緑陰茶話   - みどりさんのシニアライフ -

エッセイとフォト

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薪能を鑑賞

2024年08月06日 | 謡曲
最近は暑すぎてどこにも行きたくありません。
でも以前からの予約や約束でお出かけする日が連日続いています。
おかげで首まわりやら脇の下やら背中やらに、かつて経験したことないほどの汗疹ができました。
連日体温以上のところに出かけ、水をかぶったみたいに大量の汗をかき、出先だからすぐにシャワーを浴びずにそのままでいるから仕方ありません。

実はあまり行きたくなかった場所に近所の神社の薪能がありました。
その神社の薪能、毎年7月に行われるのですが、もう50年くらい続いています。
さすがにコロナの頃は中止されていましたが復活しました。
コロナ以降、各地で行われていた薪能は無くなってしまったところが多いのだそうです。
でも、この地域は結束が強いのか当然のように再開することになったそうです。

その神社の薪能に、私は20代の頃に一度観に行き、懲りました。
見どころであるプロの能楽師さんが演じる狂言やお能は一番最後の演目になります。
遅く行くと人が多すぎて肝心のお能が始まっても見えないのです。
ですから早く行ったのですが、能楽を習っている子供達の仕舞を延々と見せられ、その間、暑いし、ずっと立ちっぱなしだし、とても疲れたのでした。(早く行っても座れない(´;ω;`))

今回、お茶の先生に薪能を観に行くのか聞かれて、20代の頃の経験を話して観に行くつもりはないと答えました。
すると先生は「じゃあ私についてきなさい」と言いました。
先生はその神社と関係が深いので、来賓席が用意されているとのことでした。
お断りする理由がありません。
お茶友達で着物友達のMちゃんも、今までお能を見たことがないとかで一緒に行くことになりました。

その日、家で軽く食事した後、午後6時に神社で待ち合わせしていたので、自転車で10分足らずの神社に行き合流しました。
能舞台周辺を見ると、私が20代に見た記憶とずいぶん違っていました。
一般席の椅子席も余裕があり、6時くらいに行っても座れるみたい。
後で聞けば、見に来る人が少なかったとのこと。

舞台は神社内の野外舞台である舞殿で行われます。
私達は先生に連れられ来賓席に座りましたが、それも一番前のど真ん中。
いわゆるかぶりつきで、相撲の桟敷で言えば砂被り。

座った時は子供達の仕舞が順番に始まっていて、それが終わると大学生の仕舞、次は一般の方の仕舞と続きます。(だんだん上手になるのが分かります。特に90代の方の仕舞は風格を感じました)

その後、プロの能楽師による狂言の「附子(ぶす)」が演じられました。
Mちゃんは観ながら大笑い。先生もつられてか大笑い。
私、内心『そこまで笑わんでも・・・』。
Mちゃんはともかく、先生は「附子」がどんな話か知っていらっしゃいます。
先生曰く「知ってても役者さんの演技が巧いから笑ってしまう」んだそうです。

そしていよいよ薪能の始まりです。
市長さんの挨拶の後、火入式です。
一番前なものだから薪に近く、ただでさえ暑いのに熱気で暑い。
辺りもだんだん暗くなってきました。

その日のお能の演目は「羽衣」でした。
薪だけでなく舞台になっている舞殿の中にも灯りがついていて、それを目掛けて虫が舞台の中を飛び回ります。
蝉はずっと鳴いていたのですが、クマゼミの声はいつの間にか聞こえなくなり、アブラゼミの声ばかり聞こえます。

演目が終わる頃には薪の火は消えていました。
見ていて羽衣の天女の舞ってこんなに長かったかなとなんだか疑問。
(私が「羽衣」を観るのは二度目。)
終わった後、Mちゃんも「天女の舞が長かった」

舞台の写真もビデオも禁止されていましたが、火入式の時はスマホで写真を撮っている人はたくさんいました。
私は先生が側にいたこともあり写真は撮りませんでした。
帰る時、終わった舞台の写真だけ撮りました。



一番前の席で座ったままじっくり観られたのは良かったです。
お茶の先輩の一人は遅くに来て、やはり立ち見でよく見えなかったと後で聞きました。