2005年 フランス映画
監督:ルネ・マンゾール
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5932
(多重人格の殺人犯を演じてみせたシルヴィー・テスチュ)
パリで起こった無差別連続大量殺人事件。
殺人現場にはサイコロが転がっており、幾つかの死体は何故かその場から消え去っていた。犯人として逮捕されたのは、クロードと名乗る若い女だった。本作は、クロードが逮捕されて病院での現在進行形での取調べと彼女の逮捕に至るまでの1週間が交互に展開されるサイコサスペンス風ミステリー。
秀悦な作品に仕上がっているので驚きです。
クロードと名乗る犯人は少年といってもいい風貌の中性的なシルヴィー・テスチュが好演。彼女は自分をクロードという男だとおもっいる精神病患者なのか、あるいは若い男のフリをしている知能犯なのか。精神疾患なら罪は問えず治療の対象となるが、知能犯なら死刑が予測される重罪犯。
ところが、その見定めが出来ない・・・・・
容疑者クロードに翻弄される関係者。
以下のようにいろいろの人格が入れ替わるのだから、無理もありません。
「わたしは、アリアンヌよ」
「何も話すことなんかないわ」
「ぼくは、テゼだよ。」
「クロードのこと、何も話しちゃいけなんだ。怖いんだもん」
「でも・・・」
知能犯で仕切り屋のクロードにも出てこられるとマズイ存在や人格(人間)がいるらしい。それがミノトールという人格。
無邪気な少年テゼになったり、大人の女性マリアンヌになったり、知能犯的なクロードになったりするが、全部で7人という多重人格が疑われる容疑者に翻弄される中、
担当がブレナックという医師に新しく変わったところから、
本作は、ブレナックVSクロードという構図で
織り込まれた糸を辿りほぐしていくように展開されていきます。
が、ブレナックに部が悪いように見えるのは、情報のなさ。
(精神分析医ブレナックを好演したランベール・ウィルソン)
それぞれ入れ替わり立ち代り現れる人間を相手に、それぞれの人間関係(力関係)を探ろうとするブレナックですが、微妙なところになると人格が変わって別の人格が現れるのだから、分が悪い。
焦燥感を強めるブレナック。
そんな彼を逆に分析していくクロード。
「あいつらは、何も知らない。全部で7人いるけど、皆別の人格じゃない。皆別々の人間なんだ。あんた、誰?僕の担当医になるの?あ、そう。僕は構わないよ。あんたが耐えられるならね。」という風に、クロードは煙草を吸い足を組み、相手を挑発する。
こうした多重人格が疑われる容疑者に対して、ブレナックは、全ての人格は演技だと思うようになるのですが、多重人格を産んだ元の人格に迫ろうとすると、細腕の少年のような女が突如凶暴な人格となり彼を襲うのですから、たまらない。
自分の二倍以上もあるようなブレナックを持ち上げて首をしめようとするクロード、いやそれはミノトールか。
クロードは拘束されます。
演技か、多重人格か。
他の人格を生み出した元の人格に迫ろうとすると、クロードはパニックを起し別の凶悪な人格に入れ替わることに気づくブレナック。
子供のときのクロードに何が起こったのか。
この後、ブレナックは縛られた腕が痛いと泣いて懇願する人格にほだされて手錠を外し、まんまとクロードに逃げられてしまいますが、画面は逮捕前の時間軸に切り替わる。起承転結的予定調和のミステリーだと思っていると訳が分からなくなってしまいそうですが、丹念にキーパーソンの言動を抑えていくと、構図が見えてくる仕掛けになっている気がしました。
病院の窓を体当たりして割って逃走するクロードは、まさに凶暴さを秘めた知能犯そのものですが、そのクロードを執拗に追ってきた刑事マチアス・・・・すさまじいエネルギーです。
「あいつは、毎回7人殺す。今週の被害者は6人だ。だから、今週あと1人殺すはずだ!」という感じで、マチアスの精神状態はクロードとシンクロ状態。
(刑事マチアスを熱演するフレデリック・ディーファンタール)
この刑事マチアスを熱演しているのはフレデリック・ディーファンタールという俳優ですが、油絵の具をキャンバスに描き殴っているときの狂気は見ごたえ十分でした。
映画は、現在とクロード逮捕の1週間前から逮捕当日までの時間軸が入れ替わり、さらに現在の心理分析と診察のためのクロードの過去の追跡がめまぐるしく交差していきますが、映画半ばでこの刑事マチアスの時間軸だけがおかしい・・・・ということに気づかれた方は、ラストのどんでん返しに納得されると思います。
本作は、ギリシャ神話に馴染みのある方なら
謎解きを楽しめるかもしれません。が、
扱われている題材が決して明るいものではないので、
ちょっと沈鬱な気分になってしまうかも。
本作はミノタウロス(牛頭人身の獣人)の神話がキーですが、ご参考までに、以下に簡単にご紹介させていただきますね。
クレタ島のミノス王の妻がポセイドンから預かった雄牛と交わって産み落とした息子が、ミノタウロスです。そのミノタウロスを閉じ込めた迷宮を「ダイダロスの迷宮」といいますが、ミノタウロスは成長するにしたがい乱暴になり手に負えなくなったため、ミノス王はアテナイから追放されていた有名な職人ダイダロスに命じて迷宮(ラビュリントス)を建造させて、そこにミノタウロスをを閉じ込めるのです。
その迷宮と、
ミノタウロスの食料としてアテナイから9年ごとに少年と少女を7人ずつ生け贄とされた話と連続殺人事件を重ねているわけですが、
このミノタウロスを倒すのが、アテナイの英雄テセイウス。
彼はラビュリントスに侵入し脱出不可能と言われたラビュリントスから、ミノス王の娘アリアドネからもらった糸玉によって脱出します。
クロードの中で生まれた面々の中にその名の少年がいますが、そこは騙されました。彼が活躍するのか・・・と深読みしてしまったからですが、彼のように他の人物もこうしたギリシア神話からネーミングされているので、本作はこうしたギリシャ神話の悲劇をベースにし、現代のミノタウロスと化した人間の背景にある悲劇を重ね合わせた作品といえるでしょう。
時間軸を替えて重ね合わせることにより、
映像そのものを「迷宮」にしたルネ・マンゾール監督に脱帽ですね。
ラストのどんでん返しをお楽しみください。