月光院璋子の映画日記

気ままな映画備忘録日記です。

★11月下旬の映画鑑賞 追加分

2008年11月30日 | ■2008年 11月の映画鑑賞

ここのページは、
昨日「11月下旬の映画鑑賞」をアップしてから観た映画や、
観た後でタイトルを失念していた映画を、
順次追加したページです。

●「テヒリーム」(「TEHILIM」)
2007年イスラエル映画 監督ラフィエル・ナジャリ



ブログに別立てでアップする予定です。

●「サイコハウス」(2007年 ラッセル・マルケイ監督)

http://movie.goo.ne.jp/dvd/detail/D112290646.html

 

●「The Package」(邦題「ザ・パッケージ 暴かれた陰謀」)

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD3835/

ブログですでにご紹介していますので、
興味を持たれた方は、そちらをご覧になってください。

●「The Strenger」(邦題「異邦人」)

数年前に亡くなった女友達の今年のバースディには、彼女が好きだったオーソン・ウェルズの映画を観ようと思っていました。本作は別立てでアップしたいと思っています。邦題が「ストレンジャー 異邦人」となっていますが、どうせ日本語にするなら、「よそ者」の方が良かったかもしれません。

以下は、同じ「ストレンジャー」ですが、こちらは複数形。前掲のリメイク版ではありません。

●「The Strangers」


2007年制作、監督は知らない監督。リブ・タイラー主演で、彼女が向き合っているのは、映画『死ぬまでにしたい10のこと』で心優しい夫役を演じた彼ですが、ラブロマンスではありません。念のため。ホラー映画です。フォラー映画を見慣れている人にとっては、イマイチ何だ~と言いたくなるB級ホラーですが、見方を変えると監督の意図が見えてくるような、そんな映画なので、後でブログでアップしたいと思います。


 


「サイコハウス」

2008年11月28日 | ◆サ行&ザ行

これも観よう観ようと思いながらそのままになっていた映画の1本です。ラッセル・マルケイ監督が撮ったということで期待していましたが、内容的にはこれはもう間違いなく『揺りかごを揺らす手』の亜流サスペンスで、両方をご覧になった方が驚愕するかもしれません。ですが、それでも最後まで飽きさせることなく観ることができたのは、ラッセル・マルケイ流の映像の魅力。
そして、主人公のベビーシッターのアビー役の女優に興味を抱いたことと、アビーの精神状態は普通ではないけれど、サイコパスの犯罪と言えるような連続殺人を犯していく背景に、彼女の母親が精神異常患者だったということ以上に、彼女アビーが少女時代に受けた虐待が挿入されていたからだろうと思います。

周囲の誰もが親しみや信頼を寄せていくようなベビーシッターが、誰も見ていないところではヒステリー症状となって表情が一変したり、次の瞬間には殺人を何とも思わずに犯していくところはサイコと言えばサイコなのですが・・・・・、思い込みの異常さは、パラノイアといった方がいいような印象です。
そして「彼の妻の座を手に入れる」という最大の目的があってベビーシッターとして入り込んでくるところ、その理由が明らかにされるのはラストにおいてでしたが、日常生活での家事能力の高さや子供たちの世話をする能力、家庭学習を手伝ったり、ちゃんと躾をしたりコミュニケーション能力も高い。そうしたすべてが計算によるものだとしても、好きでもない相手から言い寄られたときの対応は普通の女性と同じだし、誰にも見られないように注意深く殺人を犯すところなどは、相当クールで慎重。相当自己抑制が働いてはいるけれど、異常な程の自己抑制とも思われない生活。ヒステリー症状を呈するのは、お目当ての男性が妻に愛情を示すときだけ。これって、サイコなのだろうかと。
少女時代の虐待のトラウマを抱えながら成人し、いつしかパラノイアという病気を抱えてしまった女性ということなら、サイコって言わないんじゃないかしら・・・・精神病理学的な知識がないので何とも言えないけれど、そんなことを思いながら見ちゃいました。

ラッセル・マルケイ監督は、『バイオハザード3』や『スコーピオン・キング2』といった近作で名前が挙がっていますが、個人的には、好きな俳優でもあるクリストファー・ランバート主演の『ハイランダー』シリーズが好きな作品です。

