始まって早々に随分前の映画だなあと思いましたが、1996年の制作なんですね。制作年次以上に、いったいいつ頃のアメリカじゃ~と言いたくなるような、アメリカの田舎の物語で、1990年代のテキサスでも、まだこんな感じだったのかもと疑いたくなる映画。
いかにリッチであろうとたかが石油成金一家。呆れるほど無教養な成金一家が一つの町を牛耳って警察も司法も関係なくやりたい放題できるほど、テキサス州の田舎町って西部劇時代のままなのかと訝ってしまうような内容で、いい年になっても自立せず親の財産に寄りかかって暮らすことが身についてしまった石油成金の子供たちのお話です。
州外の都会に出たもののぱっとせずに、成金未亡人のママのいる実家に戻ってくる主人公のぼんぼんぶり。親掛かりで就職したものの、仕事もせずに旧友たちとの付き合いに日々を終えてしまう優柔不断なぼんぼん息子を演じているのが、マイケル・J・フォックスかと見紛うエリック・ストルツという俳優。
この甘ちゃんの坊や、女性を口説くのに親の財産を当てにした暮らしをイメージして口説くのだから笑えるが、そんな暮らしにうっとりするガールフレンドにキャメロン・ディアス。当時はまだチャーリーエンジェルじゃなかったけれど、ここは笑えるが、主人公の坊やが再会する旧友たちというのも主人公と同類で、田舎の富裕層のお気楽なおバカ息子と娘ばかり。
颯爽と現れたかつての恋人は「おテニス三昧」の妖艶な美人奥様稼業。昔の恋人との夢をもう一度、といわんばかりに、ママに遺産の生前贈与を頼みに行くのだが、この未亡人ママ、老齢になってステイタスのあるリッチマンを再婚相手に決めるあたり、なかなかしたたかな女性。いかに息子とはいえ、バカ息子に渡せすお金はどぶに捨てるようなものと実に冷徹で毅然としている。これをいまや往年の大女優と呼んでも良いメアリー・タイラー・ムーアが演じているのだが、一歩間違えれば、この『ブラックメール』というタイトルを知らずに見ればコメディかと思ってしまいかねないほど、彼女はコメディタッチのお顔でもある女優。
サスペンスだと思って観ている身としては、この映画はシリアス路線のはずだとアプリオリに思っているので、ロバート・レッドフォードが初めて監督した映画だった『普通の人々』のときのように、意外と富裕層のシリアスな母親役で、きっと重要な役柄に違いないと信じてしまう。もしかしたら、この再婚する母親の相手の財産を狙うのかも・・・
と思いきや、メアリー・タイラー・ムーアの出番は前半だけで、主人公がいかに甘ちゃんの坊やか、母親にさえ親に無心するダメ男だということを知らしめるだけの役割。
出番が多いのはこちらのデボラ・アンガー。
財産の無い男と恋愛結婚したため成金の親に勘当され、ひそかに兄の会社をのっとるべく画策する悪知恵も持ち主なために、いよいよサスペンス全開か!?と騙されてしまう一因は、このデボラ・アンガーのキャラクターにあるかもしれない。どんな悪女を演じて見せてくれるのかと。
そう思いきや、ミステリアスで妖艶な微笑とは無関係に、彼女もまた、実は母親になっても身についた成金暮らしがやめられない子供のままの女。現実はスーパーで安い食品しか買えない生活で郊外の低所得者住宅に住み、生活に疲れて子育てから逃避する母親ぶり。ベビーシッターを雇える身分じゃないはずなのだが、神出鬼没の彼女の行動は、不思議だが、
そんな彼女の夫がジェームス・スペイダーなのだが、
(『セックスと嘘とビデオテープ』の頃のジェームス・スペイダー)
クセのあるこうした映画に出たイメージが強いせいか、この『ブラックメール』での出演をどう考えたらいいのか唸ってしまった。当時二枚目俳優として旬だったアレック・ボールドウィン主演で制作された『ヘブンズ・プリズナー』(レスリー・グリーフ監督)の第二弾映画として受け止めたのだろうか。
本作ではみすぼらしい格好をして、いわくありげな暗い表情をしながら、これまた妻同様に主人公の周囲に神出鬼没。それでいて妻とのツーショットがない。そして主人公を脅迫をする。いよいよサスペンス全開か!?
