駅前東口の広々としたバス・ロータリーを突っ切り、若宮大路を横切って閑静な住宅地の中の細い道を十数分歩くと、比企一族の菩提寺の妙本寺である。面白いことにここの境内(と言っても正門をくぐってすぐのところだが)には“梅天”という名の天ぷら屋さんがある。都区内から鎌倉を訪ねると、ちょうどこの店で昼食にするのにいい時間になる。
座敷でゆっくり腹ごしらえをしたあと、うっそうとした緑が美しい参道を登って行く。観光客にはあまり観るべきものがないせいか、本堂の周囲はいつ行っても人影まばらで閑散としている。
駅前で買った花と線香を持っていそいそと本堂左手の墓へ参る。
「長谷川海太郎(之)墓」。そう、ここは“三つのペンネームを持つ作家”林不忘/谷譲次/牧逸馬の墓なのだ。
大正末期から昭和初期のたった十年間に林名義で「丹下左膳」を、牧名義で翻訳や海外の実話読物を、そして谷名義でアメリカ放浪中の体験を素材にした「めりけんじゃっぷ」ものをそれぞれ書き散らかし、35才で早逝した異色の作家。
「右手で墓石に触れると筆が早くなるかもよ」
「それはいいわね。」
新聞記者をしている友人と笑い合った。
若宮大路まで戻り、鶴岡八幡宮へぶらぶら歩いて行く。この日は七五三で、着飾った親子連れで賑わっていた。十数年来初詣に訪れてはいるけれど、全国でも有数の人手を誇る名所だけにいつも三の鳥居あたりから遥拝で済ませるのがほとんど。今回は不精のお詫びも兼ねてきちんとお参りしてきた。
八幡宮から右手に折れ、金沢街道を二十分ほど歩くと、鎌倉五山の一つ浄妙寺に行き着く。二年ほど前からここの離れでは美しい庭園を眺めながらお茶をいただくことができるようになっている(有料)。粋な企画だと思う。それから内緒だが、このすぐ近くには原節子の住む古い家もある。
鎌倉宮へ抜けたらバスで駅まで戻る。ここからは気分によって(小津映画にたびたび登場する)北鎌倉駅方面に足を伸ばしたり、徒歩で由比ケ浜へ出たり、江の電に乗って大仏さまを見に行ったり、と色々だ。北鎌倉へ行くなら駅前の“やま本”というおそば屋さんに寄ってみるといい。新し過ぎず古過ぎない和風のインテリアが好感を持てるし、値段も鎌倉にしてはとても良心的だ。大仏のある長谷へなら鎌倉文学館に寄りたい。ここには前述の林不忘の遺品が多数所蔵されている。
さて、お寺巡りで疲れた足は鎌倉駅前にある(「鳩サブレー」で有名な)“豊島屋”ビル内の喫茶店“扉”で休めよう。店名は久保田万太郎が命名したのだそう。2Fはパーラー、3Fは和風の軽食処(1Fは売店)。どちらのフロアにするかはこれまたその日の気分次第だ。
「麦秋」撮影風景(1951年)