愛するココロ 作者 大隅 充
Epilogue
その夏は、雨つづきで冷夏かと思われたが8月になると俄然太陽
が主役に踊り出て、アイスクリームやビールが飛ぶように売れた。
由比ガ浜の海水浴場は、よくこれだけ人がいるもんだと呆れる
ぐらい家族連れでごった返していた。
さっきから今年小学生になった娘が女房と砂の山をつくって遊んでいる。
真っ黒に日焼けして髪をアップに結わえて貰ってユニクロで買った
ビキニの子供用のピンクの水着がよく似合って、親ばかだが娘が
結婚すると言い出したら、タダじゃ置かないと村上実男はパラソル
の下でかき氷の溶けた温いジュースを飲みながら思っていた。
「刑事さん。」
白いレースの日傘を差した老人が通りかかって声をかけた。
村上は、久々の非番で家族サービスしているのに自分を知っている
者がこんなハレの場所でいたことに職業的に身構えた。
「村上刑事ー。村上さん。」
逆光なので右手で庇をつくって見上げると村上は、一瞬間があって
すぐに思い出した。
「ああ。社長さんー。」
社長さんは何才なのかさっぱりわからない。金色に染めた髪は、
坊主に近く耳にはピアスがしてあり、長袖のYシャツにジーンズ
姿がイタについている。
「今日は、やさしいパパですか。」
「いやあ、たまにはね。」
「何ですか。今日は。水着の可愛い子でもスカウトですか。」
「いや、ラジオのナマ中継でライブをやるんです。うちの新人
が出るんでね・・・」
「また美少年ですか。」
「いや、会社の歌部門じゃないよ。お笑い部門なんです。でも
なかなかスジはいいですよ」
「ほう。アイドル大手のプロダクションが」
「何でもやらないと生き残れないですから。よかったら見て
ってください。」
「いや、最近のお笑い、意味がわからなくてついていけないんです」
「今度の子は、正統派なんですょ。二ヶ月前まで家出坊主でオタク
の近くの四ツ谷署に保護されていたんですけどね・・」
「へえー。親は?」
「すぐに見つかりまして京都から出てきたばかりの母親と二人で
うちの寮に来てもらいました。面白いやつですよ。可笑しくて
笑い転げますよ。」
「でもやっぱり昔のエノケンぐらい面白くなくちゃね。」
「ほお、村上さん。エノケン知ってる?」
「お猿のおまわりとかね・・・」
「どうしてそれ、知ってるんですか。」
ピアスの老社長は、ピタっと視線が止まった。
「春に西のエノケンがロボットになって、マリーとかいう昔の
恋人と再会したって変な話にちょこっと関わってしまって・・
教えてもらったんですよ。お猿のおまわりの芸も。」
老社長は、ガクっと焼けつく砂浜に膝まづいて、村上の手を握った。
「本当ですか。それ。」
「九州のカトキチ先生から全部聞きました。そのエノケンにも
マリーさんにも会ってはいないんですがね。」
「よかったぁー。マリーさん。うまく逃げられたんだ。
よかったあ・・・」
「ご存知なんですか。社長。」
「いや、マリーさんをヤクザから逃がしてやったんです。わたし」
「・・・・社長、もしかして新宿マルヌ?」
「はい。画家の方は諦めて、芸能でビルまで建てしまいました。」
マルヌの握った手に村上の汗がしたたり落ちていた。
「パパー。パパー。」
娘が村上の手をマルヌの手から必死でもぎ取ろうと引っ張った。
大きなドラムの伴奏が浜辺に響いた。
「じゃ、ショーがはじまるので又後ほど。」
と背中のやや曲がった新宿マルヌが立ち上がって、特設ステージ
の方へ歩き出した。
ステージでは、MCのマエフリの後、小学生の警官の扮装を
した少年がでてきた。
そして一言しゃべる度に猿の動きをして海水浴客の笑いの
ツカミをさらった。
最前列のオーディション・エントリーメンバーの控えの席に
トオルと由香がいた。
「ちぇっ。子供ってだけでレギュラーかよ。」
「でも面白いよ。」
「おまけにオレのネタとカブッてるし・・」
「ちょっと待って、あれ?そうじゃない?あの子、学くんよ。」
「マナブ?」
「あの京都で会った、野球少年。」
トオルは、目をこすった。
「本当だ。学だ。」
学は、見事にスキを見せずに機関銃のように次から次とシチュ
エーション・コメディーを繰り広げた。
笑いながら見ている水着姿の観客たちのどのココロの中にも
いま明るい太陽がカッとシアワセのしたたりとなって降り注いでいた。
もちろん、トオルと由香のココロにも。
完。
※愚作ながら、長い間ご愛読ありがとうございました。
皆さんの日々の暮らしに愛するココロが溢れることを望みます。
Jue Ohsumi
来週一周おいて新しい金曜連載がはじまります。
