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須弥山石

2014-12-09 23:02:41 | 日記

石人像と共に石神から明治時代に掘り出された。
全体の型や山型の浮彫があるところから須弥山石とよばれる。
庭園にともなう噴水施設で、周辺から溝や石敷きもみつかっている。
斉明朝(655~661年)に、蝦夷や南方の人をもてなしたとき、甘樫丘東方の河原や飛鳥寺西方に造ったという須弥山は、このようなものであった。


出水の酒船石

2014-12-09 21:57:02 | 日記

真神原の東の丘の上にあって広く知られている岡の酒船石とは別に、京都の庭園に運ばれて、ほとんど人の目にふれることのないもう一組の酒船石があります。
大正時代に飛鳥川のほとりで発見された出水の酒船石で、二つの酒船石は、庭園の水遊びの装置だったと思われます。
岡の酒船石のまわりでは、丘陵を取り巻く立派な石垣が発見されています。
この場所が斉名天皇の両槻宮にあたるのではないかと考えられるようになりました。

石人像

2014-12-09 20:44:40 | 日記

道祖神とも呼ばれる。
1903年(明治36年)、須弥山石と同じ石神遺跡から発掘された石像で、岩に座った男性に女性が後ろから手をそえている。
男性の足元から口まで内部に細い管が通り、途中で女性の口にも分岐していることから、噴水施設であったと推測されている。
衣装は飛鳥調のものであるが、風貌から男女のモデルをペルシャ・インドに求める説もある。
これはレプリカで、本物は中に展示されています。