カジュアル・アミーガ         本ブログの動画、写真及び文章の無断転載と使用を禁じます。

ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロー24-

2007年08月31日 | 投稿連載
愛するココロ  作者 大隈 充
   24
墨色の雨雲がところどころ千切れて、風に低く流されていた。
しかし小雨ながら雨は一向に止みそうになかった。
 オレンジの目のエノケン一号は、ワゴン車の車窓越しに
その流れる雲を見つめていた。
アノチギレグモハ、ドコヘ ユクノカ?
オレハ、ドコカラキテ、ドコヘユコウトシテイタノカ?
 バイオリンの調べは、ココロに染み入る甘美で背骨の中を
射抜かれたような痛みと快楽を伴う音色で青年エノケンの耳と
胸を襲ってきた。青年は、京都駅で降りると紙に書かれた地図
の通り五条オデオン座にまっすぐに向かってやって来たのだった。
そして廊下から観音開きのドアを開けて暗闇の活動写真館へ
入ったところだった。
スクリーンでは、チャップリンのキッドが観客の笑いをとっていた。
弁士の軽やかな語りの後をセンチメンタルなバイオリンの
独奏が鳴り響いていた。
それは、密林の奥に夜露に濡れて咲くユリの花から聞こえてきた。
いや、よく見ると舞台袖で弓を弾いているのは、白いドレス姿
の光り輝く女だった。
カアチャン!
エノケンが母に会うのは、十歳のときに福岡で別れてから
ちょうど十年ぶりだった。
榎本ハナ。その色の白さからカルピスと楽団仲間から呼ばれていた。
「どうして京都なんか来たの?」
「大河内伝次郎みたいな活動役者になる。」
「かあさん。望まんよ。こんな明日をも知れん世界にのぼせたら
後悔するよ。」
渡月橋の袂の茶店でかき氷を食べながらハナとエノケンは、
テーブルで同時にため息をついた。
「よく言うよ。自分だって父ちゃんだって勝手なことばかり
やってるじゃないか。」
「あんたが学校出て飯塚の写真館に修行に行けたのも、この
バイオリンのお陰で母さん、お金送れたからでしょ。」
「写真なんてつまらん。」
「父さん見てみればわかるでしょ。東京行って弁士やってる
なんて言っても自分の飲み代だけ稼ぐのがやっとで惨めなもんよ。
あんたは、堅気の職人になってもらいたいのよ。」
「もう九州には帰れん。写真館の岡崎叔父さん殴ってきたけん。」
「まあ。あんたったら・・・」
と紅の剥げた唇をとがらせて、エノケンのおでこを人差し指で
突付いたが、諦めと憐憫の色に顔が曇って、長い息を吐いた。
「いっつもそうね。小さいときから変わらん。
嫌だと言い出したら絶対に引かない。」
「だって写真術は、向いてないけん。」
「お父ちゃんによう似とる。そんな融通の利かないところが・・」
ハナは、そう言いながら立ち上がってハンケチでエノケンの汗
の浮いた額を丁寧に拭いてやった。
屈んだハナの胸元から甘い、懐かしい匂いがした。エノケンは、
この母の匂いに引き込まれそうになるのを堪えるのに苦労した。
「母ちゃん。恥ずかしいけん。もう子供やないんやけ・・・」
と乱暴にハナの手を払った。
「何恥ずかしがっとるん。」
ハナはハンケチを仕舞いながら少女のようにクスっと笑った。
そのとき、表から背広の中年男が入ってきた。
「やあ、カルピス。遅そうなって堪忍な。」
背が高く髭剃り後の濃い男だった。
「西村さん。こっち。」
「息子はん?」
西村と呼ばれた男は、窮屈そうに身を屈めて椅子に座った。
エノケンにとっては西村の物腰があまりに柔らかく湿り気を
浴びているのが女性的というよりむしろ男の本能を感じてしまって、
どう対処していいかわからなくなってしまった。
ハナは、見かねて慌てて紹介した。
「建一ですぅ。」
「随分大きな子がいるんだ。姉弟にしか見られんわ。」
エノケンは、反射的に危険なものに犬が耳を立てるように背中
を反らして硬くなった。
「楽団でお世話になっているマネージャーの西村さんよ。
ちゃんと挨拶なさい。」
青年エノケンは、目を逸らしたままペコリと頭を下げた。
「折角だから四条のエビスホールへ食事に行きまへんか。」
「いいわね。ビールっておいしいのよ。」
「どうでっしゃろ。建一くん。」
西村がハナの椅子を引くと腰に手を回してハナが立ち上がるの
を咳払いするみたいに自然に手伝った。
この手がなければまだ飲んだことないエビスビールとやらを
飲みたかった。しかしエノケンには、それができなかった。
「ぼく、この後約束がありますから。」
「いいじゃないの。久しぶりに会ったのよ。」
「でも活動写真の人に会わなくちゃなりませんから。」
「本当に?おごりまっせ。」
「明日。又連絡するけん。」
エノケンは、氷の解けた残り汁を吸うと大股で店から出て行った。
「五条の宿においでよ。きっとよ。」
「ああ。」
と振り返らず手を振った。
入り口の先の川で投網舟が一艘、流れていた。
ハナは、西村の親指に小指を絡めていた。
「ごめんなさい。愛想の悪い子で。」
「あの子は、もう大人や。」
カアチャン、アレカラキョウトデハ、ニドトアワナカッタ。
 エノケン一号は、窓を開けて雨に打たれていた。
目の電源は消えて暗いままだった。
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西荻Waterblue Cafe~シーちゃんのおやつ手帖11