さて、そのアビーが射止めようという一大決心をしたお相手の弁護士を演じているのは、ウィリアム・R・モーゼス(William・R・Mosese)という俳優です。


(このウィリアム・R・モーゼス、誰かに似ているなァと思ってみていたのですが・・・・・思い出したら、「他人の空似」シリーズにアップしますね。)

妻を愛し仕事復帰をする妻を応援しようとしている夫、子煩悩で仕事を口実に育児から逃げる多くの男性と違って実に家庭的。孤独で男性不審のサイコ女性の心を奪ってしまった理由も、そういったところにありそうで、そんな家庭人としての男性像を好演していました。 

そんな理解のある優しい夫を持った妻に扮するのは、
こちらのゲイル・オグラディ(Gail O'Grady)という女優です。


(2007年制作のこの映画のときは44歳。かなり貫禄がついてきたゲイル・オグラディ)

本作ではかなり小太りになっていましたが、そうした容姿も二人の小学生の子供を持つち、それまで専業主婦として育児と家事とご近所づきあいに明け暮れてきた女性像としてはぴったりかもしれません。そろそろ生きがいだった仕事に復帰したいと考えるやり手の母親役が細身では違和感があったかも。

子供たちがなつき主婦の仕事をほとんど受け持つようになったアビーの存在を、やがて脅威に感じつつも、不安を隠し仕事や仕事の付き合いで育児に割く時間が取れなくなった生活を前向きに考える母親像を好演していました。

そして、このやがてサイコハウスと化す一家にとって、
家族同様になったベビーシッターのアビーを好演していたのが、
こちらのマリアナ・クラヴェーノ(Mariana Klaveno)という女優です。

このマリアナ・クラヴェーノ、
なかなか凄みはありました!



ホラーサスペンス向きというわけじゃないお顔なのですが、
本作では凄まじく怖い人間を演じてみせてくれ、
今後が楽しみだなァと思っています。

カーティス・ハンソン監督の「ゆりかごを揺らす手」が未見の方は、こちらをご覧になってから「ゆりかごを揺らす手」をご覧になるのも面白いかもしれません。個人的には、「ゆりかごを揺らす手」で妻役を演じたアナベル・シオラよりも、本作での妻役のゲイル・オグラディに好感を持ちましたし、「ゆりかごを揺らす手」でベビーシッターとして入り込んで復讐劇を繰り広げる女性を演じたレベッカ・デモ-ネイは、むしろ妻役の方が面白かったと思っているので、そういうヴァージョンがあったら面白いですね♪

ちなみに、
こちらがレベッカ・デモ-ネイです。

いかに怖い表情がぴったりでも、
こんなゴージャスなベビーシッターなんて、
いないですもんね。

 


「The Package」(邦題「ザ・パッケージ 暴かれた陰謀」)

2008年11月28日 | ◆ハ行&バ・パ・ヴ行

観初めてしばらくはジーン・ハックマン主演のミリタリーものかと思ったら、核兵器廃絶条約の調印をめぐり、それに反対する米ソ双方のある集団による陰謀というサスペンス。
たまたま見逃していたアクション映画の1本だったので、午前中久々にお茶を入れながら楽しんだ次第です。

このDCDの表紙画像だとちょっと分かりにくいですが、右下の俳優は、トミー・リー・ジョーンズ(Tommy Lee Jones)。本作では一匹狼的な狙撃手の役。ジーン・ハックマン(Gene Hackman)はあまり変わらないけれど、こちらはかなり若いので、いつ頃の映画かしらと思っていたら、米ソ大統領役が、ゴルバチョフとブッシュ両大統領のそっくりさんを使っていたので、ペレストロイカの80年代の映画かソ連崩壊の90年代前半の世界情勢に合わせて、そうした政治的流れをテーマにエンターテイメント映画を制作しようとしたのでしょう。
そう思ってチェックしてみたら、1989年の制作。歴史はこの映画の通りにはいきませんでしたけれど、製作者の意図は分かりやすい政治エンターテイメント映画です。

監督は、アンドリュー・デイヴィス。(Andy Davis)この映画の数年後にハリソン・フォード主演の「逃亡者」(「THE FUGITIVE」)を製作し、その映画でトミー・リー・ジョーンズがブレイクしたことを思うと感慨深いものがあります。なぜって、彼のデビュー作があのフランシス・レイの主題曲でブレイクした青春映画「ある愛の詩」だというのがピンと来なくて、どういう役で出ていたか気づかなかった俳優だからです。


