月光院璋子の映画日記

気ままな映画備忘録日記です。

「レッスン」(原題「Take The Lead」)・・・後編

2008年11月07日 | ★ご挨拶&その他
この繊細で緊張感あふれ、かつハートフルな映画の
感想の後編です。


(指導するということは、ある一瞬に自分の人生の全てをそこに賭けるという局面も生まれるのです・・・・)
 
バンデラスは『スパイキッズ』でパパ役を体験してから、落ち着いた雰囲気をコントロールできて一回り大きく見えます。
本作では、最初から最後まで礼節を失わない紳士でしたので、これまでのバンデラス映画とはかなり印象を抱かれるのではないでしょうか。
けれど、この静かなバンデラス=ピエール紳士も、


(先生の敵は先生だったりするから始末が悪い教育界・・・)

戦うべきものとはきっちり戦う。


そして果たすべき責任が問われる場では、その責任をしっかり果たす。先生ですから、保護者に説明を求められれば、信念だけではなく誠意をもって説明し、かつ説得もする。やがて生徒たちが毎日ダンスの基本のレッスンを受けるようになった頃、生徒たちの様子が少しずつ変化してきます。


(誰にも関心を持たず心を閉ざしていた生徒が他のクラスメートの事に目配りをするようになっていく・・・)


(クラスメートの悩みに耳を傾けるようになった生徒も・・・)

「内の子の様子がいつもと違う」「勉強もしないで異性と抱き合っているらしい」「どんな指導をしているのか」といった親たちから不安と抗議が学校に殺到するようになったときの場面ですが、校長も彼がどう説明をするのか緊張しながら見つめています。
そのとき、ダンスというものを考えてもらいために、
ピエールは、校長の手を取り、保護者たちの前でダンスについて語り始めるのですが、あくまで誠実な紳士です。

ここでのピエールの信念に裏打ちされた思いは、傾聴に値します。
素晴らしかったですね・・・


(親たちに求められた説明には誠実にきっちり答えていくピエールの姿勢は、子供を預かる教師の責任として当然のものとはいえ、それ以上に大人として生徒たちに伝えたいことを持った人間同士として、とても大事な場面だと思いました)

保護者たちの理解を得るときの場面は、さすがドラマで唸らせるアメリカ映画のよさが全開しています。
こうして保護者たちからの信頼も得ることになった新米の高校教師のピエールでしたが、さらに生徒たちに「次なる展開」を用意します。踊るなら、競技大会への出場を目指そうと。

その提案に息を呑みながらもその提案を受け入れたとき、
生徒たちの胸にともったのは、
≪目標を持つこと≫ことで見えてくる光・・・・

その目標実現のために、
先生についていこうとしている彼らの姿は、
見かけがどうであろうと、まさに≪生徒≫であり、
彼らはそこで初めて≪生徒≫になったのです。

生徒・・・・師と認めた相手を信頼しその指導を受けるときの充実感、そこで生まれてくる自主性や自発性、お互いを認め合い良い意味での競争で自らを励まし、また相手からも励まされる関係・・・
恋や友情といったテーマではなく、そういったものを越えて、あるいは、そういった関係性を築く土台として、人が人として相手を信頼し信頼される関係というのは、改めて素晴らしいことなんだと感じさせられますが、そうはいっても、そう簡単に期待通りにコトは進まない生徒もいる。

そんな生徒が気になるピエール。



(言葉が見つからず、ただただ気遣い見守る先生・・・)

自分を見ている人間がいる。
自分を気遣っている人間がいる・・・・

アル中ですぐ暴力を振るい働こうとしない父親とそんな夫に精魂尽き果てたのか家事一切を放棄してお酒を飲みながらテレビばかり眺めて無表情のままの母親、毎日アルバイトで日銭を自分で稼がなければ誰も養ってくれない少年・・・
将来など見えない鬱屈した心を抱えている彼の心に、
ピエールの存在は何かを生んでいきます。


(言葉を交わすことなくても、心が波立っても何かが生まれ始めた少年・・・次第に悪い仲間たちとの付き合いにも応じなくなっていきます)

たった一人でも、そこに自分を気にかけてくれて自分の事を見守っていてくれる人間がいるとき、私たちはそういう関係性を信じることが出来たなら、本当の意味で大人になれる。
少年も少女も自立の道を進んでいける。
前を向いて自分を信じてやっていける。

相手を思いやるということを少しづつ学んでいく生徒たちは、
こうして自分でやりたいこと、やるべきことを見つけていくんですね。大きな大きな成長です。



それぞれが踊るパートナーを決めてレッスンに励んでいく様子は、見ていて心躍るものがあり、観ているうちにきっと同じ気持ちになっていくのではないしょうか。ここまでかなり抑制した演出をしてきた監督リズ・フリードランダーも、ここで小躍りしたのではないかと思ったほど。