2007年08月31日 | 味わい探訪
夏休みが終わり、エルちゃんが武者修行のため世界へ旅立ちました。
シーちゃんが影のない絵に磨きをかけて連載します。
今回は、文士とまんがとミュージシャンの町のお菓子です。
WaterBlue Cafeのホームぺージへどうぞ。
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虐待

2007年08月30日 | 写真コラム
一昨日公園でいやなものを見ました。
一組の母子が前を歩いていて
3才ぐらいの男の子は、幼児自動車に乗って
足で漕いでいて、30代の母親がその後ろから
子供の赤い車を蹴りながら歩いていました。
突然何かを叫んだと思ったら母親が思いきり
子供の車を蹴り上げた。
男の子は、後頭部からひっくり返って車ごと
道に倒れてワンワン泣き出した。
大丈夫?
とすくい起こそうといくと
大丈夫ですから。と母親は、表情ない眼鏡の目でぽつり。
そんなわけないだろう! 子供の足だって傷だらけじゃないか!
言いそうになったがやめて睨めつけたけど母親、無表情。
男の子は、泣きながら自分でまた車を漕ぎだしました。
すぐにもしっかりとこの子を抱きしめてやりたい。
でもあまり構うと家に帰って、激しい折檻をしそうでやめました。
子供は、小さいときの虐待や不信で育つと大人になって
同じことをするそうです。心の傷は、決して消えない。
犯罪者の予備軍にもなりかねない。
新聞やニュースでよく聞く幼児虐待を目の当たりにしたのは、ショック!
なんでこんなふうになるのだろう。
こんなことがちゃんとできないでいくら豊かな社会になってもしかたない。
いつでも逃げて来い。しっかり抱いてやるよ。坊や。
母子は、また歩きだして行ってしまった。遠くで「このやろう!」と
叫ぶ女の声が聞こえてきました。
こんなこと現実に目の当たりにするとどうしていいのかわからない。
あれからずっとあの子の涙の溜まった目が忘れられない。
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皆既月食がカミナリで

2007年08月29日 | めんちゃん日記
ぽっぽ通信のハト爺さんによると
6年半ぶりの月食で赤い月が見られる。
って意味わからないけれど
楽しみにしていたら、
みるみる曇って雨が降り出し
おまけに
ピカピカとカミナリが鳴り出したよ。
ぼくは、カミナリが大嫌い。
ぶるぶる震えて部屋の隅に縮こまったよ。
窓の外はまさに嵐。
カッパ姉ちゃんがタマゴ抱っこしてくれた。
でもピカピカ・ドンドンは凄まじく、
まるで怪奇映画みたいだとカメラおじさん。
笑ってる場合じゃないよ。
これじゃ、皆既月食どころか、怪奇げっしょり!
って言ってる場合か・・・
ふぅっ。疲れたよ。
皆既月食について
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男気カット・ナナハンversion

