、日本の知り合いの店でも同じような絨毯が20万円で売っているのを知っていたからです。
さて、Aさんはどう交渉すればいいでしょうか。


ここで、まずいくつかポイントを整理してみましょう。

皆さんは第10回で登場した”Walk-away”(または”Resistance-point”)という概念を覚えているでしょうか。
ご記憶のとおり、「それ以上不利な案で合意するくらいなら交渉決裂したほうがマシ」なポイントです。
価格交渉では多くの場合BATNA(交渉に代わる代替策、この場合同じような品を他で買う価格)がすなわち”Walk-away”になります。
他でもっと安く買えるのに高値で合意するのは意味がないからです。
もちろんその品が他で買えないその店独自のものであれば話は違ってきますが、単純にするためここでは他の店の絨毯と質はほぼ同じとしましょう。
したがってこのケースでは”Walk-away”=20万円(日本の店での値段)とします。

また買い手は普通「うまくいったらこの位で買いたい」という希望を持っているはずです。
これがTarget-point(目標価格)です。
この交渉ではTarget-point=15万円です。

一方で交渉相手、このケースの場合売り手も同じくWalk-awayとTarget-pointを持っています。
もちろん交渉では相手の情報が完全にわかるわけではありません。
しかし相手から見ると、Target-pointはかなり高い価格でしょうし(なるべく高く売りたいと思っているはず)、 Walk-awayはそれよりは低い価格のはずです。
このケースでは、売り手の実際のWalk-awayは10万円、Target-pointは16万円だとしましょう(もちろんAさんはこれを知りません)。
つまり、売り手は10万円までならギリギリ値下げできるが、まず16万円くらいで手を打ちたいと思っているわけです。

これらをまとめると、こちらと相手の利害は下のような関係になっているでしょう。

Walk-away(相手)<Target-point(Aさん)<Target-point(相手)<Walk-away(Aさん)
   10万円        15万円       16万円      19万円

この場合、交渉がまとまる「落とし所」になりえるのはこの10万円から19万円の範囲です。
それ以上でもそれ以下でも、当事者のどちらか一方に過度に有利な結果となってもう一方が合意しないからです。
第11回でも出てきたとおり、この範囲をZOPAと呼びます。
交渉の成功とは、このZOPAの範囲内でいかに自分側に有利な合意をまとめるか、にかかっているとも言えるのです。

(第17回続く)

スタバでコーヒー無料にしてもらうネゴをやってみた(5)

2005-07-15 | 雑記
マネージャーが出てきました。
今まで対応していた店員の女の子から事情を聞き、あらためて用件を聞いてきます。
顔は笑っていますが目は笑っていません。

「財布を忘れちゃったので今日だけ本日のコーヒーを一杯もらえないかと話してたところです」
「お客様、申し訳ありませんがそういうサービスはできかねます。そういうサービスでしたらスタンプカードがありまして、一杯でスタンプ一個で、10個たまると一杯無料になります」

とスタンプカードを渡してきました。
常識的には「じゃあまた今度スタンプために出直します」と言って引き下がるところですが(そうしたい気持ちもしましたが)、ネゴシエーターとして引き下がるわけにもいきません。

ここでマネージャー相手に何を訴求したら響くかを考えてみると、

1)責任者として「変な交渉に屈したのではない」という安心感
2)店の利益

といったポイント(バイトのお姉さんとは少し違う)ではないかと思い至りました。
そこで作戦変更。
「とりあえず穏便に解決する」ことに加え「店の利益」を訴えて攻めることにしました。

具体的には、

+こちらが近所のビジネススクールの学生であること、
+いつもこのスタバに来ていること、
+今コーヒーを無料でくれたら、これまで以上に友人の学生を連れて店の売り上げに貢献すること

を説明して、「まあそれなら損はしないかな」という感をあおったのです。
しかし損をしないからといってそれだけで口車に乗ってくれるわけでもありません。

そこでさりげなく、

+近所には競合の喫茶店も一杯あるので、ケチなことを言われると学生が皆そっちに行くかも

と軽く冗談じみた脅し(BATNA)をちらつかせてみました。
こうなってくるとマネージャーも「こちらが言っていることが無理ではない」という雰囲気につりこまれ、どうやって断ったらいいのか、またはそもそも要求に応じてもOKなのかどうかを迷い始めてしまいます。

「お客様のいうことは分かりますが、そうはいってもそれは難しいんですが…」

という調子で、話が先に進まなくなります。
ここまで、要求を筋道立てて言って、相手の関心にもそれなりのケアをして、それとなく脅して、とツボはつぶしていったはずですがもう一歩、何かが足りないようです。

何が足りないんでしょうか。

(この話続く)



スタバでコーヒー無料にしてもらうネゴをやってみた(4)

2005-07-11 | 雑記
目的のスタバに着きました。
時は平日の昼下がり。
お客さんは暇そうな近所の若奥さんグループとか、学生がちらほら座っている程度です。
あまり店が忙しいと交渉どころではないでしょうから、とりあえず好都合です。

