うらぶれたNサーカスの団長は、猛獣使いも兼ねたKというしがない初老の男性だった。
Kの手法は他の猛獣使いと違い、ムチをくれたり、エサで釣ることもなく、猛獣たちの誇りを大切にし、また炎の輪をくぐるときなどはまず自らが実践してみせたりした。
若い団員たちはそんなKを時代遅れと陰であざけり笑った。
ある時Kは自動車にはねられ、あっけなく世を去った。
サーカス団は二束三文で大手に買収された。
新しい猛獣使いは気の荒い男で、Kの身の上に起こった変事を知ってか知らずか、うなだれている猛獣たちを怒鳴り散らしながらステージに上げた。
男は見せしめのつもりだったのだろう、猛獣たちのリーダーの、ひときわ毛並みの美しい雌ライオンに容赦なくムチをふるった。
ライオンはすうっと立ち上がると、次の瞬間には猛獣使いに跳びかかっていた。
ゾウもゴリラもトラもグリズリーベアもあとに続き、あっという間に男を八つ裂きにしてしまった。
観客の悲鳴が充満する会場から猛獣たちは悠然と立ち去り、それぞれの生地へと帰って行った。
古参の職員たちとホームの思い出話に花が咲くことがある。
ただ、楽しいことばかり話しているわけではなく、天を仰いだ重大事故についても振り返り、決して忘れないよう心掛けている。
夜間に離園した利用者様を探して崖下を懐中電灯で照らしたところ、ちょうど頭頂部に光があたって反射したおかげで見つけることができた、さらには駆けつけたCMが坂の途中でしりもちをつき、そのまま「サンダーバード」のスライダーでの搭乗シーンさながらにまっすぐ滑り降りて来て、笑いをこらえるのに一苦労した、などとユーモアを交えてはいるものの、当時の必死さは話すたびまざまざとよみがえってくる。その利用者様を背負ってホームへ戻った際の、安堵した管理者の愛らしい泣き笑い顔も、一生忘れることはないだろう。