2007年08月28日 | めんちゃん日記
ついに逃げ切れず
捕まってしまったよ。
そしてハサミでパチパチ。
今年も散髪めんちゃんになりました。
去年きれいに刈られて
散歩にいくと誰からもチワワとは見られず
シバのこどもですか、って間違われたので
今回は、耳の黒毛だけ残されたよ。
よくみるとトラ刈りのような気がするんだけれど・・
一年かけてフサフサの優雅な百獣の王のような首毛が
稲刈りみたいに年に一度刈られて
仕方ないのでこのまま冬までいきます。
どうかよろしく。
どこかで会っても決して何犬?って聞かないでください。
男気カット! 07年の半年過ぎたスタイル。
ナナハン・バージョン! 散髪めんちゃん!
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悲しすぎ橋

2007年08月27日 | 写真コラム
夏の風物詩。
屋形船。
江戸の花火を見ながらの芸者と繰り出す旦那衆の船遊びは
今でも観光遊覧船となり、水面を走る宴の出会いと別れの場。
夜は、あれだけ賑やかなのに
昼間運河に係留されている姿は、なんとなく
間の抜けたもの悲しさがあります。
日常と非日常。
ここは、浜松町・金杉橋。
夏が終わりに近づき、ひぐらしの声。
人は、悲しすぎ橋とよむ。
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八景島の夢・ドルフィンめんちゃん

2007年08月26日 | めんちゃん日記
夏休みもいよいよ終わり。
どこ吹く風も熱く、熱帯夜。
夜中、カッパ姉ちゃんがうなされたように
寝言を言ったのでぼく、目が覚めたよ。
めんちゃん! そこ、飛んで! もっと高くー
水面をしっぽで蹴るのよ!
会場の拍手に答えてー、ご褒美はいわし!
???????

どうもこの前観音崎旅行に行ったときの水族館の夢を見てるみたい。
ぼくは、いわしは食べません。
それにイルカのようにジャンプできません。
できるのは、アイキョウ振りまきだけです。
暑いと涼しかったときの夢をみるものかなあ・・・
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石油を売りに来ました。

2007年08月25日 | めんちゃん日記
ぽっぽ通信のハト爺さんが北極の氷が
温暖化の予想より30年早く溶けて異常気象だって
教えてくれたよ。
 ぼくは、オンダンカが何なのか、わからないけれど
いつまでも暑いことでつらいことはわかるよ。
だから昼間は、できるだけ涼しいところを見つけて
動かないんだ。
そしたらカッパ姉ちゃんったら、
めんちゃん。暑いよね。ってタオルを掛けてくれたんだ。
なんだか余計に暑いんだけど・・・
アラブの商人みたいだってカメラおじさんが笑ったよ。
石油、値上がりしてる、日本人、でも買える、まだまだ高くなる、今買いどき。。。
だから変なことするなって言ったのに。ろくなこと言われないんだから。
ああーあ。ぼくとしては、北極のオットセイくんって可愛く言ってほしかったよ。
せめて。
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愛するココロー23-