と思いきや、石油成金の家の「お嬢様」に一目ぼれして電撃結婚した後も妻一筋に愛を抱いているという純朴な夫!?これでは、ピーターパン症候群の青春映画かと目が点になる。
何といっても、このマイケル・ルーカーの存在が不気味。つい騙されてしまった。石油成金の親の財産を受け継いだテキサス男。彼もまた大きな邸宅で一人暮らしながら、会社の経営は敏腕弁護士にまかせっきりで遊び呆けている。
その敏腕弁護士役をピーター・ストラウスが演じているので、通常なら、このピーター・ストラウスがらみでサスペンスになるのかな!?と思ってしまいますが、信じがたいことに彼の出番はほとんどないんです。あ~、もったいない!
出番はマイケル・ルーカーが多いので、殺されるのは彼かな!?
と期待してしまうが、自分の留守の家に出入りする実の妹を出入り禁止にし、主人公に「あいつは経理士を抱きこんでここの財産を狙っているのさ」とちゃんと見抜いていてビジネスライクな冷徹ぶりを垣間見せつつ、銃をぶっ放し、「死んでやる」と叫ぶ自殺願望というキャラクター設定は意味不明。酒びたりのプレイボーイ三昧。
まあ、テキサス州の石油成金お家庭の子供たちというのは、現アメリカ大統領の青春時代もそうだったように、この映画に出てくるボンボンたちとそう変わらないものだったのかも・・・・と思い直してみると、このストーリーの背景ってそんな昔のお話じゃないのかもしれないと思われてきたものですが、タイトルが「脅迫」というくらいなのだから、サスペンスに違いないのでしょうが、いっこうにサスペンス全開とならない。まるで、マイケル・J・フォックスの映画みたいなノリが延々と続くのです。石油成金の町の支配者という役柄のジェームズ・コバーンのテキサスファッションも実はジョークだったりして・・・という不安が生まれた頃に、やっと映画は急展開。
このジョアンナ・ゴーングという酒場でアルバイトしている女の子役の女優が現れてから、一気にサスペンスになるという唐突さ!彼女は女友達が売春(買春)中に惨殺された場面を目撃し、犯人の顔を見ている唯一の目撃者。えっ、そんな事件あった?と言いたくなりますけれど、そこは我慢です。黒人の売春婦が惨殺されたからといって誰も騒がないという土地柄だと言いたいのかもしれないので。テキサスって開拓当時の昔からそういう土地柄なのかも・・・と思ったのは、たまたま過日、アンジェリー・ジョリーのテレビ映画『ロード トゥ へヴン(True Woman)』を観たせいかも。
話を本作に戻すと、黒人のストリッパーが惨殺されるのを窓から見ていたという話を当人から聞かされて知ったジェームス・スペイダーが、その犯人を脅迫し大金を手に入れるべく単独行動。が、相手は町の支配者たる石油成金だから、脅迫が失敗したらメディアに流すというものの本人は命がけ(のつもり)の計画を勝手に立てて主人公に協力を要請する。お粗末なのは、その犯人を妻の兄のマイケル・ルーカーだと思い違いをしたために、ラストがドタバタ喜劇になってしまうこと。
ジェームス・スペイダーの暗さは、愛する妻に成金暮らしをさせてやるために、妻の兄を脅迫することを思いついたものの、妻を愛するがゆえに一人悩んでいたという落ちまでついているので、いい年をしてまともに働いて収入を得ようという発想ゼロのピーターパン症候群の面々の、あたかも青春映画のようなナイーヴさ。主人公もホントに好きな女の子ができてめでたしめでたし。
この映画は、タイトルのように「脅迫」がテーマのサスペンスではなく、脅迫して大金を得る理由こそスリリングだといいたいのかも。
格差婚をしてしまった男が妻に以前どおりの成金生活をさせてやりたいと思う男と、その男の妻になっているかつての恋人とやり直すためにママに遺産をねだる男が、「脅迫」という柄にもないことを実践しようとし、その瀬戸際で求めていたものと出会う映画だといった方がわかりやすいかもしれないですね。
これだけ個性派を揃えて制作しても、脚本がダメだとこうもつまらない映画になるという好例のような映画だと思いましたが、サスペンスだと思って観ずに(そう思って観たら、あまりに冗長な出来にブーイングの嵐になるかもしれません)、テキサスの石油成金のボンボンたちの自立の助走映画としてご覧になることをおススメします。
深読みは無意味だと教えてくれる映画かも・・・・・