ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

自信と誇り

2017年10月23日 | 珠玉

      


  テネシー・ウイリアムズの「ガラスの動物園」(1940年)は、アメリカ現代演劇の代表作の一つである。
  零落した南部美女の母アマンダと、足が悪く引っ込み思案の娘ローラ、そして鬱屈とした毎日を送っている文学青年の弟トムがひっそりと暮らすアパートへ、トムの倉庫勤めの同僚で、かつてはハイスクールのヒーローだったジム―紳士の訪問客(ジェントルマン・コーラー)が夕食の招きに応じてやってくる。偶然にもジムはローラの憧れの元級友であった。
料金未払いのため部屋の電気が止められ、ろうそくの明かりの中で、ローラが語る良き時代の思い出話に気をよくしたジムは彼女と踊るのだが、テーブルにぶつかり、ローラのささやかなコレクションで最も大切にしていたガラス細工のユニコーン(一角獣)が床に落ちて角が取れてしまう―。

ローラ:これで、ほかの馬と、すっかり、同じになりましたわ。とれましたわ、角が。でも、いいんですよ。かえって、この方が、当人には、しあわせかも知れませんもの。
この子、手術をしてもらったんだと、そう思えば、いいんでしょう。
角をとってもらったおかげで―変わりもののひけ目を感じなくてすむようになったんですもの。《舞台を左へ行き、小卓に腰をかける。》
これで、本人も、ほかの、角のない馬と、気らくに、おつきあいできるでしようよ…‥
ジム(紳士の訪問客):なかなか、ユーモアを解するんですねえ、きみは。安心しましたよ。
そう―僕も、今まで、いろんな人と附き合ってきましたがね、きみには、なんか、普通の人にないようなものが、ありますねえ?
《音楽が、はじまる。》
いいですか―こんなことを言って? 僕、本当のことを言ってるんです。きみと、こうしてると、僕は、気もちが―さあ、なんていうのかなあ!
僕は、たいてい、どんなことでも、うまく言えるんですけど、ねえ―さあ、こいつは―どう言えば、いいんですか、ねえ!
誰か、今までに、きみのことを、きれいだって言った人がありますか?
ま、とにかく、きれいですよ! 普通と違ったきれいさですねえ。違ってるだけに、なお、すばらしいんです。
きみが、僕の妹だったら、ねえ! そしたら、僕は、自信の持ち方を、しっかり教えたげるんだが、なあ。ほかの人と、違ってるってことは、なんにも、恥ずかしいことじゃないんですよ。だって、ほかの人なんてものは、大したこと、ないでしょう。何万人でも、ざらにいますよ。ところが、きみって人は、世の中に、たった、一人! ほかの人ってやつは、地球上、到るところにいますよ。だが、きみは、ここにしか、いないんです。まったく、ありふれてますよ、ほかの人だなんて―まるで、雑草みたいに。ところが、きみって人は―そう、きみは―青い薔薇(ハイスクール時代にジムがローラヘつけたあだ名)!
ローラ:でも、青いってのは―薔薇には―変ですわ……
ジム:きみには、変じゃないんです! ―きみは―きれいだ!
ローラ:わたし、きれいって、どこが?
ジム:どこでも―眼もと、髪の毛。きみの手―きれいだなあ! 僕が、お世辞を言ってると思ってますね、きみは―ご馳走になったんだから、お礼のつもりだろうってんですね、そりゃあ、僕だって、お世辞も、言いますよ! 心にないことを並べ立てもします。しかし、今夜は、ちがいますよ―心から、言ってるんです。きみには、例のインフェリオリティ・コンプレックス(劣等感)ってやつが、ある―さっき、気がついて、言ってあげましたね―そいつがあるから、人と気がるに附き合えないんですよ。だれか、きみに、自信をつけたげなくちゃあ―うんと、自分を、高く買うように―うんと、高く!
《ローラの体を差しあげて、小卓の上に立たせる。》
そんなに、恥ずかしがったり、目をそらしたり―あかくなったりしないように、誇りを持たせてあげる人間が―だれか―いなくちゃあ。
                                                             (田島博訳、新潮文庫刊)

  大震災当日、施設へ戻る前に自宅へ立ち寄ると、個人事務所も書斎も、書類や蔵書がめちゃくちゃに散乱していた。
その中から、ふと目についた「ガラスの動物園」と「華麗なるギャツビー」(どちらも新潮文庫版)を拾い上げ、リュックに放り込んだ。
結局、数か月間背負い歩いただけで一度も取り出すことはなかったのだが、あれは当分自宅へは戻れないと思ったためか、あるいはお守り代わりにと考えたのか、とにかく、それほど好きな作品だ。


1950年版映画化作品。
ローラ(ジェーン・ワイマン)とジム(カーク・ダグラス)


1987年版。ローラ(カレン・アレン)


1973年テレビ映画版(日本未公開)。

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