(40代後半のトミー・リー・ジョーンズ)

本作ではドライさと明るさと人情のある複雑な性格の暗殺者となり、主役のジーン・ハックマンに撃ち殺されてしまいますが、そんな彼に、ジーン・ハックマンに悪役が似合うようにこちらも逆の立場の役を振ったほうが面白いと思ったのかもしれないですね。本作では43歳のトミー・リー・ジョンズが役者としてエンターテイメント映画でブレイクしていくのはこの後の、まさに40代半ばから。人生体験を踏んできたこういう俳優って、こうなるとどんな役でもこなせるので貴重です。

あ、そうそう、
本作でジーン・ハックマンの別れた妻で軍で中佐になっている役なのに、陰謀組織に追われたときに「助けて!誰か助けて!」と何度も叫びながら逃げる中年の軍人女性を演じているのは、ジョアンナ・キャシディ(Joannna Cassidy)。

いろいろな映画に出ている女優なので、よく見かけますが、彼女のような女優に「助けて~」と言わせる脚本のセンスはイマイチです。
ヤンチャな夫像のジーン・ハックマンと離婚して軍で出世している女性役。追い詰められたハックマンが救いを求める最後の拠り所でもある女性ですから、ここで、実はか弱い女性なのだという説明はどうかと思いますが、彼女の部下役の女性もまた、陰謀組織の情報を入手して震えた挙句に殺されてしまう。当時はまだそういうセンスだったのかもしれませんね。ちなみに、この部下の女性役を演じていたのが、

パム・グリア(Pam Grier)という女優です。

 

B級映画ではお馴染みの魅力的な黒人女優ですが、せっかくこういう映画に起用するならもっと彼女の持ち味を演出してもらいあたかったです。監督のアンドリュー・ディヴィスは前作の『刑事二コ 法の死角』で彼女が気に入ったのでしょうが、本作では彼女の魅力を引き出すのに失敗しているなあと。

それと、元夫婦が協力して陰謀を暴いていくときの強力な味方となる警官役を演じているのがデニス・フランツ。(Dennis Franz)

あの『ダイ・ハード2』で空港の頑固な警察署長をやっていた俳優といえばお分かりいただけると思いますが、なかなか個性派です。
本作では、ジーン・ハックマンを救って背中を撃たれ病院に搬送されますが、その重態のはずの彼が数日もしないで現場に復帰してくるシーンは、かなり無理があり、この映画をちょっと残念なエンターテイメントにしている一因ですね。

それはそうと、もう一人ご紹介すると、
陰謀の指揮官として中堅どころにいた軍人役を、
ジョン・ハード(John Heard)が好演しています。

本作のときは40代半ば。
軍服姿も似合っていました。
いまでは、還暦を過ぎて貫禄も十分となり、こちらもどういう役でもいけそうな俳優なので、今後の活躍をますます期待したい一人です。

ところで、原題のpackage が暗殺の銃を入れた包みのことなのか、暗殺という陰謀のユニットにそれぞれ役割を与えられて入れ込まれた人間たちのことなのか、観終えた後もよくわからなかったでが、あの頃の陰謀ものンサスペンス映画ってこんな感じだったのかなあと思いつつ、役者たちのキャスティングで楽しめたように思います。

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD3835/


★11月下旬の映画鑑賞

2008年11月27日 | ■2008年 11月の映画鑑賞

もうじき11月も終わりですね。
思ったよりも映画三昧できないできた下旬ですが、
以下、まずは観た映画をメモしておきます。

●「ローズ イン タイドランド」
(2005年 テリー・ギリアム監督)
  
 
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD9180/

 

●「大統領暗殺」
(2006年 イギリス映画 監督ガブリエル・レイジ)
  
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD11287/

 

●「ひぐらしのなく頃に」(2007年 監督及川 中)

http://www.higurashi-movie.com/index.html
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD12421/

●「三十三間堂 通し矢物語」(1945年 成瀬巳喜男監督)
  (1)

