基左衛門の独り言

坂東の風上毛の空と風景をブログで皆様へ、八十爺

膝痛治療またまた十七CC水を抜く

2016-03-30 17:19:52 | 日記・エッセイ・コラム

 二週間間隔の診療になって三回目の診察に行って来た、前日陽気が良いし痛みもほとんど無く気分も幾分いいので少し歩いて見ようと何時ものコースを少なめにみつくろい歩いてきた、保泉公園では三つ位の僕にバイバイと挨拶されて八十爺ご機嫌で帰宅、二五〇〇歩ほどだった。

 今朝の目覚めはお蔭様で良い気分、九時過ぎに散髪やへ昼過ぎ三時の診療開始に合わせて多賀谷整形外科医院へと出かける、

  多賀谷整形外科医院

 もう数人の患者が待合室にいた、診察開始に呼ばれずリハビリに呼ばれ、湿布・足関節運動・全身マッサージと済ませて診察室へ、先生は二週間間隔になって三回目水は有るかなと針を刺す、イタと思ううちに「またありました十七㏄ですね」 との事「それでも大分少なくなりました前回は二十一㏄でしたから」との事、また「痛みが少なければ飲み薬適宜減らしてみてください」との事。「お世話さまでした」とお礼を言って会計帰路につく。何故か気分良好花見デモして見たいような。 

 周囲の山々も春の靄かに霞んで見えない、こんな日が三日も続けば上州もいや坂東一円染井吉野をはじめ桜は満開になるだろう、勿論葉が先に出る山桜も急いで咲くだろう。  


お不動様の縁日でした

2016-03-28 16:21:20 | 日記・エッセイ・コラム

 四十代からだったか?成田の不動さんへ正月初不動か、節分か、立春かにお参りに行って居たが、あれは何時頃からか・・・手帳を見ると平成二十一年(二千九年)の二月四日の立春が終いだったよう、七十九才を境にしたか、とに角日帰り成田山は大変だったのだろう。

 以後地元の茂呂町退魔寺のお不動様へ初不動の一月二十八日にお参りに行って居たが、今年はご存じのように膝を痛めているのと骨転移肺転移が在るので風邪でも引いてはと、春三月の縁日に変更させて貰った。

 それで今日午前十一時頃お参りしながらお護摩修行を若槻繁隆和尚さんにお願いしてきて、先程三時過ぎに護摩札を戴きに行って来た。

 何ぜか繁隆和尚とは何時頃か親しくして貰っているが、伊勢崎工業高校で卒業と入れ替えぐらいに国社の新任教師として赴任して来たので、その頃からか何故かそんな感じである。

 三分咲の桜に囲まれた不動堂

 成る程本堂が右奥にある

 今日の上州は日の射す良い日、不動様の御堂の周りも桜が三ー四分咲満開の頃は良い景色だろう、和尚の言うように「このお寺は不動様が最初本尊様で始まったので山門の正面に不動堂が在るのだよ」と云っていたが当にその通り、本尊のいる本堂が向かって右によけていると云う配置だ、室町期の話かあの混沌とした。

  この時間(四時半)になると上州も曇り空 降る様


坂東は広い 上州は晴れ良い日だ

2016-03-26 16:24:56 | 日記・エッセイ・コラム

 今日は朝から日の射す良い天気、だが風向きは現在無風の様だが、予報は下けの風「此の辺の東風」の様だった。 明日は崩れそう雨になるのだろうが海沿いよりは少ないだろう、いつもの事だから。

  この空が明日は曇り雨か

 テレビのニュースの報道では今年の桜の予想は開花は早かったが、見頃は来週の週末のよう例年並みか、ピッカピカの一年生のランドセルとの比較はイマイチ合わない様、まあ入学式には散る桜かもしくは花茎だけとなって居るか、ただし陽気は春爛漫と云う事だけはこの辺は請け負えるのではないか。

 此の辺も団地分譲の十数年の頃から見るとチビ君極端に少なくなった、我が家の前を登校する小学生に「お早う行ってらしゃい」とお愛想云ったり、雪が降ると歩道の雪かきをしたり チビ君サービスをしたが、もうコチラもよる年波「当地に住みついて二十五-六年になるか」で二‐三人と少なくなったチビ君にたまにお愛想云うのが関の山と言う処、歳は取りたくねえもんだ。

 


予報通り寒くなってきた 山は雪か

2016-03-24 16:38:06 | 日記・エッセイ・コラム

 八嶋の国列島も桜はアチラコチラで開花したけれどそのまま春とは行かないよう、昨日小雨の在った上州も開花今日は曇りのち晴れ、部屋の中は日が出ると暖かいが三国の山々を超えてくる大きな黒雲が覆うと寒くなる、これから二‐三日こんな陽気が続くのか、或いはもっと冷え込むか、とに角寒の戻りと言う処山は雪か、人間様の思うようには行かなものだ。