そんな中でなぜか息の合わない二人の生徒。
エンジンがかからない。なぜ、ダメなのか・・・・



ここでの彼女とピエールとの会話が、ある意味、
この映画のエッセンス。
学校と家事と弟妹たちの世話を一手に引き受け、またそうせざるを得ない家庭環境の中で頑張ってきた少女にとって、ダンスとはいえ、相手にリードされるという思想がどうしても馴染まない。でも、上手になりたい、素晴らしく思うように踊りたい・・・

相手の男性にリードしてもらうという考えに馴染めず抵抗感を覚え葛藤する彼女にピエールは目隠しをします。




ピエールは何を伝えようとしているのか。
繰り返し繰り返し、忍耐強く、
二人のおぼつかないステップのリズムを
傍らから離れることなく取っていくピエール・・・



やがて二人は発見していきます。

ピエールの言うとおり、男性がリードするからといってダンスは男性優位のものではなく、リードされる女性にとっても自分自身が思っていたような自分になっていく一つの道であるということを。
一方が主で一方が従という関係ではないのだということを。
相手を思いやるハートと知性がなければ、
たった一つのステップさえもうまく踏めずダンスは踊れないのだということを二人は悟っていくのです。

いつしか時間を作って自主的にレッスンを重ねる二人・・・・
ゆっくり、ゆっくり、ピエールに指導してもらった教えを確認しながら、二人は感動を覚えていく自分たちに気づいていく。
このシーン、息遣いが聞こえてくる実に繊細でした。

こうして競技大会に向けて、ピエールと生徒たちの心を一つにしていくとき、ピエール自身の心が思いがけない形で解き放たれていきます。妻を亡くして以来心を閉ざしてきたピエール。
それがいま、女性に感謝の眼差しを向けていました・・・



高校の生徒たちへの指導に悩み夢中になっていくピエールを、じっと見つめ続け陰の力となって彼を支えてきた女性の存在に、目が向くようになった自分の心の変化にピエールは気づいていく・・・
生徒と先生という関係の中で、人と人として向き合い心を通わせることができるようになったのは、生徒たちばかりではなくピエールも同じだったのです。

気づきがあってこそ、人って成長するんですね。
だから、幾つになっても人は成長できる。


いよいよダンス競技会の日がやってきます。
校長も盛装して会場に・・・。
このときの彼女のこの表情が、実に素晴らしい。


(このときの校長先生の表情が、本当に素晴らしかったですね。奇跡を見せられたという思い、あの生徒たちが・・・という感動。複雑な思いがさぞや入り混じったのことでしょう。彼女の顔を輝かせたのは、生徒たちの成長する力への畏怖の念だったかもしれません。) 

初めての大舞台に緊張を隠せない生徒たちを引き締まった表情のピエールが堂々とエスコートして会場に入ります。彼は、自分の生徒たちの力を信じて疑わない。



いよいよ、映画もここから大詰めに向かって走り出します。



ここからは、ピエールからレッスンを受けてきた、
生徒たち・・・彼らの独壇場です。



緊張するといつも失敗する場面で、初めて自分の課題を克服する少女と彼女を支えるパートナーの男子生徒。
母親の過干渉と管理、そしてその大きな期待に答えようと頑張ってきた少女が、ここで手にしたものを思うとき、彼女の表情が安堵と自信に輝くシーンは必見ですね。
ここにも巣立ちがありました。

そうしてそれぞれが自分の課題を克服していくとき、
一人、パートナーが現れず取り乱す少女がいました。
それを案じるピエールですが・・・・
彼は何もしてやれないのです。

生徒たちが自分で受け止め、逃げずにそれと向き合い、そして乗り越えていかないといけない局面ですね・・・・




現れないパートナーの男子生徒に最初は不安で涙を見せていた彼女も、いつしか彼の身を案じ、信じて待つようになっていくのですが、ここが痛々しい・・・・

会場に来るはずの彼はどこにいるのか。なぜ会場に現れないのか・・・・
その頃、彼は彼自身の問題を解決するために、
会場から離れた場末の倉庫に。

新たな一歩を踏み出すために避けては通れないことに直面していたのでした。この眼をみてください・・・・
ここにも、けじめと巣立ちがあるのですね。
その結果がどういうものになろうと、
避けては通れないということが青春時代にはあります。いえ、
人生には、そういったことが繰り返し起こるのです。
だから、逃げたら先がない・・・・


この映画、高校生の方達にも、先生方にも、そして中高校生の子供を持つ親たちにも見ていただきたいです。

この繊細な映画をご覧になって、一つでもいい、何かの≪気づき≫を得られたなら、きっと何かが変わっていく・・・・
そう思いました。


 

★本作の感想は、映画の内容に重点を置きたいと思いましたので、あえてキャストの名前はバンデラス以外不問とし、役名も不問にさせていただきました。

 


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