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD29658/

以上は、今回初めて観た映画です。いずれもおもしろいので、ブログでもアップしたいと思っています。

以下は、何度も観ている映画のラインアップとなりましたが、
『ブラックブック』は三度目くらいで、『史上最大の作戦』(The Longest Day)は数え切れないくらい。『針の眼』と『雲霧仁左衛門』は二十年ぶりくらいでしたが、今回見てもやはり面白い。この二作品はブログで取り上げたいと思っています。
『危険な情事』は1987年の映画なのに、マイケル・ダグラスが全然変わっていない!ので驚き苦笑。
『ゴジラ』は、やはり第一作の本多猪四郎監督作品が映画としては一番面白い。伊福部 昭(いふくべ あきら)の音楽こそ、成功のキーでしょうか。改めて感じ入りました。

●「ブラック ブック」(2006年 監督ポール・バーホーベン)


http://movie.goo.ne.jp/dvd/detail/D112509518.html

●「史上最大の作戦」(1962年 監督3名、ケン・アナキン&ベルンハルト・ヴィッキ&アンドリュー・マートン・&エルモ・ウィリアムス)


http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD4061/index.html

●「地球の静止する日」

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD5884/

●「トータル リコール」
(1990年
 監督ポール・ヴァーホーヴェン
   

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD6292/

●「ゴジラ」(1954年 監督本多猪四郎)
   

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD24170/
http://ww5.enjoy.ne.jp/~moririn/godzilla-1954.html


●「ゴジラの逆襲」(1955年 監督小田基義)
  

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD24279/

 

●「針の眼」(1981年 監督リチャード・マーカンド)

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD7158/

 

●「危険な情事」(1987年 監督エイドリアン・ライン)
  
http://movie.goo.ne.jp/dvd/detail/D111879781.html

 

●「雲霧仁左衛門」(1978年 監督五社英雄)
  
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD18847/

今月もまだ数日ありますので、
さらに観ながら、上に挙げた映画の感想をブログにも書いていこうと思います。

 


「地球の静止する日」(1951年)

2008年11月23日 | ◆タ行&ダ行

この瞬間、ああ、いかにも1950年代のSFかも・・・という先入観を抱いてしまいます。音楽も、昔の日本のSF映画をご覧になっていらっしゃる方なら御馴染みだったテルミン(音楽は、バーナード・ハーマン)が使われている(日本映画の方がそれを真似したのでしょうね。)ので、何となく既視感を抱いて観始めたところ、それがどうでしょう。



世界を騒がした円盤がワシントンに降り立つときのシーンなど、まるで記録フィルムを見ているような錯覚を持ってしまうほど。



円盤をぐるりと囲んだ軍隊の様子、それをさらに取り巻く群衆のこのシーンが何と全国にTV放映されるのですが、1950年代前半って、日本にはTVはまだ無かったのではないでしょうか。



映画『マーズアタック』と違って、宇宙人はほどなく円盤から姿を現し、英語で地球に来た理由を話し始めます。ハリー・ベイツ原作のSFの映画化ということですが、原作とはだいぶ違うそうなので、私は原作を読んでいないのでコメントできないのですが、本作は原作とは切り離してご覧になられた方が面白いように思います。



ところが、彼が兵士たちに近づき、アメリカ大統領に手渡そうとした親書だかプレゼントだかを武器と見誤った兵士が発砲してしまいます。すると、円盤から、



鉄人28号のような宇宙人が現れて、
何と一瞬の内に目から放った光線で、
戦車をふにゃふにゃのシートに変えてしまいます。

騒然としますが、負傷した宇宙人の命令で、ロボットは静止。
怪我を負った宇宙人は軍の病院に収監されて、
やがて大統領補佐官が彼を見舞い。そこで、
話し合いを持つのですが・・・


(当時61歳のフランク・コンロイ、大統領補佐官として貫禄十分です。)

主役でも主役級でもないこうしたところに半端な俳優を使わないのがいいですね。フランク・コンロイという戦前から活躍した1930年代を代表する名優です。ご覧の風貌でもお分かりいただけるようにたいへん知的な教養人で後に作家となり大学教授を勤めたり、さらにジャズピアニストでもあります。こういう人物を大統領補佐官として配するところ、ニクイです。


(本作が映画デビューとなったマイケル・レニー)