  信州越後の山々を超えてきた雲

  その一つが日を隠したオオ寒む

 八日も早く開花した染井吉野だが此れで満開花見など例年近くになるか、どちらにしても四月三日の日曜日には満開だろう、この頃になるとまた花冷えなどと言って夜は冷え込む事もある、庶民の楽しみである年一回の花見くらい「大目に見てよ」と言いたいところ、お天気さんよ。

 我が方は今年度末に当たり年寄りの冷や水だった隣組班長の役を、次の当番の小学校かだったか中学校の先生に明日か明後日に引き継いで来ようか、ああ懲りた懲りた次回は九〇才を超える御免蒙る事にしよう。

 ああそうそう、もう一つ東京の娘から昼ごろ宅急便で好物のエイタロウの金鍔が添え物を付けて届く、お八つに戴くが矢張り旨い御馳走さん。


昔話が多くなるこの頃 彼岸内の所為か

2016-03-21 16:25:36 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日最後に寄った育ての親の家から従姉が娘ときて、今度は我が家の仏様へお参りしてくれた、この仏様を中心としたお付き合いが仲の良さを助長するのだろう。

 昨日の中日は予定通り三つのお寺と二っの墓地を回り、予定を済ませた。 家内の家では弟の嫁さんの用意してくれた、何時もの通りの牡丹餅とお饂飩を御馳走になり、ワーワーガヤガヤと雑談、漸くできた当家の初孫の写真などを撮り、次の訪問先のオイドンの育て親の家へ回り墓参を済ませて帰宅、午後三時半 やく五時間半の行動だった。

  甥っ子夫婦と赤ちゃん

  四カ月と云うが早く取り出した様 今はそうゆうこ

                 とをするんだ 知らなかった 

 今日は現在の我が家の墓地を世話焼きをして、墓の工事して呉れて一昨年夏他界した井田石材店の清一郎君の冥福を祈り焼香してきた、帰りにテックランドやまだ電気でカメラのメモリーやインク印画紙等を購入、昼はラーメンを幸楽苑で一番昔のラーメンをと注文、シンプルで旨いそして四百二十一円と安い、ただしこの歳でも餃子位はまだ食べられそう、何とも安い当店の看板メニュウのようだ。

 帰宅して一休みしていると前出の従姉が来て先ほど帰り、そして二階の上りpcに向かった処、通常より一時間以上は早いパソコン弄りだ。


彼岸の中日の準備に赤石屋へ

2016-03-19 17:43:31 | 日記・エッセイ・コラム

 想い込みとは怖いものだ、中日は二十一日との思い込みで居たため今年も同じとして行動して居たが、閏年だったのだ今年は一日早い二十日だったのだ。

 線香あげの台の準備に赤石屋の最中をと思い出かけて来た、当市では最中は赤石屋と云われるほどのお店である、この位と粒餡のと栗最中を混ぜて注文お八つの分を追加して買い込み、店員の包装する間店主の小林さんと話していたので御馳走さんと味見のお礼を言って失礼する。

  老舗赤石屋菓子舗

    名物最中

 帰り道早速同級生の家へ、昨年秋奥さんを亡くして淋しいだろうと、たまには寄ろうと思っていたが遂に今日になってしまった、少し話し込んだが話題が直ぐに途切れてしまう、昔のように共通の話題が少なくなってしまったのだ、じきに失礼する。

 帰って仏壇の明かりを消すのを忘れたのに気が付き電話を入れる、留守電になってたので消し忘れをコメントして置くこととした。

 明日は我が家の墓参りで宝憧院へ、次が家内の両親いる法長寺と母親の実家の墓、次がオイドンの育ての親のいる愛染院と忙しい、まあ一日がかりだろう。


お彼岸まじかで墓掃除に

2016-03-17 17:24:51 | 日記・エッセイ・コラム

 明日十八日はもう彼岸入り早いものだ、暮れの掃除は膝関節の故障もあり省略したので、春彼岸は絶対省略できないと言うので、倅を連れて連取の宝幢院へ出かけて来た。

 お寺さん山門

 やはり一回うる抜くと汚れは酷い早速軍手をはめて草むしり、小さな草だが例年より多く伸びている、次いで墓石や過去碑灯篭とタオルでお身ぬぐいして、除草剤をまいてお終いだが、やはり墓石などには水垢が付いている、伊工の同級生で井田石材の社長が言ううとおり毎回タオルで拭いていると、水垢の汚れが違うと云っていたが当にその通りだった、尤も彼が設計施工した墓だったのだから当然だが。

