基左衛門の独り言

坂東の風上毛の空と風景をブログで皆様へ、八十爺

ようやく行けた リンゴ買いに

2013-11-29 18:12:06 | インポート

 前々から予定しながら行けなかった川場村へのリンゴ買いに、ようやく今日家内を連れた行ってきた。冷え込んだ朝だったのでゆっくり朝十時過ぎに家を出て駒形ICから北関東道に乗る、高崎ジャンクションから関越道を北へ、沼田ICを降りて川場村へ十一時少し過ぎていたか戸部リンゴ屋へ着く。一時間弱か。

 発送分、親戚知人へなど買い込み、ただし好みのふじノミを殆どで家内の払いを見ていると一万五千円なりの様子、済ませて田園プラザで昼を済ませ茸・豆など若干買い込みて岐路へ、帰りは早い何時も思うのだが「こんなに降っているのだからなあ~」と。帰りは四十分くらいか、早い早い。

 カメラを忘れてもってゆかず映像なし、ご容赦。

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季節は移ろう なんてモンじゃ無いよ

2013-11-28 17:59:57 | 日記・エッセイ・コラム

 今日は午後風が出て寒い、本格的木枯らしだ。予報はしばらく前から日本海側は雨で寒そうしかも時々雪、愛媛県でも今日は雪が降ったと言っている、おかしな天気。

 二十五日月曜日にシルバー人材センターの植木担当の皆さんに、庭の植木を刈り込んでもらいモジャモジャの庭もすっきりとして、一応早いが越年の用意が出来たよう、ただし庭だけだけれど。

001_2 刈り込まれた庭木

002彩は少し残った

 センターの皆さんにお願いして三年か四年か?玄人はだしの腕前と感心している、しかも一-二割安いと来ている、一挙両得である。

 明日は川場村までリンゴ買いにゆきたいと思っているがこの陽気では果たして道はどうか、雪でもあったら大変、日延べをせざるを得ない、それより先に家内のすぐ下の弟から暮れの到来物が届いてしまった、ご馳走様まあー、家内の都合で今になったのだからショウがないが。

 いずれにしても明日明後日を超えれば十二月師走である、早いものでジジババ向きでない季節に入ってゆく、早く春がきないか待ち遠しくなるのは例年の通りだが、気が早すぎないかなーと思いつつ。

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のどかな田園風景 白菜は

2013-11-24 17:59:10 | 日記・エッセイ・コラム

 一汗かいて歩き広幹道工事現場の帰り道変電所の南の白菜畑を見る、前回より大分大きくなりかぶももう巻き始めている、農家の人も直にかぶに縄掛けの時期だろう、これだけの量だと大変だ。

009 すごく元気な白菜

008 隣の畑はブロッコリーだ

 いつものように保泉公園で一休み、今日は日曜日なのによちよち歩きのチビちゃんを連れた若夫婦だけだ。背中の汗も冷たくなったので家路に向かう、さて今日は何歩かな 7千歩を超えていた、久しぶりに凄い。

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広幹道四車線化工事進む

2013-11-24 17:11:35 | 日記・エッセイ・コラム

 晩秋の秋日和に誘われて広幹道四車線工事現場へ出かけてみた、明日は午後か夕方から雨らしい、その前日はうららかな小秋日和「こんな表現あったかな?」になる。

 現場に着くとヤッテルやってる、作業は今日は休みだが大分進んでるのが分かる、剛志大橋の橋脚の作業も始まっている。

003 進む四車線化工事

005 剛志大橋の工事も始まる

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晩秋の谷川温泉へ

2013-11-22 18:24:26 | 日記・エッセイ・コラム

 晩秋の一日元伊勢崎市職青年婦人部OB60会メンバー生き残りの人達と、雪姿の谷川が望める谷川温泉「水上山荘」へ行ってきた。 どっちにしてもお爺んお婆ん集まり二十一日の十時四十二分伊勢崎発両毛線で出発、新前橋で上越線各駅停車に乗り換え十二時半ころ水上駅につき、駅前で呼び込みに乗せられて上州名物「おっきりこみ」など食べ、旅館の送迎便にて水上山荘へ。相変わらず喫茶ルームというか応接というかの窓に写る姿は雄大、これはなんという峰なのか?。

