りなりあ

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指先の記憶 第二章-46-

2010-02-26 22:43:13 | 指先の記憶 第二章

倉田直樹さんは、私の名前を知っていた。
そして桐島明良君が雅司君の名前を知っていたことも思い出す。
目の前の人が、どうして私の名前を知っているのか問うべきなのかもしれない。
「やめてください。」
須賀君の声が震えている。
「それなら、康太に俺達の事を紹介してもらおうかな?」
私は目の前の人を見上げた。
自己紹介くらい構わないのに。
というか、ちゃんと自己紹介して欲しい。
「康太。知り合いなのか?」
松原先輩の声に、私は振り向いた。
松原先輩と弘先輩、そして由佳先輩は心配そうな視線を向けていた。
だけど、須賀君は何も答えず、俯いてしまった。
「康太は、うちのテニスクラブ出身。」
明るい声の人が、須賀君を指差した。
「須賀君を勧誘に?」
「違うよ。康太を勧誘しても無理だって事は分かっているから。」
瑠璃先輩の問いは、あっさりと否定される。
須賀君がテニスをしていたなんて初耳で、また私の知らない彼の過去が出てくる。
「俺達の今回の目的は、彼女。」
今度は私に指が向けられる。
「私?テニスの経験はありません。」
体育の授業で、ちょっと経験しただけだ。
「テニスじゃないよ。」
状況の分からない私に反して、その人は爽やかな笑顔を向ける。
それが強張った表情をしている須賀君と違い過ぎて、私は少し苛々とした気持ちになった。
「ここにいる人なら察しがつくと思うんだけどなぁ?杏依さんと付き合っていると偽った松原英樹君と、そのお友達なら。だよね?」
明るい声とは対照的な、冷たい緊張感が部室内に漂った気がした。
「あの時、説明したよね。新堂晴己の婚約者候補達がどうなるのか。」
「直樹さんが笹本絵里さんを選びましたよね?」
「瑠璃さん。“候補者達”だよ。絵里だけじゃない。」
「ですから、その候補者達の中から、哲也さんと大輔さんも選んだんでしょう?」
「俺達は、まだなんだよねぇ。」
「まだ?」
驚いた声を向けたのは、須賀君だった。
「だってさぁ、誰でも良いって訳じゃないしさ。俺にも選ぶ権利はあるし。」
「…大輔さんは1人に決められないだけでしょう?」
「なんだよ。康太。酷いこと言うなよ。」
須賀君の態度が変わって、なんとなく和気藹々、みたいな感じで会話をしている須賀君と“大輔さん”と呼ばれた人。
そんな2人を見ていた私は視線を感じた。
表情のない人だと思った。
冷たい視線と、緩むことのない表情。
瑠璃先輩は彼のことを“哲也さん”と呼んでいた。
「想像以上。」
冷たい声が頭上から降ってくる。
「“姫野家”の血が、ここまで濃く表に出るとは。亡くなった“おばあさま”に似ていると君自身も思うだろう?」
祖母の事を知っている?
「ホント、そっくりだよなぁ。これは今後が怖そう。」
大輔さんが私へと手を伸ばすのを、須賀君も瑠璃先輩も防げなかった。
「でもさ、ここまで似ていると誰も疑問に思わないよな。明らかに姫野の血が流れている。だよね、哲也。」
大輔さんの手が私の手首を掴もうとする。
「…え、おいっ!」
この人に手加減なんてしなくて大丈夫。
私よりも体が大きい、大人の男性。
私が精一杯の力を込めても、絶対に勝てない。
「姫野?」
「姫野さん?」
須賀君と瑠璃先輩の驚いた声。
「ちょ、ちょっとストップ!分かった分かったから。」
大輔さんの声を聞きながら考える。
手首を回したら、次はどうするんだっけ?
まぁ、いいかな。
深く考えなくても。
この状況で“失礼な態度”なのは、哲也さんと大輔さんだ。
私は遠慮なく、大輔さんの腹部めがけて足を上げた。
「え?」
でも、上げたはずの足は空中で止まる。
「康太。何を教えているんだ?」
哲也さんが私の膝を掌で受け止めていた。
大輔さんの手首が私の手から離れて、私は仕方なく足を床に下ろす。
「俺じゃない。俺じゃないです!」
須賀君が首を横に振っていた。
「姫野。どこで覚えたんだよ、そんな事。見よう見まねでしたら姫野が怪我するぞ。」
せっかく実践のチャンスだったのに。
なんだか、損した気分。