 ちょうど終わって昼なのでお寺さん前の(そば新)へ、約束通り寄りこんで注文待つこと二十分か食べ終わって帰宅、何といい日だろうあの一昨日までの寒さはウソのよう、上着を脱ぎさらにカーデガンを脱ぎシャツになって作業、帰宅しても居間が暑くて大変周りを開けて例により一眠り、シンビジュウムの新しい鉢を手入れ、居間も日が射しこんで居場所を変えてアッチコッチと言う処、少し話がオーバーか。

  賑やかになったシンビジューム

 そうそう昨日は寒い中膝関節の治療に多賀谷整形に行って来たのだった、毎週だったのが二週になって二回目だが、水はやはり溜まって居たよう、何cc在ったか大分またあった様、まだ当分通わなければならないか、しかしリハビリの終いにやる全身マッサージは大変いい気持ちだ、もっと細かく通う価値ありと思う治療だ。

  多賀谷整形外科


上州は晴れ 久しぶりの空っ風冷たい

2016-03-15 17:49:56 | 日記・エッセイ・コラム

  良い日和だ

 六日ぶりの快晴だ、夏まがいの晴れが八日まで、その後昨日までは曇ったり小雨だったり昨夜は大分降った様、そして今朝からは青天しかし風は冷たい、しかしさすが彼岸マジカ日差しは強く春のよう、八日のポカポカ陽気様には行かないだろうが、また明日からはまた小春日和になるらしい。

 明日は小春日和か

 昨年十月十九日から使い始めた補聴器の電池がいよいよ最後となり、板垣メガネ本店へ出かけニセット補充してきた、耳の中へ入れる方式なので電池も小さい、ついでに補聴器の掃除をして貰う、何しろ小さいし八十爺にはなかなか扱いづらい、メガネまで洗浄して綺麗にして貰い御帰還と言うところ、こんな事でもないと出かける事も無い、アアそうだった昨日は雨の中昔の仲間ジジババ七人で昼食会だったが、危うく忘れる処だった、花見を何処にするか日帰りか泊まりかなどと言っていたが。


上州名物からっ空っ風は吹くか その名物も中々吹かないよう

2016-03-13 17:09:40 | 日記・エッセイ・コラム

 もう早くも今週十八日は彼岸の入り、来週二十一日はお中日ときている、おおー寒むなどと言ってる間にチャクチャク暦は進む。

 今日の日曜日も朝まで少し降った様、そのうえ一日曇りで偶に何分か日が射すが其れもチョビリで、寒い寒い日と為ってしまい四寒三温と成ってしまうかも、明日からは幾らか良さそう。

   八日のポカポカ陽気の空 飛行機雲が電線辺の下に(クリックを)

   うすら寒い今日の空 もう四日もこんな空

 友人やその奥さんの墓前への線香揚げとご無沙汰の挨拶を兼ねて出かける事としようか、想いきって出ないとなかなか出られない、今年は特に膝関節の故障で半年になる、大分良くなったのでそろそろ動いて見よう。

 今月で廻り番子の隣組班長も終り、最終の仕事であろう総会出欠席とアンケートをまとめて区へ提出、力仕事はほとんど欠席それでも何とか八十爺任期満了のよう、家内によした方が善いと言われながらのお勤め、次回はいよいよ九十代半ばとなる無理をしないようにしよう。


ブルブルさむー 冬再来のよう 東日本の復興の促進を祈る

2016-03-11 17:03:57 | 日記・エッセイ・コラム

 五年前の三月十一日はこんなに寒かったか、八日はアチチーなどと言っていたが昨日から真冬が来たよう、予報は坂東も雪が降る事もありそう山手を除けば積もるほどではない様だ、上州のこの辺は偶には日中日も射した、しかし外は寒そうだ。

 五年前のあの時上州も震度五弱や強の混在だったか、とに角経験した事のない揺れに恐れおののいたものだった。その後の北陸沿岸のあの大津波のテレビ画像の恐ろしさ、目を瞠るばかりの惨事であった。

 どうも東北三県の復興は遅々として進まぬよう、こんなに小さな国土の日本で地震津波で大損害、そこへ東京電力福島原発被災のあの騒ぎ、当時理系総理の菅さんが東電本社まで乗り込んでも相手がさっぱり解らない連中ときて、現地の話の分かる理系の連中は対策対応に掛り切りだったろうし、その間にメルトダウンと言うところか。

 その後の五年間を見ていると我が国は原発を稼働させる資格は全然ないと言うべきだろう、メルトダウンをした燃料を含め、使用済み核燃料の始末廃炉の機器や隔壁、作業員の防護服、各地から出る汚染されたゴミなど、未だ何等処理方針も決まって居ないでの再稼働などトンデモナイという事だ。

 そこへ二千二十年の東京オリンピック招致が絡んで余計おかしい事になる、古い競技場でもよかったろうに、余分に造りもしない施設の設計料を払ったり、設計が決まって見れば、最近ではどこに聖火台を置くのかなどと大騒ぎ、お蔭様で建設材の値上がりや工事関係者の不足などと復興工事は遅れるばかり、呆れたものだ。

