雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天狗を祭る法師 ・ 今昔物語 ( 20 - 4 )

2024-09-08 13:10:44 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 天狗を祭る法師 ・ 今昔物語 ( 20 - 4 ) 』


今は昔、
円融院の天皇が長らく御病であられたので、さまざまなご祈祷が行われた。
中でも、御物の怪の仕業だということで、世間で験力があると知られた僧を数を尽くして召して、御加持を行わせたが、まったくその効験がない。

その為、天皇はたいそう恐れていらっしゃったが、ある人が「東大寺の南に高山(カグヤマ・春日山の南腹にある香山のこと。大和三山の香具山とは別。)と言う山があります。その山に、仏道を修行して、長く住んでいる聖人がいます。長年の修行の功績が積もり、野を走る獣を加持の力で止まらせ、空を飛ぶ鳥を加持の力で落すことが出来ます。その聖人を召して、御加持を行わせれば、必ずその効験がございますでしょう」と奏上した。
天皇はこれをお聞きになって、すぐに召し出すよう仰せになり、使者を遣わせて召すと、使者と共に参上した。
その参上する途中、奈良から宇治までは、空から様々な花を降らせながらやって来たので、それを見る人々は、たいそう貴んだ。ところが、宇治から北では、花が降ることがなかったようだ。
やがて、内裏に着くと、御前に召して御加持を行ったが、その後、幾ほどもなくして、御病は掻きぬぐうように平癒なさった。

ところで、以前から御祈祷を勤める高僧たちが多数いた。その人たちによって、五壇の御修法(ゴダンノミシュホウ・悪魔退散などを祈祷する密教修法。)が行われていたが、その中に、広沢の寛朝僧正(カンチョウソウジョウ・宇多天皇の孫に当たる。)が中壇の僧として、当代の高僧と言われる方々と共に行われたが何の効験もなかったのに、この高山の僧が参内して御祈祷を勤めると、たちまち平癒なされたので、「不思議な事だ」と皆が思っていたが、余慶(ヨキョウ・のちに天台座主に上る。)僧正は当時律師であったが、金剛夜叉の壇を受け持っていて、中壇の寛朝僧正に、「私たちは仏に頼み奉って、仏法を修行し、皆長年励んできました。その者たちが心を尽くして、毎日毎日御加持を勤めましたが、全く効験がございませんでした。ところが、あの法師はどういう者なのか、たちまちその効験が現れました。たとえ、その霊験が私たちより勝っているとしても、私たち大勢の力が、彼一人に劣っているとは考えられません。いわんや、いかに優れていても相当の時間をかけて、霊験は現れるはずで、納得できません」と話した。

そこで、御加持を奉仕するついでに、あの法師が座っていた所に行き、皆が心を合わせて渾身の力を込めて一時(ヒトトキ・約二時間)ばかり加持を行った。
あの高山の僧が座っていた所には、几帳を立て廻らせて、その内に座らせていたが、高僧たちが心を尽くして加持すると、あの僧がいた几帳の内側で、何かがバタバタと音を立てるので、「何の音だろう」と皆が思っていると、にわかに犬の糞の臭いが、清涼殿の内いっぱいに広がり、とても臭いので、伺候していた人々は、「これは、いったいどういう事だ」と騒ぎ立てた。
この加持していた高僧たちは、「思った通りだ。これは何かわけがあるぞ」と思って、このように怪しいことがあるので、一段と心を励まして、それぞれが長年の修行の力を頼みとして加持を続けた。

すると、あの法師が、突然几帳の外に仰向け様に投げ出されてきた。
上達部(カンダチメ・上級貴族)や殿上人などはこれを見て、「これは、どういう事だ」と不審に思った。天皇も驚かれる。
法師は、投げつけられ、激しく打ちのめされた後、「お助け下さい。この度だけは、命を助けて下さい。私は、長年高山に住んで、天狗を祭る事を専らとして、『しばらくでも人に貴ばれるようにさせて下さい』と祈ってきましたが、その効験が有り、このように召し出されました。このような目に遭うのは当然でございます。今はすっかり懲りております。どうぞお助け下さい」と、大声で泣き叫んだので、加持していた高僧たちは、「そのようなことであろう」と言って、皆喜んだ。

天皇はこれをお聞きになって、「速やかに捕らえて獄舎に入れよ」とお命じになったが、その後、「すぐに追い払え」との仰せが有り、追い出されると、法師は大喜びで、逃げ出し姿を消した。
これを見ていた人たちは、嘲笑し、また憎んだ。
御病をお治しした時は、仏のように貴ばれたが、追い出される時はまことに悲しそうであった。

されば、このような者を祭る者は、一時は霊験あらたかなようではあるが、結局は化けの皮を剥がされるのだ。
それにしても、このように加持し正体をあばいた高僧たちを、世間の人たちは尊んだのである。
その後、あの法師がどうなったのか、その様子を知る人はいない。あの高山で天狗を祭った所の跡は、今も残っている、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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