003 窓に映る谷川岳○○岳

 四対四の同数のメンバーがひとまず女性の部屋に集合し懇談お茶ごっこに柿を頂きご満足、四時過ぎて入浴六時より夕食、一杯戴きカラオケなどで発散という段で参った、二千八年年暮れにやった甲状腺全摘手術の時担当医の女医先生に「声が出にくくなったり水がゴクゴク飲めなくなりますよ」と言われていた通り声が出ないでガックリ。その代わりお酒を予定の倍近くいただきご満足料理もイイ。

 よく寝たがこの家のかけ布団は俺には少し短い、夜中に足が少し出てしまい寒いので目が開き足を縮めたりして寝る。

 六時起床八時朝食、ご飯一杯で満足いい料理だ、料理を突っつきながらゆっくり食べると腹十分目「満腹満腹」十時にまた最初のティルームでコーヒーなど戴き送迎車で水上駅へ十一時五十七分発列車で帰路につく。

011 コーヒーなど戴く参加メンバー

014 筆者も入って

 伊勢崎駅前の親玉支店で始めた軽食の店でパスタややきそばで昼食を済ませて解散、天候にも恵まれて楽しい二日間でした。ただし幹事のチーちゃんはご苦労様にもトンだハプニングで可愛そうでした。

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今日は通院日

2013-11-19 18:37:48 | 日記・エッセイ・コラム

 四週間ごとの火曜日で伊勢崎市民病院の内科外来への通院日だ、高血圧と胃酸過多による逆流性胃炎の治療である。最近はそれもあるが群大附属病院の甲状腺癌骨・肺転移の状況も診ているようである。処方箋も戴き次は皮膚科である、こちらは予約外だから待つこと小一時間ようやく呼ばれる、半月ほど前から気になったいた背中のザラザラした自分では見ないが黒っぽくなっている腫瘍らしきものを診てもらう、「老人性のもの」との診断ほっと一安心、「どうしますか窒素でとってしまいますか」というのでお願いして処置していただくことにする。

001 伊勢崎市民病院

 皮膚科の担当医はよく変わる、今回は長谷川道子先生、前は確か倉石先生だったた。会計して薬局へ、薬をもらうともう十二時半蕎麦屋柳屋へ周りたぬきそばを食べて帰宅、久しぶりの柳屋だった。

 

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秋日和に誘われて

2013-11-18 17:17:23 | 日記・エッセイ・コラム

 部屋の中は暑い位のいい日和だ、一昨日はいい日になったが空気の冷たい日だったが、昨日から一変に良い秋日和となり暖かい日だ。こ秋日和「こんな表現があるのか?な」に誘われて久しぶりに着ていたカーデガンを脱ぎ、ブルゾンだけで保泉変電所を目指して歩き始める。

 保泉団地を抜けて変電所が見えるとその先にあの広幹道が見えてくる、今日も後からあとから車がよく通っている。当毛から県央をつなぐ幹線として出来た道路だけある流石だ。変電所の手前の畑では先日植えていた白菜がもう大きな株に育ってきた、白菜漬けもいいがこれからはアツアツの鍋物が最高だろう、待ち遠しいものだ。

 

001_2 広い。畑に大きくなった白菜がいっぱいだ

 変電所の脇を北へ向い広幹道の歩道へ出て西へさらに塀に沿って南へ、「秋の日は釣瓶落とし」とよく母が昔言っていたのを思い出す、保泉団地の家々の西側へ当たる日ももう直に西の山並みに掛かり始めそうだ。

003 家々にかかる西日

 日の沈む前にと保泉公園で一休み、今日は女子中学生が四人バレーボールをしているだけ、おやおや一人は右腕を三角巾で吊っている骨折でもしたか、不便だろうそれでも時々ボールに手を出している元気なものだ。