 我々が税金、特に消費税の値上げに賛成したのは東日本の復興財源としてであり、オリンピックなどには一銭も使ってほしくない。

 三寒四温と云うけれど、今回は四寒になるかも、早くも春の気配も近づいて来ている、東北に春を、早く・・・ 。


アッチチー初夏のよう 冬は何処へ

2016-03-08 17:32:19 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日も暖かかったが今日の陽気は特別か、現在(4時半)室温二十四度と暑い事もっとも爺さん上着とカーデガンは脱いだが、その下は冬のまま厚手の下着だ無理もないもう初夏の感じだ。

 最近庭の草むしり用に尻を上げずにイザル様に移動したいと、小さな腰掛が欲しいと思っていたら、東毛の公民館でオジンが竹で腰掛を編んでいると新聞で読んでほしいと思ったが、一人なので数が出来ないよう其れに手作りなので高価ときて考えている内に忘れていた。

 いよいよ草の季節小さな庭を草茫々も見っとも無いと想いだし、ダンボール箱に牛乳パックの空いたのを積めて作って見た。

   左切り詰めた箱 右牛乳パックを詰めて見た

 ペットボトルのお茶箱を牛乳パックの丈に切り縮め、その中へパックを詰め込んで行く、八本は入ったが後隙間が在る、パックを縦に割りそれを合わせて一つにしイワユル体積を二分の一にして詰め込んでみる、これでパック十二本がすっぽり入る、そして周りをガムテープで留めて出来上がりである。

  出来上がった腰掛右はそとようにレジ袋を掛けて見た

 想ったより簡単に出来た、前に踏み台をもっと大きい箱で造って使っていた経験が物を言った様、この踏み台も家内に漬物台にとられてしまい、もう一つ作らなければと考えて居る処、ただ材料を集めるのに時間が掛かるのが難点だ、ヒマ爺なんだからいいようなものだ


陽気に誘われ またまた市民の森公園へ

2016-03-04 17:31:25 | 日記・エッセイ・コラム

 寒さと膝痛のため永い永い休養イワユルずる休みを取り、永い運動不足となって居た、それがこの陽気気温十五度と云うがとんでも春四月のよう、誘われて市民の森公園へ、四時を回っているので駐車場は半分も埋まって居ない、見ると軽自親子ずれが可愛いプードルを連れて居りる、ここで一枚パチリ撮る。

 可愛いプードル君

 たまには二千メートルは在ると言う外回りの遊歩道を歩いて見る事に、所謂病み上がりでもあるが久しぶりに挑戦、途中で見た事有る若くはないランナーに逢う、声をかけたが走るのに真剣なのか走り去る、南から歩きはじめ北側に出て、ここから園内は入る。

 岩場の水遊びを見たりぴょんぴょん跳ねる遊具や花壇を眺め、河津桜の満開を見て中央の丘まで来ると、真剣に走るランナーが来るではないか、実は二回目の仲人っ子、数回声をかけ漸く気が付く、午前午後空いてる時は走って居るとの事、市民マラソンも毎回出場のよう大したものだ。

 岩場の水遊び寒くはないか

 跳ねる遊具   花壇

 満開の河津桜      

 元気な若くないランナー    

 駐車場まで送って貰い帰路につく、帰って歩数計を見ると一九九五歩マアマアと言うところか、運動になったかな・・・。


庭師入る シルバー人材の皆さん

2016-03-02 17:54:54 | 日記・エッセイ・コラム

 遅れに遅れに遅れていた庭の手入れの見積もりに二月の末に来て、今日漸く手入れ剪定の運びとなる。

 御存知のシルバー人材センターの方々である、木村さんと云う班長と呼ぶのかリーダーと呼ぶのか忘れたが、四人で作業を九時前から始め午後三時頃には完了、小さな庭だがゴミ一つ残さず綺麗に仕上げて引き揚げて行った。

  昨年の秋の庭木

 この庭の植木は二十五-六年前この家を立てた頃、プロの造園業者の設計施工で造ったものだが、その後この業者がメンテナンスを下請けに出し、毎年秋口に施工して居たが、だんだんと雑になり中心の槇なと各枝が丸く丸くとなり、和風の庭に合わなくなってきたので、ここ数年シルバー人材の皆さんにお願いしているがもう何年に成るだろう、もう七-八年経ったか、オイドンより十歳くらい若いらしい、聞くと七十代のよう仕上げは玄人裸足だ。

 来年はでなく今年の秋はであるが、遅れないように気を付けよう十一月には済ませたいから。

 施工後の庭の様子は後日公開 (三月三日)公開

    庭の隅々まで綺麗に清掃してくれた。