りなりあ

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指先の記憶 第二章-45-

2010-02-23 00:25:16 | 指先の記憶 第二章

自分の事を好きになればいいのに。
響子さんに最初に言われた時は、意味が分からなかった。
でも、きちんと私自身が自らを見ないと、須賀君が言ったように“自分で自分を護る”事はできないのかもしれない。
「帰ろうか。姫野。」
松原先輩の手が私の頭上から離れるのを残念に思いながら足を進めた時。
「英樹。」
弘先輩が、私と松原先輩の前に立った。
「英樹。僕」
弘先輩が私の手からカバンを奪う。
「姫野さんと付き合う。」
「…弘?」
「弘君?」
松原先輩と由佳先輩の声を聞きながら、私は弘先輩が持つ自分のカバンを見た。
「弘君。そんなこと英樹に宣言してどうするの?姫野さん本人に聞かなきゃダメでしょ?」
「姫野さん、どうする?僕と付き合う?」
「………え?」
視線をあげて弘先輩を見て、そして松原先輩と由佳先輩を見た。
「弘。もうちょっと緊張感を持ったほうが良いと思うぞ?」
「そうかなぁ?」
「弘君。姫野さん驚いているわよ。ちょっと突然過ぎだと思うわ。」
なに、これ。
私を置いて、3人は会話を繰り広げていく。
緊張感がない、確かにそんな感じだ。
「…帰るか、由佳。俺達がいても仕方がない。」
そう言った松原先輩の腕を、私は思いっきり掴んだ。
「…姫野。意外と力が強いんだな。」
慌てて手の力を緩めたけれど、放す訳にはいかない。
再び力を込めようとした時、ドアが外から開けられた。
「弘先輩戻っていたんですか?」
不機嫌な須賀君の声。
「…何してるんですか?」
部室内を見渡して、須賀君が怪訝そうな表情をした。
私は咄嗟に松原先輩の腕を放して、弘先輩から強引にカバンを奪うと、須賀君のもとへと走った。
「姫野?」
不思議そうな須賀君の声に答えずに、彼の背中に隠れる。
「あー…そっか。姫野って康太の彼女だっけ。」
「「違います。」」
2人揃って否定する。
松原先輩に否定するのは、これで何度目だろう。
「本当に違うんだ?」
「違います。それが何か?」
須賀君の声は相変わらず不機嫌だ。
今朝は、そんな事なかったのに。
「弘が、姫野さんと付き合うって言うから。」
「…え?」
須賀君が振り向いて、背後の私を見た。
その視線を受けて、私は首を何度も振る。
「弘君がね、いきなり言い出したのよ。一方的に。だから今、姫野さんの意見を聞かなきゃダメよ、って言っていたの。」
「だったら姫野、答えればいいだろ?」
また振り向いた須賀君に言われて、私は彼を見上げ、そして目を伏せた。
状況が分からず、何をどう答えれば良いのか分からない。
頭の中を整理しようと思っていたら、背後のドアが開けられて、驚いた私は須賀君の背中にしがみついた。
「待って下さい!どうして?何の用があるんですか?」
その声は瑠璃先輩。
「視察だよ。ちゃんと許可も貰っている。うちのテニスクラブに勧誘しようと思って。」
「ここはテニス部じゃありません。」
須賀君の左腕が私の体を引き寄せる。
「テニス部は終わったよ。何人か興味を示してくれて、今度練習試合するんだ。そうだ、瑠璃さんも観に来れば?」
瑠璃先輩と男性の声。
「それなら、もう用事は済んでいるんですよね?」
声を荒げている瑠璃先輩を不思議に思いながらも、私は須賀君の腕に、しっかりと包まれていた。
「懐かしい面々だねぇ。これなら早く済みそうだ。」
弾むような明るい声。
「康太。」
相手の声は明るいのに、須賀君の腕は震えている。
「直樹に会ったんだって?」
知っている人の名前が出て、私は須賀君の腕の中で少し体を動かした。
「絵里に先手を打たれて、こっちは正直焦ってるんだよね。」
力を込めて須賀君の腕から抜け出た私は、男性が2人だということに、初めて気付く。
「知っている人なの?」
見上げた先の須賀君の視線は、私を見てくれない。
「ねぇ、須賀君。」
「“須賀君”か…。」
冷たい声が私の耳に届く。
その人は、今まで一度も声を出さなかった人。
「自己紹介したほうが良さそうだね。姫野好美さん。」
一歩私へと近付いた人を見上げて、どうして私の名前を知っているのか不思議だった。