雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

五百人力の女 ・ 今昔物語 ( 巻23-18 )

2015-09-23 09:05:46 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          五百人力の女 ・ 今昔物語 ( 巻23-18 )

今は昔、
聖武天皇の御代、尾張国中島郡に尾張の久坂利(クサカリ)という男がいた。その郡の大領(ダイリョウ・長官)である。
その妻は、同国の愛智郡片輪郷(アイチノコオリ カタワノサト)の人で、道場法師(ドウジョウホウシ・前話にも登場している)の子孫である。この女は、姿形がなおやかで、まるで絹糸をより合わせたようであった。そして、彼女は目の細かな麻の布を織って、夫の大領に着せていた。その布は、とても素晴らしいものであった。

当時、この国の国司に若桜部の某(某の部分は意志的な欠字となっている)という者がいたが、国司として在任中、この大領が着ている衣服が実に素晴らしいのを見て、その着物を取り上げ、「この着物は、お前が着るようなものではない」と言って、返してやらなかった。
大領が家に帰った時、その姿を見た妻は、「どうしたの。あなたの着物はないのですか」と訊ねた。大領は、「実は、国司がこうこう言って、取り上げてしまったのだ」と答えると、妻は「あなたは、あの着物を心から惜しいと思いますか」と訊ねる。大領は「とても惜しい」と答えた。
夫の気持ちを確かめると、妻はさっそく国司の屋敷に出かけて行き、「あの着物をお返しください」と返却を求めた。国司は、「こいつは、どういう女なのだ。ただちに追い返せ」と家来に命じた。
その声に、家来たちが女を捕えて引っ張ったが、全く動かなかった。反対に女は、二本の指で国司を座ったままつまみ上げて、国府の門の外に持ち出して着物の返却を求めた。国司は恐れおののいて、着物を返却した。女はその着物を受け取り、洗い清めてもとにしまった。

この女の力の強いことは、とても人並みではなかった。呉竹を手で押しつぶすことは練り糸を取り出すようであった。
このような様子を見た大領の父母は、「お前がこの妻の為に国司の怨みを買い、罰を受けることになろう。大変恐ろしいことだ。我らにとっても良くないことだ。そうであるから、この妻を離縁して実家に送り返せ」と大領に言った。
大領は、父母の意見に従い妻を離縁した。

こうして、故郷へ帰ったその妻が、草津川という川の船着き場で洗濯をしていると、商人が船に草を摘んでその前を通り過ぎながら盛んにからかうのがうるさくて仕方がない。女はしばらくは黙って相手にしなかったが、船主はなおからかい続ける。
とうとう女は、「人を馬鹿にする者は、その面を思い切りひっぱたいてやる」と言い返した。これを聞いた船主の男は、船を留めて女を殴りつけた。
女はこれを平然と受け流し、手で船の片方を打った。すると船は舳(トモ・船尾)の方から水中に沈んだ。船主の男は船着き場辺りの人を雇い、積荷を引き上げ、また船に乗った。
すると女は、「私に無礼を働いたので、船を引き上げてやる。どうして、みんなは私をいじめ、馬鹿にするのか」と言うと、荷を乗せた船を一町ばかり程陸に引き上げた。これを見た船主の男は、女に向かってひざまずき、「大変悪いことをしました。お怒りはごもっともです」と誤ったので、女は許してやった。

その後、この女の力がどの程度のものか試してみようということで、その船を五百人で引かせたが、動かなかった。それで、この女の力は五百人の力に勝ることを知ったのである。
これを見聞きした人は不思議なことだと思い、「前世にどのようなことがあって、現世で女の身でありながらこんなに力があるのだろう」と話し合った、
となむ語り伝へたるとや。

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