1979年春、頭の悪い男子高生だった僕は、シングル発売されたザ・クラッシュの「アイ・フォート・ザ・ロウ」に夢中になり、百万回聴いた。
彼らのアルバム「白い暴動」や「動乱」はすでに聴いていたが、このシングルは格段に聴きやすく、耳になじんだ。
それもそのはず、この原曲は、バディ・ホリーと別れ、新しいメンバーを加えて活動を再開したザ・クリケッツの曲(1959年)で、その後ボビー・フラー・フォーがカバーしてスマッシュ・ヒット(1965年)させた、アメリカのオールディーズだった。
あとから知ったのだが、セカンドアルバム「動乱」のミキシングのためアメリカに渡ったジョー・ストラマーとミック・ジョーンズがサンフランシスコのスタジオにあったジュークボックスでたまたまこの曲を聴き、レパートリーに加えたのだそうだ。クラッシュのカバーはいわゆる「孫引き」にあたっていた。
映像は1978年末のライブで、80年に公開されたクラッシュのセミドキュメンタリー映画「ルードボーイ」に組み込まれている。
約20年後の2000年、日産エクストレイルのCMにこの「アイ・フォート・ザ・ロウ」が使用され、話題を呼んだ。約3年間も使われたのは、人気があったからだろう。もう中年に差し掛かり、キャデラックを乗り回していた僕も、観るたび心躍ったものだ。
ほかにも沢山のカバーが生まれているが、2曲だけ取り上げておく。
ストレイ・キャッツのロカビリー・バージョン(1989年)と、パブ・ロックの雄ダックス・デラックスのシングル(1975年)だ。
日本独自のシングル・カットだった。