 暑い暑い家について見ると五五〇〇歩は歩いている、暫くぶりだが大したもんだと自画自賛と言う処。

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故中沢啓二氏を悼む

2013-11-14 18:45:58 | 日記・エッセイ・コラム

 老舗飼料肥料商「中澤豊七商店」の社長だった啓二さんが亡くなった、伊勢崎市でいや町時代か北小学校を五年生で繰り上げ卒業して当時の前橋中学校へ、またまた旧制中学四年生で繰り上げで終了してこれも当時の新潟高校へ入り順調な人より二年早く、京都帝大の冶金科へ入り卒業して、当時の神戸製鋼?へ入ったという当市では伝説的の秀才だった方だったが、病には勝てず亡くなってしまった。享年九十歳だった。

 遠い存在だったこの方と、偶然数年間商工会議所で副会頭と専務理事ということでお付き合いする機会に恵まれた、欲のない平らな方で「なんで大学は冶金科を選んだのですか」などと聞くと、「高校を卒業の頃のんびりしていたら空いてる科が冶金きり無くなっていてね、それで入ったんだ」といっていたが、旧制高校は卒業すれば当時帝国大学はどこかに入れたそうだが、いづれ自分の会社へ戻らなければならなかったので気楽だったのかどうか、欲がなかったのか、また商売も「農家の搾取の上に成り立った様なものでね」というような物言いをする様な処がある方だった、当たり前の商行為なのに。

 今のようになんでも儲ければいいと言うような風潮の時代には、一服の清涼剤のような方だった。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 今はブラック企業というような経営をする企業がふえているが、従業員を搾取というか残業代も払わず見せかけの管理職としたり,サンザ使って整理退職を迫り、きかないと系列企業の変な部署に配置替えというか出向と言うかなどひどい世の中になっているようだ。アメリカナイズも酷いものだ、日本本来の労使協調の時代に戻そうよ、変な経営をするような企業はなくそうよ。皆んなで。

 

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季節は移ろう 5

2013-11-10 15:41:01 | 日記・エッセイ・コラム

 季節は移ろうという感覚は秋の独特のものだろう、だが今年は長い長い夏、暑い秋、短い秋も次々と台風の襲来の騒ぎ、そしてもう晩秋だ。昨日から曇りで寒い日が続いていて、予報によるとこれから寒冷前線が通過し雨とのこと、この辺はまだ降らないが各地もう大荒れの様子大変だ。

 日本列島は関東平野の辺で逆くの字に大きく曲がっているので前線通過も遅れるようだ、今日は何時頃になるのだろう。

 にわの沙羅の木や細い葉の枝垂れ楓の木が色付いたなと思っていたら、今日はもう病葉「わくら葉」となって晩秋の景色だ。

003 沙羅と楓の病葉と小菊と

                            山茶花の白の対象は如何

002  赤白の変わり紋の小菊

 その先の塀際の山茶花はもう満開だ、菊は白い小菊が咲いていたが赤や黄色の小菊が咲き始めこれから賑やかになりそうだ、やはり暖色系が初冬の空気に馴染みやすいようだね。

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司馬遼太郎の箱根の坂を

2013-11-04 18:50:23 | 日記・エッセイ・コラム

 ここのところ秋の気配が濃厚になり書くよりは読む方に重点が移ってしまっているようだ、またまた最近はむかし買い入れた講談社の司馬遼太郎さんの「箱根の坂」なる小説を読み返し始めている。

003 読み返しを始めた司馬遼さんの「箱根の坂」

 やはり人間覚束なくても自分のルーツを知りたいのが人情というものか、上中と二巻まで読み終わるところ、後の早雲今のところ伊勢新九郎早雲からさらに宗瑞となったところである。室町幕府に使え、将軍の弟足利義視の奏上番をしてたが、収入がなく鞍作りをして生活していたようだ、折しも応仁の乱の最中というか乱の末期というかで都で働いても官位だけでは収入にならないおかしな時代だったようだ。

 ここに小田原合戦の時に北条五代のうち三代の氏政、宿老の氏照、同じく宿老の松田憲秀、大道寺政繁が切腹して開城という事になっているが、時に松井田城主だあった大道寺政繁も小田原へ帰りここで果てているのである。

 未完

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