2007年08月24日 | 投稿連載
愛するココロ  作者 大隈 充
       23
 メジャーリーグ選抜監督のジョー・デマジオがニューヨーク・ジャイアンツ
の選手たちと一緒に羽田空港のタラップを降りて、記者会見をした。
今回の日米親善野球の試合を楽しみにしている。日本の巨人の選手たちと
早く試合がしたいというニュース解説が21インチのモノクロのブラウン管
の中で流れた。
それは、映画館ではなく始まったばかりのテレビという新しいメディアの
昼のニュース映像だった。昭和28年8月日本テレビが開局。
電気店や駅などで街頭テレビを展開して10月に日米親善野球が
後楽園で行われるのを中継することになっていた。
 その街頭テレビを見つめる人々で駅前広場は、埋め尽くされていた。
都電の路面電車がカーブで急ブレーキをかけた。
鉄輪とレールの狭間から火花が散った。
新橋駅前広場から溢れ出た街頭テレビの見物人の群れが血のメーデー
広場みたいに路面を埋め尽くして電車の行く手を遮っていたのだった。
「熱ちいっ。アブねえな。ひき殺す気か」
颯爽とネクタイ姿のエノケンが電車の運転台に怒鳴った。
「バカ野郎!テレビかなんか知らんが、線路の上に乗るんじゃない。
どけっ!どけ!」
ちんちんちんちんちちんーーー
警笛を思い切り鳴らした。
ビリヤードのナインボールが撞球台のフェルトの床を一気に弾ける
ように都電の先頭から人がパラパラと散っていった。
「ふざけるな。危ないだろっー」
エノケンが黒々とした前髪を振り乱して運転台の窓に飛び乗って
痩せた車掌に殴りかかろうとした。
「てめいっ。許さねえ・・・・」
と、叫んだエノケンが声を詰らせて仰け反ってあっという間に
石畳のレール道へ引き落とされた。山高帽に黒マントの初老の男が
ステッキの鉤先でエノケンの襟を引っ掛けて払い落としたのだった。
「何だって人の襟首掴みあがって・・・」
と振り返ったエノケンは、フィラメント芯の切れた電球の光を失う姿
をそのままに起き上がって絶句した。
「いつまでもガキみていな真似してんじゃねえ。」
「ダイショウカンの旦那!」
エノケンは、頭を掻きながらペコンと足を正してお辞儀をした。
大蔵松次郎。七十歳。全国に大勝館という百館の映画館を経営する
大蔵興行の社主。エノケンが流れて三十歳で京都から上京したときには、
松次郎がかつて無声映画の弁士をやっていた関係で新宿のムーラン・
ルージュ劇場の座員へ紹介してくれた。頭の上がらない恩人だった。
「こんなとこじゃ、牛すじたって犬の肉だったりする。新橋芸者って
わけにもいかねえ。
目黒に来るか。福島のいい酒呑ましてやら。」
そして二人は、目黒の大蔵松次郎の壮大な屋敷にハイヤーで乗り付けた。
応接間の真ん中に巨大な甕(カメ)が置いてあり、昼興行の売上金を都内の
各所の映画館の支配人が袋に詰めて持ってきたものを甕の中へひとつ
づつ入れていく。それを親指にゴム輪ッかを嵌めた会計係がテーブル
の上で売上金を確認済みなものから伝票に印鑑を押して各支配人に手渡して、
ご苦労様です、と乾いた口調で応対していた。
「わしゃ、銀行なんて危ないものを信用しねえでやんす。こうして甕に
オアシは入れて蔵にしまうのが一番確か。」
「こんなゲンナマ見たことない。」
「鹿鳴館だって建たあな。まあ、目に毒だから座敷に行こう。」
「へい。」
廊下を抜けて、一度中庭に出て木戸を開けると離れの母屋があり、
渡り廊下をぐるりと回ると眼下に目黒川を見下ろす書院造りの座敷に出た。
「ムーランやめて今どうしている?」
座敷のテーブルに酒の膳が女中によって運ばれてきたのと同時に
ダイショウカンの旦那が切り出した。
「ちっとも最近おめえの噂を聞かねえが・・」
エノケンは、旦那へお銚子の酌をしながら口をへの字に曲げて黙った。
「ムーランの連中は、森繁も由利徹もみんな映画や今度のテレビとやら
にめしの種を拾って忙しそうやな。もう映画には、出ねえのか。相変わらず・」
「はい。」
「頑固なのは、親父ゆずりか。」
「親父は、自分知らないですから。俺がものゴコロついた頃から会わず終いで。」
「いい弁士だったよ。高音よく男と女の切り替えが巧かった。
ただ頑固でよく小屋がハネて楽団と調子が違うだの、タイミングが
遅れただの言ってケンカしてたよ。榎本渡月。結核でなきゃトーキー
になっても生き残れたのに惜しいことした。」
「わがままな人ですけん。お袋苦労させて。」
「うーん。そんな楽団のバイオリン弾きだったハナさんに似れば、
お前も喜劇じゃなく二枚目の役者になっとったかもしれねえなあ。」
「・・・・・」
「映画の楽奏にしとくには、勿体ねえぐれい美人だったよな・・・
ハナさんは、どうしてるな?」
エノケンは、お猪口の酒を静かに飲み干して
「亡くなりました。」
「そうか・・・」
「大戦の前になります・・・・・」
「そうか、ハナさん、亡くなったか・・」
「九州から京都の大河内先生のとこに行くまでだって一人で育ちました
から、何時だって一人に慣れっこになってます。さびしくないんです。」
「・・・・・・」
ダイショウカンの旦那は、手酌で盃を音をたてて飲み干した。
「今度よ。久々に無声映画を大井町でやるんだ。昔の弁士たちに集まって
もらって。おめいの出た『生ける刃』も入ってる。見に来なよ。」
「『生ける刃』あったんですか。」
「ああ。信州の小屋にあったそうだ。」
「行きましょう。ツレを連れて。」
「ふん。女かー」
エノケンは、盃を空けて目線を外した。
ダイショウカンの旦那は、手を叩いて酒の追加をさせた。
 雨が小降りになった。
ワゴン車の中でエノケン一号は、目玉の色をブルーからゆっくりと
鮮やかなオレンジ色に変化させていた。
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福砂屋~エルちゃんシーちゃんのおやつ手帖10