ところが、クラトゥと名乗る宇宙人は、一国の代表とだけ話し合う気はないと宣言。地球を代表する人物と話したいと言う。補佐官は、世界の情勢を説明し、必ずしも期待には答えられないかもしれないと答えてその場をさりますが・・・・1950年代はまさに≪冷戦下≫で、案の定というか、ソ連側はモスクワで会議が開催されるなら出席するといい、反ソ連の国々は、モスクワで開催されるなら元首は欠席することになるいう返事。

クラトゥは、地球のことをどうするか決める前に、地球の一般人と接触して答えを見出すことにし、銃で撃たれた傷もたった一日で回復し、どこから出たのか厳重に監視された病院から姿を消します。
政府は、戒厳令を発し、彼の行方を探すことになるのですが、

クラトゥは、市民の中に入り込みながら、いろいろな人物と接触し交流していく中で、何とか地球全体を代表し得る人間たちが集まることができないかを模索。

街を歩いているときに下宿先を見つけそこに住み、下宿人たちと交流していくことになるクラトゥは、知的で温厚な紳士そのもの。


(名子役、かならずしもいい俳優になるわけではない一例でしょうか)

やがて父親のいない少年と友達になるクラトゥも、なかなか良かったです。この子役が実に子供子供した少年で、当時のアメリカの子供ってこんな感じだったのだろうなと。ビリー・グレイと言う子役の少年。

その彼を通じて、近所に住む世界的に高名な博士の存在を知ったクラトゥは、彼に会いに行きます。
この配役もまた心憎い・・・・



サム・ジャッフェという俳優です。フランク・コンロイとほぼ同じ頃の1891年生まれなので、本作ではちょうど60歳。実にいいお顔です。今年になって観たり観直したりした映画にも結構出演していました。味のある脇役で、いい映画にはこうした俳優が欠かせない。
そして、ヒロインというか主役の宇宙人に心引かれ彼を信じて助ける女性には、こちら。

前述した少年の母親役なので、若くはないけれど、十分に魅力的な地球の女性を好演した彼女は、パトリシア・ニール。知的で愛情深く意志が強い自立した女性というのは、まさにはまり役だったことでしょう。後年アカデミー賞を受賞する女優ですが、本作のときは、ゲーリー・クーパーとの不倫関係で悩んでいた頃かもしれません。数年後には彼との不倫という愛情を清算し結婚しますが・・・・、たおやかな女性らしさの中にある迫力が印象的。
が、そんな子連れのか彼女に求愛中だった男の嫉妬から、
クラトゥの居場所が知られ追われる身となります。

男性の嫉妬って、映画の中では結構甚大な影響を及ぼすけれど、
そういう役を振られる俳優ってキャラもそういうイメージじゃないと難しいですよね。ここでは、ヒュー・マーロウという俳優がピッタリでした。かくして、いつしかSF映画だということをすっかり忘れて見入ってしまう本作は、最初と最後を除くとSF映画とは思えない出来です。

すでに見つけた場合には射殺も止むを得ないという命令が下された中、彼を捉えるための包囲網のシーンもリアリティがあって、スリリングな展開にぞくぞくしましたね。ド派手なシーンがなくても十分面白い。



彼女の助けを受けて逃亡するクラトゥは、
博士が政界以外の各界の権威を世界中から呼び寄せて待つ会場へと急ぎますが・・・・
あと少しで会場に着くというところで、
軍隊の放った銃弾に倒れてしまいます。

クラトゥとの約束の会場は、宇宙船が止まっている場所・・・



約束通り、世界中から各界の権威に呼びかけて宇宙人であるクラトゥのメッセージを受け取ろうとする博士でしたが・・・



果たして、彼は、
どういうメッセージを持って地球にやってきたのか。
個人ではなく、また一国でもなく、地球全体を代表する人物か、それが無理なら世界中の人間を代表するような人間が集まったところでなければ話せないというメッセージ・・・・・


(ロボットの名前はゴート、演じていたのはロック・マーティン)

宇宙船に彼の遺体を運び入れたロボット・・・
さて、この後ロボットはどういう行動にでるのか。

もうじきリメイク版が上映されるので、
結果は、年末にでも書き足そうと思います。
ごめんなさい。

監督ロバート・ワイズ
1951年版の『地球の静止する日』のご紹介でした。

 


