ほー……ほー……ほぉぉ……
という野鳥の啼き声で目が覚めたのが、令和2年4月29日、昭和でいえば天皇誕生日の朝だった。
おお、こ、これは………!!
ほーほけきょ…
まごうかたなき鶯の啼き声ではないか…!
東京都心で、ウグイスの初鳴きの統計が取れなくなって20年余りも経つ、というショッキングな情報をもたらしたのは、つい2,3週間前のテレビ番組の天気予報士のお兄さんであった。
そう言われてみると、最後にウグイスの声を聴いたのはいつだったろうか、心もとない気がしてきた。
房総半島の親類の家の裏の藪で、谷渡りに至る稽古中のウグイスの囀りは、寒い時季によく聞いた。
都内だって、シジュウカラはよく囀っているのだ。人けのなくなったゴールデンウィークに、よく、お隣のアンテナのてっぺんで鳴いていた。
すぴすぴすぴ…と、初夏の青天をつつくように、潔く、ともすると攻撃的に、啼いていたのだった。
それすらもう、十数年前のことになるのだ、五日市街道は松庵稲荷の傍らに、棲んでいた時分のことであるから。
さてさてまあ、諸鳥の囀りへの追憶はさておき、21世紀には稀少なものとなってしまったらしい、ウグイスの初鳴きを、東京都下とはいえ、環八の外側の…武蔵野の面影が残っているような気もする…我がいおで観測したのである。
はい、こちらですょ、こちらで鶯が鳴いておりますょ…
何かしら誇らしげな心地さえして、かくも奥ゆかしく伸びやかなホーホケキョを聞いたからには(季が違うこと甚だしいのだけれども)、私の大好きな長唄『娘七種(むすめななくさ)』のご紹介をせずにはいられない。
江戸の歌舞伎で初春狂言に曽我物をかけるという習慣があるのは、皆さまご存知よりのことと思う。
(初耳だわ…とお感じの方は、当ブログ中、過去の記事をご笑覧くださりませ)
タイトルからして、きれいなお姉さんがお正月の七草がゆのお支度をする、しかも曽我物なので仇討のお話ももれなく付いております…という晴れやかで朗らかで愉しい曲なのだ。魔除けだったりもする。
この曲を思い描くとき、なぜだか亡くなった紀伊國屋、九代目の澤村宗十郎丈を想い出す。紀伊國屋は今ではもう継承されていないのかもしれない、江戸和事を得意とした役者だった。春風駘蕩、おおどかで伸びやかで、古雅でさっぱりとしながらも滴るような色気もあって、私が歌舞伎に青春を傾けるきっかけとなった、大好きな役者であった。
…そんな雰囲気の曲なのだ。
冒頭、「神と君との道直ぐに…治まる国ぞ 久しき」…と、謡いがかりで改まって始まるのだが、続いて唄の、
♪若菜摘むとて 袖引き連れて 思う友どち…と、二上りらしい、至極明るく朗らかな曲調に惹き込まれ、浮き浮きしてしまう。
…袖引きひくな若き人 あら大胆なひとぢゃぇ…(おや、どういう展開に…と思っていると…)
ここで、唄方の聞かせどころの、鼓唄となる。
♪春は梢も一様に 梅が花咲く殿造り…
そこへ、
ホー ホー ホー ホーホケキョ、と、江戸家猫八先生の芸風とはまた別の、邦楽の独特な表現法をお聞き頂きたい。
そして、♪初若水の若菜のご祝儀…から、これまた何とも言えぬ、のどかで初々しく華やかなメロディが展開するのだ。
♪やまと仮名ぶみ いつ書き習い 誓文(せいもん)一筆(ひとふで)参らせそろべく
かしくと 留め袖 問うに落ちいで語るに落ちる…
(日本語ってなんてステキなんでしょう…)
さて、そろそろ、春の七種の出番。言立てが苦手な方は、この曲を覚えれば難なく言えるようになる優れもの。
♪夜の鼓の拍子を揃えて 七種ナズナ ゴギョウ 田平子 仏の座 スズナ スズシロ 芹 ナズナ
♪七種揃えて 恵方へきっと 直って
しったん しったん どんがらり どんがらり どんどんがらり どんがらり
昭和のお母さん方の、七草をまな板で叩くときの御約束の御まじない…
♪唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬ先に……
というところで、お待たせいたしました。三味線方の聞かせどころ、七草の合方。
本手と替手とが紡ぎだす、リズミカルで愉しく、聞いていると体が思わずswingしてしまうほど。
(実は、この曲は邦楽には珍しく、表間できっちり作られている作品なのです。二拍の休符の掛け声を聞くと違いが判ると思いますが、洋楽式なので行進曲っぽい感じもあります。管弦楽曲「タイプライター」にも似ているかもしれない…演奏する側の好き嫌いが分かれる曲でもあります)
ひとしきり盛り上がって
♪怨敵退散 国土安穏…天長地久
(コロナ禍よ、終息せよ…との願いを込めつつ…)
打ち納めたる 今日の七種 で、終曲。
…そんなわけで、今朝も聞けるかな…とドキドキしておりましたが、往来が静かだったのは旗日のせいだったのでしょうか、疾風怒濤のごとく走りゆく車の音で目が覚めました。
鳥の声はというと、鴉ばかり……。
という野鳥の啼き声で目が覚めたのが、令和2年4月29日、昭和でいえば天皇誕生日の朝だった。
おお、こ、これは………!!
