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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

論語とダンス

2010-08-24 | 日記
 22日、王子の飛鳥山公園内にある「渋沢史料館」に行った。
 近所に住んでいながらこれまで一度も足を向けたことがなかったのだが、猛暑の夏、家に籠ってばかりいるよりはと思い立ったのだ。
 それに、渋沢栄一の生まれ故郷、埼玉県深谷市血洗島は、私が小学校の中途から高校卒業までを過ごした町のすぐ近くでもある。
 それにしても江戸末期から明治にかけて活躍した人々のスケールの大きさは、昨今の政治家や実業家とは比較にならない。これはどうしたことか。
 加えて、そうした素晴らしい先人たちのことを学校教育ではなかなか教えてもらえない。これもどうしたことか。
 リーマンショック以降、行き過ぎた市場経済の弊害が叫ばれるようになって、渋沢栄一の書いた「論語と算盤」など、道徳と経済の合一説が見直されるようになっている。
 彼が関わった企業や金融機関、社会活動など、その質量を改めて見つめてみると、その業績の巨大さにはまさに瞠目せざるを得ない。

 実は、仏文学者で作家の渋澤龍彦が戦時中に血洗島に疎開していたというのを聞いたことがあって、渋沢栄一との縁故が以前から気になって仕方がなかったのだが、史料館の受付でそのことを聞くと学芸員の方を呼び出してくれた。
 結論としては、直接のつながりはないとのことだった。ただ、あの血洗島(それにしてもすごい地名だ)近辺には、渋沢姓が多く、何代か遡れば血縁関係があるかも知れないとのこと。

 史料館の隣にある飛鳥山博物館のカフェで昼食をとり、王子駅から都電で早稲田に出た。
 「高田馬場ラビネスト」という小さなスタジオで行われた「温森NUKUMORI×MENU」のダンス公演を観に行ったのだ。
 以前、といってももう10年以上も前に芝居の振り付けでお世話になった小粥真佐代さんが出演・振付をしている。
 1時間の間に12曲のナンバーが繰り広げられる。その熱くカッコ良い踊りと時たま挟まれる笑いに心をほぐされ、心地よい刺激を受けた。
 メンバーの全員が相当のレベルにあることは間違いないけれど、小粥さんは小柄な身体ながらダントツに素晴らしい。手足、指の先までの神経の張り巡らせかた、身体のひねりのセンスにおいて群を抜いている。

 改めて思ったのだが、彼らのダンス形態と、いわゆるアートに分類される舞踏=ダンスとの本質的な違いは何なのだろう。
 高いレベルに到達した彼らの身体能力や手足の動き、振りにそれほどの差異はないようにも思える。おそらくは、一つの動作や振りに至る発想やアプローチの違いということなのだろうが、それを言葉にしようとすると途端にむなしくなってしまう。
 そんなことを思い巡らせながら、またいつか小粥真佐代さんとは一緒に仕事がしたいなと思ったのだった。
 そんな機会がいつか訪れるだろうか。