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少彦名神社 神農さん3

2014-12-30 23:55:33 | 日記

文政5年(1822)に拡がったコレラは、日本での第一次流行で、三日も経てば亡くなるので“三日コロリ”といわれ、虎や狼が一緒になって来るような恐ろしい病気として「虎狼痢」と当て字されました。
当時においては、細菌学もなく、治療法など分かっていないのですから、疫病除けとして「鬼を裂く」といわれる虎の頭骨など10種類の和漢薬を配合した「虎頭殺鬼雄黄圓」という丸薬をつくり、初めは100人と限って効能書に1粒包んで施薬しました。
同時に、病名も丸薬にも虎の字が当てられていたので「張子の虎」が作られ、五葉笹につるし、神前で祈祷したしるしに虎の腹部に「薬」の文字が朱印され、病除け御守りとして授与されるようになったのです。

少彦名神社 神農さん2

2014-12-30 23:41:24 | 日記

ご祭神

少彦名命-日本医薬の祖神
神皇彦霊神の子。
常世の神。
国造りの協力神(大国主命)、酒神、温泉神穀霊、まじないなど多彩な能力を持つ。

神農炎帝-中国医薬の祖神
百草を嘗めて効能を確かめ医薬と農耕を諸人に教えた。
商売の神。


ご由緒

ここ大阪道修町は、豊臣時代頃から薬種取引の場として、薬種業者が集まるようになっていました。
江戸時代になると、幕府は道修町の薬種屋124軒を株仲間として、唐薬種や和薬種の適正検査をし、全国へ売りさばく特権を与えました。
薬は、人命に関わるものであり、その吟味は大変難しいものがあります。
そこで、神のご加護によって職務を正しく遂行しようと、安永9(1780)年京都の五條天神より少彦名命を仲間の寄合所にお招きし、神農炎帝王とともにお祀りしたのが始まりです。

少彦名神社 神農さん

2014-12-30 23:24:27 | 日記

12月5日に少彦名神社に寄りました。
少彦名神は大国主神と共に旅をして、因幡の白兎に薬をぬった、薬の神様。
因みに神農さんは古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人で諸人に医療と農耕の術を教えたという。
中国では“神農大帝”と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。
この二神を一緒にしてしまうのは流石といったところ。