りなりあ

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指先の記憶 第二章-47-

2010-02-27 12:52:56 | 指先の記憶 第二章

闘志を阻害されて、私は哲也さんを見上げた。
「康太の言うとおりだ。好奇心で妙なことを覚えようとするな。頭で考える前に逃げろ。」
「だって」
この状況で逃げる必要はないと思う。
本気で大輔さんに危害を加えられる訳はないし、他にも人がいる訳だし。
「言い訳をするな。勝手なことをすると祥子さんに迷惑がかかると思わないのか?」
祥子さんの名前を出されて、私は視線を伏せた。
「えぇ?祥子ちゃん?好美って祥子ちゃんに護身術習ってるんだ?」
この人に、“好美”と呼ばれる覚えはない。
「姫野。そんな事、俺に言わなかっただろ?」
須賀君の声が焦っていた。
「色々と出来るようになってから、いきなり須賀君に攻撃とかしたら、驚くかなぁっと思って。」
「そんな低年齢な考え方をするな。それに、攻撃が目的じゃないはずだ。」
大きさを抑えた声だけれど、須賀君の声は怒っていて、嫌悪感に満ち溢れていた。
哲也さんに阻止されなければ失敗せず、須賀君は褒めてくれたかもしれないのに。
「祥子って、目黒祥子?」
瑠璃先輩が問う。
「あーぁ。絵里も何を考えているんだか…好美を祥子ちゃんに会わせて、こんなことまで教えて?」
大輔さんの言葉に、私は眉をひそめた。
「嫌がっているぞ。大輔。」
哲也さんが、少しだけ笑う。
それは決して素敵な笑顔ではない。
楽しそうとか、幸せそうとか、そんな感じではない。
例えるなら、私の家庭教師を願い出た絵里さんが面白そう、と言った時と似ていた。
「決まりだな。大輔は他を探せ。」
「えー…意外。」
大輔さんが体を屈めて私の顔を見る。
「タイプなんだけどなぁ、姫野家の顔はツボなんだよ、俺には。でも、哲也が決めたのなら仕方がないし。二年待って幸い、だな。良かったじゃん好美。哲也に選んでもらえて。俺にも哲也にも選んでもらえなかったら、新堂が選ぶ男にしなくちゃいけないし、新堂と遠い位置にいる奴だと面倒だしさ。」
大輔さんの言葉を私は理解しようとした。
でも、この人が何を言っているのか、全く分からない。
「あー、そっか。知らないんだっけ?ほら、さっき言っただろ?ここにいる人達なら話が早いって。新堂晴己の婚約者候補だった女性達がどうなるか。」
「従弟である、あなた達が婚約者候補の中から自分達の婚約者を選ぶ、ですよね。」
答えたのは瑠璃先輩。
「大正解。」
「だから、それは…倉田直樹さんが笹本絵里さんを選んで」
「で、言ったように、俺達はまだ選んでいない。」
大輔さんの言葉を聞いた瑠璃先輩が、視線を私へと向ける。
「好美本人が認識していないとしても、彼女が晴己の婚約者候補だった事は周知の事実。昔から、笹本家・桐島家・姫野家の女性は必ず新堂の跡継ぎの婚約者候補として育てられる。」
桐島?
明良君の姓だ。
「晴己が婚約者を決めても俺達は動けなかった。相手は身内を亡くしたばかりの中学生。こっちに引き取る話も出ていたけれど、それは色々と面倒なことがたくさんあって。」
どうして私が、この人達に引き取られなきゃいけないの?
「時間が過ぎるのを待っていたら…いつの間にか絵里が好美に近付いていた。それで、このまま放っておくわけにはいかない、となった訳。分かった?」
「分かりません。」
私は、自分でも驚くくらい、はっきりとした声を出した。
「だろうな。大輔は事実の半分も話していない。」
見ると哲也さんが、また小さく笑う。
「他の余計なことなんて知らなくていい。俺が姫野好美を婚約者として選んだ。それが事実だ。」
感情のない哲也さんの声は、私の心に何も響かない。
「だから?」
息を吐き出して私は哲也さんを見上げた。
「あなたが私を選んだ、だから何だって言うんです?それに従わなきゃいけないんですか?」
哲也さんが少し首を傾げた。
「拒否する権利は君にはない。」
「どうしてですか?」
「どうして、だろうね。でも、事実を知れば納得すると思うよ。」
「でも、その事実は私には話せない。そういうことですよね?」
哲也さんが私から一瞬だけ目を逸らして、そしてまた私を見る。
「話せないよ。今は。でも」
哲也さんの表情に、小さな感情が見えた気がした。
「君には家族のことを知る“権利”がある。」
その言葉は、まるで命令を下すかのように、私の心に響いた。