りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

指先の記憶‐46

2008-09-13 00:29:05 | 指先の記憶 第一章

斉藤病院を訪問した日から、私の気持ちは予想以上に軽くなった。
高校合格の実感も大きくなり、新しい制服を試着して嬉しくなる。
教科書達は私の気持ちを少し不安にしたけれど、心強い“先生”が隣に住んでいるし、私は新生活が楽しみだった。
でも、入学式前日に須賀君の“新居”を訪問した私は、溜息を出した。
須賀君が施設から運んだ荷物は、それほど多くはなかったのに、新しい部屋は多くの荷物で溢れていたからだ。
「大丈夫?須賀君。カレンさんの荷物、隣の部屋に移動するって言ってたよね?」
「移動したよ。」
でも、段ボールが積み上げられている。
「じゃ、これ、須賀君の荷物?」
「そうだけど?配達で届いたから。」
「ふーん…。何?服、とか?」
問うと面倒そうにカッターを渡されて、どうやら私に開けろと言いたいようだった。
そこまでして中身を確認したくはないけれど、ひとつぐらい、そう思ってダンボールの蓋を閉じているテープをカッターで切る。
蓋を開けると、中には本が詰まっていた。
それは難しそうな本ばかりで、日本語じゃないものもあって、そして、新しいわけではないみたいだった。
「貰ったんだよ。」
「全部、本、なの?」
「だろうな。」
須賀君は私の問いに適当な感じで答えて、メジャーを取り出した。
「なに…測ってるの?」
「本棚、必要かな、と思って。でも、まぁ、いいか。あの家に返せば。姫野は?読む?」
読めないと思うし、読みたくないし。
でも、断ると小言を言われそうな気がして、私は何冊かの本を手に取った。
なるべく薄そうな本を探す。
「あれ?」
私は一冊の本を取り出した。
「須賀君。」
「なに?」
須賀君は床や窓のサイズを測る作業を続けていて、私を見てくれない。
「須賀君。これ…、私も持ってるよ?」
振り向いた須賀君に本を見せる。
「あぁ…それ?その程度なら、姫野でも読めるよな?」
読めるよ。
だって、絵本だから。
「この絵本って…本当は、こんなに綺麗なんだ。」
私が持っている絵本は、色褪せていて、少し黒ずんでいるのに。
「こんにちはー。」
階下から声が響いてくる。
「康太君、いる?好美ちゃんはー?」
「えぇ?杏依ちゃん?」
私は部屋を出て階段をおりた。
玄関のドアを開けると、杏依ちゃんが満面の笑顔で立っている。
「どうしたの?杏依ちゃん。」
「あのね。新婚旅行から帰ってきたの。好美ちゃんの家、お留守だったから、こっちかなぁと思って。」
「あー…そっか。そうだよね。杏依ちゃん結婚したんだよねぇ…。」
実感がない。
新婚旅行という言葉が、この人には似合わない。
「今ね、松原君の家に行ってきたの。そうしたら康太君が引越した事を聞いて。あぁ、そうだ。これ、預かってきたの松原君から。参考書だって。」
そして杏依ちゃんは、一冊の本を私へと差し出した。
「香坂先輩。どうぞ。」
いつの間にか1階におりて来ていた須賀君が、私の後ろから杏依ちゃんを誘う。
「おじゃましまーす。」
何の抵抗もなく、断ることもなく、杏依ちゃんは靴を脱いだ。
今みたいな感じで、彼女は松原先輩を訪問したのだろうか?
杏依ちゃんには繊細な複雑な感情など皆無な気がして、私は久しぶりに松原先輩を哀れんだ。
でも、そんな松原先輩にも変化が訪れていることは、既に私の耳に届いていた。

杏依ちゃんのお土産は、全てがタップリと甘そうだった。
実際に甘そうなチョコや、甘そうな土産話。
「好美ちゃん。その絵本、どうしたの?」
私は、ずっと絵本を抱えたままだった。
「えぇっと、あれ?どうしたの?これ?送ってもらった、だっけ?」
「それは俺の本。」
「ふーん…須賀君も読んでたんだ。」
杏依ちゃんに差し出すと、彼女はそっと表紙を指で撫でる。
彼女の指には、大きなダイヤモンドではなく、シンプルな指輪が存在を示している。
「ねぇ、好美ちゃん。読んでいい?」
「…読む、の?」
「だめ?」
この絵本を、誰かに読んでもらうのは凄く久しぶりで、そして懐かしくて嬉しくて、私は杏依ちゃんの隣に座った。