2007年08月24日 | 味わい探訪
カステラ=長崎。でも地元の人は、福砂屋のザラメつきの方が評価高い。
カステラを作っている動画が見られます。→福砂屋ホームページ。
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40年前の遺体、ヒマラヤで発見。

2007年08月23日 | めんちゃん日記
(ぽっぽ通信便り)
 21日ヒマラヤ山脈で発見された40年前の遺体が遺族のもとへ
戻る。マヘーン・ドラナート・プカンと後2名(公表せず)の元
インド軍人。1968年ヒマラヤの5300メートル付近の山脈の
雪の中で軍の航空機が墜落。102名の乗客があった。
当時1名の遺体は収容できたが、そのままになっていた。
今回偶然に3名の冷凍された完全な遺体が損傷もなく発見され、
40年たってやっと家に帰ることができた。

 お盆を過ぎてはいるが、なんともタイムリーな話題。
後の98名がまだ霊峰ヒマラヤの雪の中で生のまま眠って
いる。この話を聞いて1984年2月12日マッキンレー山で遭難した
植村直己さんを思い出した。
ああ、せっかく43才の誕生日に登頂に成功して下山する途中
だったのにと思ったときのままどこかの雪の中で眠っている。
科学と医学が進歩して冷凍人間の解凍ができれば
植村さんが20数年前の年齢で生き返って
「いや、あのときは、失敗したよ。」
ってあの人なつっこい笑顔で頭をかくかもしれない。 
情報源:ロイター国際ニュース
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案山子

2007年08月22日 | めんちゃん日記
いつもの散歩道の途中、
アイガモさんの畑の壁に
変なひとがずらりと並んで
にらんでいるよ。
ぼくは、急に出てきたそいつに
びっくりしていつまでも吠えたら、
カッパ姉ちゃんに抱き上げられ
「めんちゃん、これはカカシっていうの。
 鳥から稲を守る人形よ。」
うーん、確かに動かなかった。
近づいてよく見ると変な格好の人形だ。
でもなんでにんげんは、こんな間抜けな顔の人形
をつくるんだろう。
カラスやスズメもたぶん笑って上空を飛んでいたよ。
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待つ

2007年08月21日 | 写真コラム
朝6時30分。
多摩川。
2002年7月。
もう5年も前。
何時からいるのだろう。
一目会いたい一心でひたすら待っていたら
眠ってしまった。
この一時間後河原は人で溢れた。
待っていたものは、アザラシのタマちゃんだった。
(カメラおじさんの新婚生活に初めてきたお客さんでした)
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緑のあいつは、インコ。

2007年08月20日 | めんちゃん日記
ちょくちょくベランダで
みどりの鳥を見るよ。
しかも群れで飛んでいて
変な声で鳴くんだ。
あつい・あつい・気持ちいい・暮らしやすい・・・
なんてぼくには、聞こえるよ。
カメラおじさんは、ああ。インコだ。って
名前を教えてくれた。
そうか、インコかあ。

もともと南のジャングルに住んでいたってさ。
よくよく考えると、ぼくも元は、南の国にいたんだ。
同じ渡来者かあ?
すっかり日本生まれで
ぼく、日本大好き。ここ、大好き!
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こっちは、ムック爺さんの家で待つ

2007年08月19日 | めんちゃん日記
カッパ姉ちゃんたちが三浦半島に
一泊旅行に行っている間
ぼくは、おじいちゃんの家にイソウロウしたよ。
久々にムック爺さんに会ったんだ。


ムックちゃん、すっかり毛が禿げていたけれど
追い駆けっこして遊んだよ。
ただぼくがあんまりうれしくて激しくかかるので
おじいちゃんから引き離されて散歩に行かされたよ。
ここは、横浜、ひとの家。朝は早くて7時に散歩に
連れて行かれて眠かったよ。
でも眠くても行くしかないんだ。
おばあさんが言っていたけど
入っては、Goに従えって!
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