★「他人の空似」・・・・(4)田村正和とキァヌ・リーブス

2008年11月23日 | ★俳優&他人の空似

忘れないうちに書いておこうと思いました。
以前から、誰かに似てるなァ・・・と思っていたのですが、
やっと、その≪像≫と出会いました。



田村正和というよりは、
彼が演じた腕下主丞(かいなげもんど)のときの彼と、
ああ、似てるぞ、とやっと胸のつかえ画とれた感じ。

こちらの画像の方がもっと、
成程!っとイメージしてもらいやすいかもしれません。

誰に似ているかといえば、
そう、こちら。

静止画像だとなかなか分かってもらえないかもしれないのですが、
あくまでも田村正和が演じた『乾いて候』のときの、主役腕下主丞(かいなげもんど)とキァヌ・リーブスのある表情が似ている!と思ったのです。ようやく思い出しました。現実の田村正和でも現代劇を演じたときの彼でもない。あくまでも、『乾いて候』の主丞役を演じた頃の田村正和です。そこがポイント!だから、なかなか思い出せなかったんですよね。

 


ご訪問者の皆様へのお礼

2008年11月23日 | ★ご挨拶&その他

拙ブログはブログのランキングには参加しているませんが、訪問して下さる方が何人だったかという訪問者数が表示されます。ささやかな映画鑑賞の備忘録なのに、こちらが期している以上の方達が毎日お越し下さっていて、感謝に耐えません。
こうしてお越し下さる訪問者数が表示されるブログバーツを、何とかここのgooに貼り付けられないかしら・・・・と思っているのですが、なかなかうまくいきません。そこで

管理画面の「アクセス・ランキング」というところに表示されていたものをここに貼り付けさせていただくことにしました。

2008.11.16 ~ 2008.11.22  1385 PV 561 IP
2008.11.09 ~ 2008.11.15  1337 PV 537 IP
2008.11.02 ~ 2008.11.08  1141 PV 523 IP

コメント欄での交流がほとんどないに等しい拙ブログですが、
こんなに沢山の方々がお越し下さっているなんて!
感激しています。有難うございました。
こうしたご支援をエネルギーに変えて、今後も映画鑑賞の日記を更新していきたいと思います。


(サスペンス映画として公開された本年制作の『アメリカを売った男』、この映画の宗教性は実に見事でした。そういうテーマで1本書きたくなったほど)

個人的な映画鑑賞備忘録ですが、ジャンルによってはいまやオタク系のファンしか知らないんじゃないかと思われるような昔の映画、後でご紹介したいと思っている1952年のSF映画『地球の静止する日』のような映画、


(『The Day The Earth Stood Still』(1951年)では主役の宇宙人を演じたマイケル・レニーは、実はこの映画がデビュー作。そうは思えないほどの味のある俳優です。)

あるいはまたネット上で検索してもほとんど取り上げられていないような映画、はたまたありきたりの内容紹介では勿体無い・・・・と思った作品、たとえばホラー映画であっても映像的に美しい!と感じてしまった作品、たとえば、以前も取り上げたことのある『変態村』、


(これは、絶対邦題が悪い!どうせなら原作『Calvaire』あるいは、英語のタイトル『The Ordeal』のままで良かったのに!と返す返すも残念でしたが、映画『Saw』がヒットしたことを思えば、こちらの方がはるかにおススメ。私など以来、ファブリス・ドゥ・ヴェルツという監督が気になってしかたがないほど。偶然観て好きになった映画でしたが、後で知ったことは、これ、何と『Saw』が何とか賞を受賞したときの同時受賞映画でしたものね)

あるいは、シリーズものの映画でも、これはおススメだと思うような一番最初のゴジラとか

(昨日11/22から、日本映画専門チャンネルで24時間まるごとゴジラ映画の放映中ですが、何と1954年制作の『ゴジラ』を再見して感動してしまいました!こんなに丁寧に作られていたんだなァと)

最新作に関しては、個人的には最新作を追う趣味は無いので、たまたま観ることになったものしか取り上げる機会はないですけれど、その場合でもちょっと切り口を変えて感想をアップしたいなァと思います。そう思うとこのブログを書くことがさらに愉しみになるから不思議。