カウンターへ行き、ショーケースのケーキを見ながら、あれこれ考えます。
店員さんは若い(バイト風)女の子だったので、フレンドリーな感じの方が良いと考え、お薦めののケーキはどれか聞いてみました。
勧められたブルーベリーチーズケーキを選び、本日のコーヒーを追加で注文。
常連ぽさをアピールするため、この間のチョコケーキは美味しかった、などとさりげなくおしゃべりしておきます。
レジを打って、値段を言われたところで、財布を忘れたふりをしてあたふたポケットを探り始めます。

店員さんはどうしたのかと尋ねてきます。

いざ交渉開始。

「財布を忘れてきちゃったみたいなんですけど…」
「オー、そうですか…(そんなこと言われても…)」

「困ったな…財布取りに帰るのも大変だし、いつも来てるお客さんにタダでコーヒー一杯くらいくれるサービスでもないですかね?」
「え?」
「隣の隣の喫茶店とかでも、結構あるじゃないですか…」

と近所の店の常連客優待プログラムをあれこれ例示してみます。

「本日のコーヒー小さいの一杯だけでもいいから、何とかなりませんか」

と具体的な要求に落とし込み、相手の反応を見ます。
店員さんはマニュアルに無い話なので、どう対処していいのか困っている様子です。
そこでソフトに助け舟を出していくことにします。

「この店いつも来てるんですよ。僕スタバのコーヒー大好きだし。また明日にでも来たときたくさん注文しますから。それに、本日のコーヒー一杯くらいだったらあんまり大した話じゃないんじゃないですか?」
「はあ…」

先方はどうしたらいいんだろう、とおどおどしている様子です。
バイトにしてもまだ新人さんらしく、自分で決めるわけにはいかないと思っているようです。
交渉としては相手が悪くラチがあかない感じです。

そんなところへ、二階席からもう少し年の行った男性店員が降りてきました。
女性店員さんはその先輩の方に助けを求め、事情を説明します。
どうやらその男性が店のマネージャーらしく、今度はマネージャーがこちらの話を聞く体勢になります。
バトンタッチでこのマネージャーとネゴしなければならないようです。

(この話続く)


ロンドン

2005-07-08 | 雑記
大変な事件があったようですね。

パリの近くに住んでいたので、ロンドンはユーロスターで週末旅行に出かけたりしていました。
サブウェイも止まることが結構あるとはいえ、パリのメトロよりは清潔で利用しやすいものだった記憶があります。
(パリのメトロの古い駅は、通路になぜかトイレのような臭いが充満していたりして…)

ロンドンにも有名なビジネススクールがあるし、日本人の留学生も結構緊張した状態にあるのかもしれませんね。

一日も早く平穏な状態に戻ることを願っています。

スタバでコーヒー無料にしてもらうネゴをやってみた(3)

2005-07-07 | 雑記
さらに具体的に達成したい要求とBATNAを固めます。

筆者はキャラメルマキアートが好きなのでそれを要求しようかとも思いました。
しかしキャラメルマキアートは用意するのにいかにも手間がかかるし、値段がやや高めの商品です。
「ほんの小さなお願いをしているだけ」感を出すためには不適切な可能性もありそうです。
そこで一番安くてお手軽な本日のコーヒーの一番小さいサイズだけを要求することにしました。

こちらのBATNAはいくつかレベルがありますが、

1.スタバを立ち去って他の店に行く
2.もう二度とスタバにこないことにする
(店は筆者の将来のコーヒー代分売り上げを失う)
3.学生集めて不買運動
(将来の売り上げ損失がさらに甚大)

と三つを相手の出方に応じて小出しにすることにしました。

一方で相手方のInterestとBATNAはどうでしょうか。

相手としては、もちろん店のマニュアルに従えばこちらの要求を認めるのもおかしいので、

1.例外をつくらない(マニュアルを守る)
2.店のオペレーション(他のお客さんのオーダーへの対応等)を円滑に進める

といったことがベースになるでしょうが、店員が学生バイト等の場合、ホンネでは

3.できるだけいざこざを起こさず楽しく働く

ことも結構大事かもしれません。
こちらのねらい目としてはこの3のあたりで、
「コーヒー一杯くらい自分が損するわけでもないし、それでこのお客さんが笑顔で帰っていくならその方がいいんじゃないの」
と思わせればしめたものです。

BATNAは単純で、「何もしない」ことでしょう。
(店は屋台と違って移動もできないし、店員の一存でできることは限られているでしょう)

次に交渉相手とのコミュニケーションの仕方を考えます。

今回は店員さんが相手なので、特定の利害関係者というより、バイトのヒトである可能性もあり、
やや第三者的なところがあるはずです。
本社相手に交渉するならある程度ロジカルで強気な交渉態度もありかもしれません。
ただ今回は普通の店で交渉するので基本的にソフトに、普通の「常連客」をよそおった方がよいと考えました。

演技として、注文してから偶然財布を忘れたのに気づいたことにします。
というのもお互いが「会社としてのスタバ」とは離れた、一種の仲間だという感じを出したほうが、相手としても「気持ちは分かる」と同情してくる可能性があります。
それに普通店で交渉は起こらないので、あまり「交渉」じみた態度を取ると警戒されたり「変なヒト」という目で見られそのために拒絶されるかも知れないからです。

こんなことを考えてある日の昼下がり、筆者はスタバに向かったのでした。

(この話続く)