りなりあ

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指先の記憶 第二章-44-

2010-02-19 14:53:12 | 指先の記憶 第二章

「松原先輩?」
この人を見上げるのは首が痛い。
そう思っていたら、先輩が少し体をかがめてくれた。
というか、私に顔を近づけてくるから、松原先輩のまつ毛の一本一本が綺麗に見える。
そんな距離に近づいてきた“学校のアイドル”の顔を見ながら、私は首を傾げた。
「姫野さぁ…。」
「はい?」
間近で見ると、やっぱりカッコイイ。
こんな機会は滅多にないと思うから、しっかりと見ておこう。
「髪型変えた?」
「はい。」
当然の事を聞かれて、私は即答した。
少し髪を切ったとか、そんな程度ではなく、私の髪型は明らかに変わっていた。
須賀君達がカレンさんの家を出た後、私は響子さんに、彼女の実家が経営する美容院へと連れて行かれた。
少し癖のある髪を自分でまとめることが私は苦手で、そして思うように整わない。
肩よりも少し長めの髪を束ねるだけだった。
だから特にこだわりなどなく、響子さんに髪を切りたいと言われても、練習になるのなら、どうぞ、そんな軽い気持ちだった。
それなのに。
響子さんがカットした私の髪は、ゆるやかな軽い癖を残して、私の輪郭を囲んでいた。
鏡の中の自分を見た瞬間、記憶が弾けた。
古い昔の写真。
幼い頃に綺麗だと思った、祖母の若い頃の写真。
あの頃の祖母の年齢に私は近づいていた。
「痩せた?」
「そうですねぇ…たぶん痩せたと思います。でも体重は変わってませんよ。」
響子さんは、次から次へと私に“友人”を紹介した。
「日焼けとかしないのか?」
松原先輩の指が一本、私の頬に軽く触れた。
「日焼けしないように注意してます。私、日焼けすると肌がボロボロになっちゃうので。」
それだけは小さい時から祖母に言われていた。
でも、祖母が亡くなった後は、日焼けする夏だけを気にしていて、響子さんが言うには、私の肌は凄く硬くなっていた、らしい。
一週間で自分でも分かるくらい随分と肌の調子が良くなったから、このまま手を抜きたい気もする。
でも、響子さんが今度遊びに行くね、と言っていたから、手を抜いていたのを知られると注意されるから気を抜けない。
「姫野。」
ようやく、松原先輩の顔が私の目の前から離れていく。
「はい?」
「姫野って」
松原先輩が少し眉間に皺を寄せた。
「誰かに…似てるよな?」
似ていると言われるのは、今回が初めてでは、ない。
「英樹。また言ってるの?」
由佳先輩を見ると、彼女は小さな溜息を出していた。
「前から言うのよね。“誰か”に似ていても変じゃないわよね。雰囲気の似ている人に会ったことがあるだけかもしれないし。」
「そうだけど…これだけ綺麗な顔だったら覚えてるぞ?」
松原先輩が、また私の顔を覗き込んだ。
「その髪型やめて、もっとボッサボサにしたほうがいいぞ。」
「…嫌です。気に入ってるのに。」
松原先輩の無茶な提案に、私は反論した。
「夏休みが終わって授業が始まって、生徒が増えたら厄介じゃないか?」
「だったら松原先輩も髪型ボッサボサにしたらどうですか?服装も乱れて、姿勢も悪くて、いっつも不機嫌そうな顔をしていたら、ファンクラブなんて、すぐに解散ですよ。」
「そうだよね。」
由佳先輩が笑う。
「俺は男だからいいんだよ。姫野はいいのか?呼び出されたり、後を付けられたりするぞ?」
「ありませんってば。そんなこと。」
「あるって、これから。分かってるのか?姫野。」
松原先輩の両手が私の頬を包んだ。
「この髪型が、すっごく姫野に似合っていて、若干太り気味だった体が健康的に痩せて、荒れてた肌が元々の色白に戻って」
「褒めてるんですか?それとも嫌味ですか?」
松原先輩の両手が私の頬から離れ、そして彼の右手が私の頭上に置かれた。
「夏休み楽しかったみたいだな。」
視線をあげて、松原先輩を見た。
「姫野の明るい表情って、俺は初めて見たかも。」
大阪では、起きてから眠る時まで、常に誰かが隣にいてくれた。
馴染めるとか考える間もなく、私は彼らの輪の中にいた。
髪も指も爪先も服も、そして私の心まで。
響子さんと、その“友人達”は、私に色んな事を教えてくれた。
笑っても良いのだと、そう思わせてくれた。
そして、彼らが須賀君の事を良く知っていて、だから私は凄く心を許すことができた。