いずれにせよ、たまたま自分が観た映画は、既成のジャンルを超えて取りり上げていきたいなァと思っています。ブログで取り上げることによって私自身も愉しいですし、それがお越し下さる方達の映画鑑賞のご参考に資すれば何より幸いに思います。

ご訪問有難うございました。
今後ともよろしくお願い致します。

 


 


「The Day The Earth Stood Still」

2008年11月22日 | ◆タ行&ダ行

娘の学校で話題になったらしい。「地球から人間がいなくなったら、汚染された地球が元に戻るという宇宙人のメッセージを、今度、キァヌ・リーブスが出る映画でやるんだって。それでね、ホントかどうか趣味レーションしたら、地球から一気に人間がいなくなったと仮定すると、5年で地球は昔の地球に戻るという結果になったんだって。面白そうな映画だから、見ようね」と語るその映画、何かと思えば、あの『地球の静止する日』というSFの名作のリメイク版です。
1951年制作のロバート・ワイズ監督のSF!

それがキァヌ・リーブス主演映画でリメイクされる・・・・・
これって、どうなんでしょう。

あの白黒SF映画からおよそ半世紀・・・・・その間、多くのSF映画が作られて観て来た私たち。『E・T』のようなファンタジー、時のスター主演で続々と制作された宇宙パニックもの、ブルース・ウィリス主演の『アルマゲドン』、トム・クルーズも頑張って『宇宙戦争』(駄作に終わってしまったけれど・・・)、SFコメディだって『マーズアタック』があり、スペースモノになったら、それこそキリが無いくらいあります。

CGてんこ盛りの『チェーン リアクション』以来、『マトリックス』三部作、そして、『ディアボロス』から『コンスタンティン』まで、スペースモノと宗教的なテーマの作品に挑戦し続けているように思えるキァヌ・リーブスですが、この作品にも同様に思いを抱いたのでしょうか。

昔の方を観直してみましたが、断然面白い。
これだけ完成されている映画のリメイク・・・・の意図は、環境汚染や温暖化といった地球レベルの差し迫った課題に対して何かメッセージを映画でやろうと思ったのかもしれませんが、ド派手な破壊シーンなどいくら見せられても見慣れてしまっている感がする観客に、さて、どういう映画を提供しようとしているのか。ちょっと想像がつきません。
キァヌ・リーブス自身、もう新鮮味がない俳優の一人である以上、そんな彼がいまさら宇宙人に扮しても・・・・いや、宇宙人が地球人の姿に扮するとしても、何だか驚きにかけるような気がします。

次回、その前作の『地球の静止する日』を拙ブログでご紹介してみたいと思います。

 


 


「陸軍中野学校 密命」

2008年11月22日 | ◆ラ行

下書きしたままアップするのを失念していた映画です。
古い映画ですけれど、市川雷蔵ファンの一人としては、
この映画を挙げておくのもいいかなと。

主演、市川雷蔵の1966年制作の映画。
監督は増村保造。

スパイ天国と揶揄されて久しい国家としての背骨が溶解して久しい日本ですが、戦前には諜報活動をしていたなんてこともウソみたいですが、専守防衛を旨とするなら、せめて諜報や防諜、宣伝などに国家として力を入れなくていいのかと疑義の念を抱かされて久しい一人ですが、戦争に負けるまで日本も秘密戦に関する教育や訓練を目的とした部署があったのです。
それが旧日本陸軍の中野学校ですね。

日本がドイツ、イタリアと同盟関係を結んだ頃の日本の諜報部員を描いた本作が、戦後十数年経って制作されたこてゃ感慨深いものがあります。

物語は、日本から機密情報が漏れているということで、ドイツ大使から「こんなことでは同盟国として、日本とは外交機密どころか、軍事機密も共有できない!」と叱責される日本の必死の諜報活動が描かれているわけですが・・・・


(現代劇でも市川雷蔵のこの横顔には、やはりしびれちゃいますね)

機密が漏れるというのは戦前に限ったことではなくて、いまでも同じようです。国家の背骨が溶解しつつある日本ではありますが、日本人というのは、上から下まで国民の国際感覚が他国とはかなり違うのかもしれません。