ほーほけきょ…
まごうかたなき鶯の啼き声ではないか…!
東京都心で、ウグイスの初鳴きの統計が取れなくなって20年余りも経つ、というショッキングな情報をもたらしたのは、つい2,3週間前のテレビ番組の天気予報士のお兄さんであった。
そう言われてみると、最後にウグイスの声を聴いたのはいつだったろうか、心もとない気がしてきた。
房総半島の親類の家の裏の藪で、谷渡りに至る稽古中のウグイスの囀りは、寒い時季によく聞いた。
都内だって、シジュウカラはよく囀っているのだ。人けのなくなったゴールデンウィークに、よく、お隣のアンテナのてっぺんで鳴いていた。
すぴすぴすぴ…と、初夏の青天をつつくように、潔く、ともすると攻撃的に、啼いていたのだった。
それすらもう、十数年前のことになるのだ、五日市街道は松庵稲荷の傍らに、棲んでいた時分のことであるから。
さてさてまあ、諸鳥の囀りへの追憶はさておき、21世紀には稀少なものとなってしまったらしい、ウグイスの初鳴きを、東京都下とはいえ、環八の外側の…武蔵野の面影が残っているような気もする…我がいおで観測したのである。
はい、こちらですょ、こちらで鶯が鳴いておりますょ…
何かしら誇らしげな心地さえして、かくも奥ゆかしく伸びやかなホーホケキョを聞いたからには(季が違うこと甚だしいのだけれども)、私の大好きな長唄『娘七種(むすめななくさ)』のご紹介をせずにはいられない。
江戸の歌舞伎で初春狂言に曽我物をかけるという習慣があるのは、皆さまご存知よりのことと思う。
(初耳だわ…とお感じの方は、当ブログ中、過去の記事をご笑覧くださりませ)
タイトルからして、きれいなお姉さんがお正月の七草がゆのお支度をする、しかも曽我物なので仇討のお話ももれなく付いております…という晴れやかで朗らかで愉しい曲なのだ。魔除けだったりもする。
この曲を思い描くとき、なぜだか亡くなった紀伊國屋、九代目の澤村宗十郎丈を想い出す。紀伊國屋は今ではもう継承されていないのかもしれない、江戸和事を得意とした役者だった。春風駘蕩、おおどかで伸びやかで、古雅でさっぱりとしながらも滴るような色気もあって、私が歌舞伎に青春を傾けるきっかけとなった、大好きな役者であった。
…そんな雰囲気の曲なのだ。
冒頭、「神と君との道直ぐに…治まる国ぞ 久しき」…と、謡いがかりで改まって始まるのだが、続いて唄の、
♪若菜摘むとて 袖引き連れて 思う友どち…と、二上りらしい、至極明るく朗らかな曲調に惹き込まれ、浮き浮きしてしまう。
…袖引きひくな若き人 あら大胆なひとぢゃぇ…(おや、どういう展開に…と思っていると…)
ここで、唄方の聞かせどころの、鼓唄となる。
♪春は梢も一様に 梅が花咲く殿造り…
そこへ、
ホー ホー ホー ホーホケキョ、と、江戸家猫八先生の芸風とはまた別の、邦楽の独特な表現法をお聞き頂きたい。
そして、♪初若水の若菜のご祝儀…から、これまた何とも言えぬ、のどかで初々しく華やかなメロディが展開するのだ。
♪やまと仮名ぶみ いつ書き習い 誓文(せいもん)一筆(ひとふで)参らせそろべく
かしくと 留め袖 問うに落ちいで語るに落ちる…
(日本語ってなんてステキなんでしょう…)
さて、そろそろ、春の七種の出番。言立てが苦手な方は、この曲を覚えれば難なく言えるようになる優れもの。
♪夜の鼓の拍子を揃えて 七種ナズナ ゴギョウ 田平子 仏の座 スズナ スズシロ 芹 ナズナ
♪七種揃えて 恵方へきっと 直って
しったん しったん どんがらり どんがらり どんどんがらり どんがらり
昭和のお母さん方の、七草をまな板で叩くときの御約束の御まじない…
♪唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬ先に……
というところで、お待たせいたしました。三味線方の聞かせどころ、七草の合方。
本手と替手とが紡ぎだす、リズミカルで愉しく、聞いていると体が思わずswingしてしまうほど。
(実は、この曲は邦楽には珍しく、表間できっちり作られている作品なのです。二拍の休符の掛け声を聞くと違いが判ると思いますが、洋楽式なので行進曲っぽい感じもあります。管弦楽曲「タイプライター」にも似ているかもしれない…演奏する側の好き嫌いが分かれる曲でもあります)
ひとしきり盛り上がって
♪怨敵退散 国土安穏…天長地久
(コロナ禍よ、終息せよ…との願いを込めつつ…)
打ち納めたる 今日の七種 で、終曲。
…そんなわけで、今朝も聞けるかな…とドキドキしておりましたが、往来が静かだったのは旗日のせいだったのでしょうか、疾風怒濤のごとく走りゆく車の音で目が覚めました。
鳥の声はというと、鴉ばかり……。
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