雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百二十一回

2015-08-05 11:05:27 | 二条の姫君  第四章
          第四章  ( 九 )

鎌倉の新八幡の放生会という行事があるということなので、行事の有様を知りたいという姫さまのご希望で出掛けました。
そうしますと、将軍が御出仕なされる有様は、鎌倉という所にしては、なかなか威厳ありげでございます。
大名たちは、狩衣で出仕している者や、直垂を着ている者、帯刀とやらいう役柄の者など、皆思い思いの姿なのも珍しいうえに、赤橋という所で、将軍が車からお降りになる際、公卿や殿上人が少々御供している有様などは、あまりにも卑しげにも、みじめたらしくも見えました。

平左衛門入道と申す者の嫡子平二郎左衛門が、将軍の侍所の所司ということで参った有様などは、物にたとえれば、関白などの御振る舞いのように見えました。なかなか、堂々としたものでございました。
流鏑馬(ヤブサメ)や、盛大な祭礼の作法や有様などは、見たところで何にもならないだろうとのことで、そのまま帰ることにしました。

そのようなことがあって幾日も経たないうちに、「鎌倉に事件が起こるだろう」と人々がささやくのが伝わってまいりました。
「誰の身の上に変事が・・」
などと、密やかに噂しあっているようでしたが、
「将軍が上洛するらしい」
という話が真実らしく聞こえてまいりました。
もし、それが本当だとすれば、由々しきことのように思われます。
小町殿にとっては一大事ですし、姫さまにも、全くご縁のない世界の話ではございませんから、早速様子を窺いに行くことにしました。

御所近くまで参りますと、
「たった今、御所をお出になる」
と、人々はすでに声高に話しているのです。あまりにも急なことで、ただ事でないと思われます。
そして、対の屋の端には、見るからに粗末な張り輿が寄せられているのです。
 
丹後二郎判官という者らしい人物が、上から指令されたのであろうか将軍をその輿にお乗せしようとしているところへ、相模守貞時の使者として平二郎左衛門がやってきました。
そうすると、先例だということで、「御輿を逆さまに寄せよ」と指示が出されました。
さらに、将軍がまだ御輿にすらお乗りになっていないのに、はや寝殿には、小舎人(コドネリ)という身分の低い者たちが集まっていて、わら沓を履いたまま御殿に登って、御簾を引き下ろしたりするのですから、ひどくお気の毒で正視できない有様でした。

そのような慌ただしい中を、御輿がお出になったので、女房たちはそれぞれが輿に乗るなどということもなく、物を被るまでもなく、
「御所様は、どこへお出になられたのですか」
などと言って、泣く泣く出て行く者もいます。
大名などで、将軍に親しい感情を抱いていると思われるものは、若党などを供にして、暮れゆくうちにお見送りされるのだろうかと思われる者もいる。
人々が、思い思い、心々に将軍と別れる有様は、何とも申し上げようもございません。

     ☆   ☆   ☆





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