上司の中佐に召集された場所が、最初の映画で靖国神社だったと記憶していますが、国家のために諜報部員としてやがて命がけで滅私奉公する市川雷蔵たち(無論、役です)がその使命に準じるべく誓いを立てる場所が靖国神社だったというのは、とても象徴的だったなあと。
本作はシリーズ化されて本編は4作目。
この映画を観ていつも思うのは、1960年代にこの映画をご覧になっていたはずの大人たちが、その後、どうして日本に情報省の設置を考えなかったのかなあということです。

さて、映画のお話。
中野学校で訓練を受けた優秀な諜報部員となった一期生たちは、その後世界各地で活躍することになるのですが、本作で活躍する市川雷蔵は椎名次郎という役。軍の上層部の計画で中国から日本に送還された彼は、密命を受けます。
元外務大臣の親英派の政治家高倉周辺から国家機密が漏れているらしいということで、彼の身辺を探りイギリスの諜報機関の人間に情報を漏らしている人間を捕まえること。

ところが、元大臣には怪しいところがない。上司には催促され、彼は、こう言っちゃいます。「この際、自分の身分を≪正直に≫元大臣に話して、彼の本心を聞こう」と。
いかに雷蔵ファンでも、これにはさすがに「あちゃ~」と思わざるを得ませんが、ここが日本人的発想なのでしょう。

ところが、身分を明かした途端、「諜報の人間なんか嫌いだー、出てけー」となる。そこで、彼は、自分の好意をよせる高倉の娘を利用することにします。「お父様のことが心配なんだ。だから、お父様に関していろいろと探って僕に教えてほしい」・・・・

国際情勢に明るい親英派の外務大臣などと聞くと、現首相の祖父の吉田茂のような人物を想像してしまいますが、

当時の日本は、それこそ開戦間際まで勝ち目の無い戦争を回避するため尽力した政治家や官僚や財界人がいたという史実に照らし合わせて考えると、政治はやはりパワーがなければダメなんだと思い知らされますね。この高倉はやがて右翼的な青年将校に暗殺されてしまいます。

各国の在外公館でのパーティで、彼は情報通の男爵未亡人の交友関係の広さと羽振りの良さに注目し、彼女から情報を得ようと接近。

まさに色仕掛けですが、この男爵未亡人えお演じているのは野際陽子。いま70歳くらいになられたと思いますが、ちっとも変わっていない!その容姿に驚かされます。

戦前に外国の要人との交際があった日本女性といえば、多くは貴族階級の女性とその子女だろうと思いますが、そんな女性の一人である彼女の、戦争への関心など超越したニヒリズムには驚かされます。 

なかなか機密を英米に漏らしている人物が特定できないまま、部下がミスを張り込み中の相手に逃げられるというミスを犯してしまう。その責任を取って≪自害せよ≫というところも、実に日本的で・・・・けれど、彼は部下の責任と覚悟を試しただけ。

まあ、こうしたメンタリティでは、日本人はとても諸外国と諜報戦で渡り合えないどころか、100年かかっても無理なんじゃないかと思ってしまいます。昔、日露戦争の頃には明石大佐のような人物もいましたが・・・・もう、敗戦根性が身に染みてしまった日本では、諜報活動の教育をする人間もいないのではないか・・・・

スリリングな展開を経てやがて、スパイを逮捕する陸軍中野学校卒業生たち・・・・・あっと驚く犯人を逮捕後、市川雷蔵は、戦争が逼迫しているため情報を得るべく大陸(中国)に渡っていきますが・・・

極め付けがここ。
彼の上司が、何と元外務大臣の葬儀の後で、
彼から預かった手紙を娘に手渡すシーン。 

諜報活動などという非人間的な仕事をしている男である市川雷蔵扮するスパイにとって、彼を慕う純情な娘というのは、
贖罪と救済の象徴的存在になる。女性側からすれば、そういう存在として祭り上げられるという感じですが・・・

大陸に渡る船上で、
彼女とは二度と会うことは無いだろうと語る雷蔵。

あ~、こんなくわえ煙草でハードボイルドを気取っても似合わない。市川雷蔵に甘ちゃん諜報部員なんかやらせないでほしかったですね。ファンとしては、彼にそんなヤワナ台詞を言わせないでもらいたかったです。(苦笑汗)