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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-48-

2008年02月15日 | 投稿連載
     愛するココロ 作者 大隅 充
           48
すっかり年老いたマリーは、スチールの裏にラバーを張った
エノケンの掌をしっかりと握った。
「お帰りなさい。エノケンさん。」
濡れた瞳に春のうららかな水辺の照り返しのような笑みを
たたえて伏見京子は、力強く云うと立ち上がって迎えた。
「マリー、マリー、マリー・・・・」
スポットライトのオレンジの灯りの中でロボットのエノケン
は、いつもの機械的な人造音からだんだんマリーという名前
を繰り返す度に人間エノケンの声に近くなってきた。
マリーは、中央通路までエノケンロボットと両手を取り
合って、まるでダンスでもするようにくるりくるりと
回りながら出てきた。
そのエノケン一号の動きがあの「猿のお巡りさん」の
おどけた動きとそっくりだった。
「マリー、マリー、マリー、マリー・・・」
エノケン一号の口からバイオリンの甘美な調べが流れてきた。
座席で唖然として見つめていたカトキチとトオルは、いつの
間にか椅子に座ったままの体と足でリズムをとっている。
陶酔したように踊っている京子さんの姿を見て、胸が詰った
由香は、なんだか苦しいような気持ちいいような幸せな
潤いに満ちたお湯にどっぷりと浸かっている気分になった。
映写室の小窓から覗いていたゲンちゃんは、すぐに
半世紀前に戻った。
「マリーさん!・・・マリーさんが生きていた・・・・」
ぶるっと我に還って、本当かよ、と頬を自分で叩いた。
 人の気持ちや思いというものがどれだけ時間の流れの中
でも決して消えないものか、その思いが強ければ強いほど
、どこかで必ず出てくる。虫ケラのようにあっけなく
潰れた命の営みもけっして無駄なことは、ない。
どこか何世紀も隔てて天秤の分銅のように悲なる重みも
喜なるもう一つの重みとしてバランスがとれるものである。
 エノケンのココロの思いは、マリーの生存として
はっきりとした善の分銅となって現れてきた。

「あのとき、私を救ってくれた人がいたの。
瀕死の状態でドラム缶に詰められた私をコンクリートを
流し込む前に救ってくれたのは、何を隠そう、オカマ
の画家さんだった。」
「新宿マルヌ。」
「そう。マルヌさん。」
「どうやって・・・」
若松の洞海湾にかかる若戸大橋にトオルが運転する
ワゴン車でさしかかっていた。その後部座席にマリー
こと老婦人の京子さんと映写技師のゲンちゃんが荷台
のエノケン一号を触りながら、大事なカギを砂漠から
掘り当てるように過ぎ去った記憶を堀り起こしていた。
エノケン一号は、白髪を窓からの風に靡かせたマリー
の言葉を探るように聴いていた。
「マルヌさんは、組長の愛人だったの、私が歌舞伎町
の組の不動産ビルの地下駐車場でコンクリを流し込まれ
ようとしたとき、ちょうど組長と現場に降りて来た
ところだったの。マルヌさん、いや画家さんは機転を
利かせて火災警報器を鳴らして、みんなが一端外へ
逃げた隙に私をコンクリの中から救い出してポンプ室
へ逃がしてくれたの。」
「警報が納まってどうしたん?組の連中。」
「鳴り止んで誤報かとみんなが戻ってきたときドラム缶
の中からコンクリが溢れていたので慌てて蓋をしたのよ。」
ワゴン車は、橋に上る入口で一端停止した。
エノケン一号が、目の前の朱塗りの大橋を見上げて聞いた。
「ドウシテ、アケボノチョウのアパートニ、
カエッテコナカッタノ?」
「傷が酷くて一週間横浜の病院にいて、出てきたとき
もしここで私がウロチョロ東京でして組の連中に見つ
かったら、画家さんもアブないと思って、どうしようか
迷っているときエノケンさんがマサを刺していなくなった
と聞いたのでもうわたしは違う人生を歩もうと九州行き
の夜行に乗ったの。」
「そうか。そうだったのか・・」
エノケン一号は、ピアノを奏でた。
「ねえ、わたし、渡し船に乗りたい。」
京子は、子供のようなオネダリする声で懇願した。
「私もぉ。」
助手席にいた由香もうれしそうに同意した。
「だって大学の新入生歓迎ハイク以来乗ったことないもん」
トオルは、エンジンを切って、ゲンさんの意向を確認して
再びエンジンをかけると渡し場へ車をUターンして、
駐車場に入れた。
そして由香とトオルと京子とゲンちゃんとエノケン一号
とで若松行きの定期連絡船に乗った。
そして、思わぬことが起こった。いや、事故といえば事故
だし、最後の最高のパフォーマンスと言えばそうとも言える。
それは、取りも直さずエノケンらしい幕切れでもあった。
 由香とトオルが付き添いで若松の京子さんの家にエノケン
一号とゲンちゃんと洞海湾の渡し船に乗って行く途中
なんだかみんな奇妙な興奮状態ではしゃいでいた。
「生ける刃」のフィルムと持ち主の老婦人を無事に家
まで届けるのが、このミッションだったがどちらかといえば
ゲンちゃんと京子さん、エノケンの同窓会の様相を呈していた。
 エノケン一号がピアノで「わたしの青空」を演奏しながら
渡し船のデッキの上で人の眼も気にせず踊りだした。
京子さんもゲンちゃんも歌い出した。
そして船が若戸大橋の真下で若松の岸壁に接岸するために
舳先を方向転換したそのとき、デッキの最後尾にいたエノケン
一号が踊っている弾みでドポンと海の中へ落ちた。
みんなあっという間の出来事で濁った海水の中へ泡を立てて
沈んでいくのをただ眺めるしかなかった。
 数日後、海上警察と港湾協会の協力でカトキチは、ロボット
のエノケンを引き上げることには成功したが、完全に水没
したためにせっかく人間のように成長してきていたエノケン
一号の脳や記憶メモリーがきれいに破損して甦らなかった。
手足の動力は、復元できたけど肝心の頭の中は、戻らなかった。
エノケンは、今度こそ本当にこの世から消えた。マリーに
再会して、ゲンちゃんとふざけ合って踊り、トオルや由香と
掛け替えのない思い出をつくって、それからぷっつりこの
世界から消えた。
それは、まるで舞台俳優がアバヨっと云って突然舞台袖に
消えて、お客を置き去りにしてしまう居心地のよくない不親切
な喜劇みたいだった。
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思わぬ涙にびっくり

2008年02月15日 | 街角探検
超地元ネタですが、
桜新町の駅に近いメインストリートに
面した古い本屋さんに昨日入ったんです。
小さいけどここは、他の本屋さんにない
雑誌とか単行本が置いていて
品揃えがなかなか侮れないとこでした。
女のお客が入ってきて
来月号の雑誌を注文しようとしたら、
店主の初老のおじさんが、
20日でもうこの店閉めるんですよ。
すいません。もう潮時かなと思いまして・・・
とぽつり。
そしたらそのお客が驚いて泣き出しちゃった。
おじさんもシンみりして、
しばし沈黙。
***********
おそらくその女の人が子供の頃からあって
小学1年生とかマーガレットとか発売日には
100円玉握りしめて、おじさん! ちょうだい。
と買いに来た思い出がよみがえって来たのかもしれません。
町も人も変わり、思い出だけが残るんですね。
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