Epilogue
その夏は、雨つづきで冷夏かと思われたが8月になると俄然太陽
が主役に踊り出て、アイスクリームやビールが飛ぶように売れた。
由比ガ浜の海水浴場は、よくこれだけ人がいるもんだと呆れる
ぐらい家族連れでごった返していた。
さっきから今年小学生になった娘が女房と砂の山をつくって遊んでいる。
真っ黒に日焼けして髪をアップに結わえて貰ってユニクロで買った
ビキニの子供用のピンクの水着がよく似合って、親ばかだが娘が
結婚すると言い出したら、タダじゃ置かないと村上実男はパラソル
の下でかき氷の溶けた温いジュースを飲みながら思っていた。
「刑事さん。」
白いレースの日傘を差した老人が通りかかって声をかけた。
村上は、久々の非番で家族サービスしているのに自分を知っている
者がこんなハレの場所でいたことに職業的に身構えた。
「村上刑事ー。村上さん。」
逆光なので右手で庇をつくって見上げると村上は、一瞬間があって
すぐに思い出した。
「ああ。社長さんー。」
社長さんは何才なのかさっぱりわからない。金色に染めた髪は、
坊主に近く耳にはピアスがしてあり、長袖のYシャツにジーンズ
姿がイタについている。
「今日は、やさしいパパですか。」
「いやあ、たまにはね。」
「何ですか。今日は。水着の可愛い子でもスカウトですか。」
「いや、ラジオのナマ中継でライブをやるんです。うちの新人
が出るんでね・・・」
「また美少年ですか。」
「いや、会社の歌部門じゃないよ。お笑い部門なんです。でも
なかなかスジはいいですよ」
「ほう。アイドル大手のプロダクションが」
「何でもやらないと生き残れないですから。よかったら見て
ってください。」
「いや、最近のお笑い、意味がわからなくてついていけないんです」
「今度の子は、正統派なんですょ。二ヶ月前まで家出坊主でオタク
の近くの四ツ谷署に保護されていたんですけどね・・」
「へえー。親は?」
「すぐに見つかりまして京都から出てきたばかりの母親と二人で
うちの寮に来てもらいました。面白いやつですよ。可笑しくて
笑い転げますよ。」
「でもやっぱり昔のエノケンぐらい面白くなくちゃね。」
「ほお、村上さん。エノケン知ってる?」
「お猿のおまわりとかね・・・」
「どうしてそれ、知ってるんですか。」
ピアスの老社長は、ピタっと視線が止まった。
「春に西のエノケンがロボットになって、マリーとかいう昔の
恋人と再会したって変な話にちょこっと関わってしまって・・
教えてもらったんですよ。お猿のおまわりの芸も。」
老社長は、ガクっと焼けつく砂浜に膝まづいて、村上の手を握った。
「本当ですか。それ。」
「九州のカトキチ先生から全部聞きました。そのエノケンにも
マリーさんにも会ってはいないんですがね。」
「よかったぁー。マリーさん。うまく逃げられたんだ。
よかったあ・・・」
「ご存知なんですか。社長。」
「いや、マリーさんをヤクザから逃がしてやったんです。わたし」
「・・・・社長、もしかして新宿マルヌ?」
「はい。画家の方は諦めて、芸能でビルまで建てしまいました。」
マルヌの握った手に村上の汗がしたたり落ちていた。
「パパー。パパー。」
娘が村上の手をマルヌの手から必死でもぎ取ろうと引っ張った。
大きなドラムの伴奏が浜辺に響いた。
「じゃ、ショーがはじまるので又後ほど。」
と背中のやや曲がった新宿マルヌが立ち上がって、特設ステージ
の方へ歩き出した。
ステージでは、MCのマエフリの後、小学生の警官の扮装を
した少年がでてきた。
そして一言しゃべる度に猿の動きをして海水浴客の笑いの
ツカミをさらった。
最前列のオーディション・エントリーメンバーの控えの席に
トオルと由香がいた。
「ちぇっ。子供ってだけでレギュラーかよ。」
「でも面白いよ。」
「おまけにオレのネタとカブッてるし・・」
「ちょっと待って、あれ?そうじゃない?あの子、学くんよ。」
「マナブ?」
「あの京都で会った、野球少年。」
トオルは、目をこすった。
「本当だ。学だ。」
学は、見事にスキを見せずに機関銃のように次から次とシチュ
エーション・コメディーを繰り広げた。
笑いながら見ている水着姿の観客たちのどのココロの中にも
いま明るい太陽がカッとシアワセのしたたりとなって降り注いでいた。
もちろん、トオルと由香のココロにも。
完。
※愚作ながら、長い間ご愛読ありがとうございました。
皆さんの日々の暮らしに愛するココロが溢れることを望みます。
Jue Ohsumi
来週一周おいて新しい金曜連載がはじまります。