りなりあ

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指先の記憶 第四章-35-

2013-06-14 22:30:01 | 指先の記憶 第四章

「あの時ね、私と小野寺君、チョコレートケーキを食べていたの。」
安易に想像できる光景に、私の緊張感が少なくなる。
「瑠璃ちゃんが松原君に質問していて、その内容は私には難しくて、先にケーキを食べようって誘ったら、凄く鬱陶しそうに松原君が私を追い払うように手を振ったのを今でも覚えているもの。それも無言でだよ?目も合わさずだよ?」
その光景も間単に想像できた。
「だから、小野寺君と2人だったと思う。」
凄い根拠だけど、納得できる。
「もしかしたら、小野寺君は話を聞いていなかったかもしれないし、覚えていないかもしれない。でも、もし知っていたら」
杏依ちゃんが、まっすぐに私を見た。
「好美ちゃんが話してくれるのを、待っていると思うよ?好美ちゃんは、小野寺君のこと、良く分からない人だな、って思っている?」
杏依ちゃんの問いに頷いた。
「小野寺君は、物の見方とか考え方とか、ちょっと違うところがあるけれど。」
それは杏依ちゃんも。
「好美ちゃん、小野寺君が絵を描くの、知ってる?」
「うん…ノートの端っことか。」
勉強を教えてもらっていた時、弘先輩が色々と描いていたし、部活で弘先輩が座り込むと、周囲の地面に色んな模様を描いて、弘先輩に声をかけるには、その絵を壊さなきゃいけない状態になっていたりする。
「油絵も描くのよ?」
「そうなんだ…」
母屋に突入した日、父の絵をきれいだと表現してくれた弘先輩を思い出す。
「今度、見せてもらったら?」
杏依ちゃんは、とても嬉しそうで、どうして彼女が、そんなに喜んでいるのかが分からない。
「だからね、康太君。小野寺君に話すのは好美ちゃんで」
「その他の先輩は、俺が担当、ってことですか?」
兄は投げやりな口調だ。
杏依ちゃんは、晴己お兄様の忠告を今も無視している。
「松原先輩に話すのは凄く憂鬱なんですけれど。原因は俺にあるって、ちゃんと分かっていますし気にしても仕方がないって分かっていますけれど。俺は晴己さんのことを尊敬していますし、松原先輩のことも尊敬していて。」
兄が大きな溜息を出している。
「康太君。」
杏依ちゃんの声が、少し強い響きを持つ。
「松原君を悪く言わないで。」
「悪くなんて言っていませんよ?尊敬しているって言っているのに?」
「松原君が凄く器の小さな人間に聞こえる。」
杏依ちゃんが目を伏せた。
「そんな人じゃないよ。私は嫌な思い、いっぱいさせてしまったのに、勝手なことばかり言ってしまったのに。」
それも全て彼女は自分で分かっている状態。
「それでも、私と友達でいてくれている。」
2人が付き合うのは時間の問題だと、ファンクラブでは認識していた。
松原英樹が香坂杏依を好きなのは一目瞭然。
杏依ちゃんが気付いていないのも簡単に判断できた。
でも近い将来、そう思っていた。
まさか新堂晴己が現れるとは誰も思っていなかったから。
「それに瑠璃ちゃんは、小さな時から、ずっと私の大切な友達なの。これからも、それは変わらない。晴己君だけじゃなくって、直樹さんにも哲也さんにも大輔さんにも、物怖じしないし、晴己君達も、瑠璃ちゃんには1歩引いちゃうところがあるのよ?」
私が倒れてしまった日。
瑠璃先輩が哲也さんの手を払いのけていたのを思い出す。
そして、それに哲也さんは従っていた。
「私の我侭に、ずっと付き合ってくれた人達で」
自覚があるのは素晴らしいとは思うけれど、ありすぎるのも問題なのかもしれない。
「新堂とか、全然気にしていないと思う。」
解釈は様々だろうけれど、新堂という存在に浮かれていない、というのは分かる。
「私の友達、少々のことでは堪えないよ?だって免疫あるもの。」
その免疫は杏依ちゃんが原因なのに。
「自分達が嫌だなって思っても、面倒だなって思っても、力になってくれる。それに、ずっと頼って甘えてきたのは私だけれど。でも、松原君と瑠璃ちゃんなら、きっと康太君と好美ちゃんを支えてくれる。学校も部活も、今までと変わらず楽しいよ。」
そう言われても、頼って良いのか、と考えてしまう。
これは私達2人がどうにかしなくてはいけないこと。
松原先輩と瑠璃先輩を頼りきっている杏依ちゃんの言葉は、無茶苦茶な気がする。
その無茶苦茶を哲也さんに求めてしまったことを、改めて悔やんだ。
「甘えるのが許される時も、あるのよ?」
杏依ちゃんに言われても説得力がない。
「康太君は、もっと人に頼っていいと思う。」
あっさりと発言された言葉。
きっと、今まで色んな人が兄に言いたかっただろう。
でも、言えずにいた。
晴己お兄様でさえ、康太が望むのなら、とか言っていたのに。
「私の友達、信じてあげて。」
その言葉が、私の心に舞い降りてくる。
黙っていることも考えていた。
話したとしても、私達が兄妹だったことだけを伝えて、細かい内容は必要ない気がしていた。
強がりとか、見栄とか、そんなものがあったような気がする。
時には、それは必要だけれど、時には不要な時もあるのかもしれない。

◇◇◇

自宅に到着すると、庭に人が多かった。
壊れていた外灯が多かったけれど、それは修理されていた。
室内の修理は、私の帰宅を待っていてくれたようで、響子さんが室内に家政婦以外の人を入れて良いのかと確認してくれた。
大丈夫だと答えると、明日から修理が始まると告げられた。
「響子。張り切りすぎ。」
母屋の玄関で靴を脱ぎながら、兄が響子さんを少し責めた。
「好美で遊ぶな。前みたいに、ちょっと放置しておくぐらいで充分なんだよ。」
着付けを響子さんがしてくれたこと、兄は気付いていたようだ。
「だって楽しいもの。私、これからは本気出すから。」
兄が嫌そうに響子さんを見た。
すごくあっさりと、この場で私の名前を呼んだ兄に戸惑いながら草履を脱ぐ。
「雅司君、帰ってきているわよ。裕さんと…ちょ、ちょっと好美ちゃんっ。着物姿で走らないでぇーっ!」
響子さんの叫び声を背中に聞きながら、私は母屋の廊下を着物の裾を邪魔に感じながら出来る限りの足幅で離れへと向った。



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