先日このブログで、“水木しげる生誕100周年事業”というものを紹介しました。
水木しげる先生の生誕100周年をその前後3年間にわたって祝おうというもので、『鬼太郎』六期の劇場版や、『悪魔くん』の新たなアニメ化といったプロジェクトが発表されています。
……ということなので、このブログでも、この期間中おりにふれて水木先生の作品について書いていこうと思います。
さて、水木先生といえば、まずなんといっても漫画家です。
子供のころから絵がうまく、また、空想的な物語を語る才もありました。となれば、漫画家を目指すのも道理でしょう。
太平洋戦争中には南方戦争に行き、戦場で左腕を失いましたが、それでも漫画家として活躍しました。片腕であの絵を描いているというのはちょっと信じがたいことですが……
戦場での経験は多くの作品に影響していると思われますが、それを直接描いた作品もあります。
今回紹介するのは、そうした短編を集めた『敗走記』です。
このなかの「ごきぶり」という短編が、特に印象に残っています。
かつて空の勇者とたたえられたパイロットでありながら、戦後は戦犯として追われる身となった男の話です。
水木先生自身の兄が戦犯として巣鴨拘置所に入れられていたという経歴があり、その際兄から聞いた話をもとにして描いたといいます。
実際の先生の兄・宗平さんは、弟よりも長生きして2017年に亡くなっていますが、「ごきぶり」の主人公・山本は、戦犯として処刑されます。
かつては空の勇者だったのが、戦後は官憲に追われる身……ここに、戦争というものの不条理が描き出されているのです。
「歓呼の声で戦場に送り出した故郷が……今では俺に死をもって報いようとしているのだ」
と、山本はいいます。
一兵士として戦場でとった行動を果たして罪に問いうるのか。これは、現代の戦争にも通ずる大きな問題でしょう。
その一兵士は、ひとたび祖国に帰れば家族や友人もいます。この点を突いた物語のラストシーンは、じつに哀切です。
最後に、この作品集の表題作「敗走記」のラストで語られる言葉を引用しておきましょう。
戦争は 人間を悪魔にする
戦争を この地上からなくさないかぎり
地上は 天国になりえない……