りなりあ

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指先の記憶‐43

2008-09-08 00:45:26 | 指先の記憶 第一章

「あのさぁ、少しは綺麗にしろよ。俺が使う2階の荷物は、そのまま?」
「私は自分の荷物の準備があるし。康太の判断で捨てて良いわよ。古い服とか鞄だし。着たければ、どうぞ。」
「女性物を俺が?」
「なら、好美ちゃんに。」
「姫野は、あんな派手でギラギラした不必要に肌を露出するような趣味の悪い服は着ない。」

「ちょっと、康太?趣味が悪いって、なによ?」
言い争う2人の会話を聞きながら、私は立っている2人を見上げた。
「…あの。」
私の小さな声に、2人は反応する。
「お掃除…手伝うよ?もし、気に入った服があれば貰ってもいいの?」
「もちろんよ。好美ちゃん。」
とても勝ち誇ったようにカレンさんが須賀君を見ている。
「でも、掃除は康太がするわ。だって自分が住む家だもの。好きなように自分で掃除すれば良いわ。」
カレンさんの笑顔に、私は余裕みたいなものを感じた。
「自分が、住む家?」
「そうよ。私は引越すけれど、あの家には康太が住むから。」
「へ…?」
キョトンとした目を、私はしていると思う。
カレンさんが私の前に座る。
「でも、やっぱり好美ちゃんにも時々は掃除をお願いしようかしら?康太は色々と器用だけど、やっぱり男1人だしね。」
「あ、あの?カレン、さん?」
「家を留守にするのは、やっぱり不安でしょ?康太には留守番をしてもらうことにしたの。」
カレンさんが、とても面白そうにクスクスと笑う。
「嫌だわ、好美ちゃん。凄く嬉しそう。さっきまで私には引越して欲しくないって顔をしていたのに。康太が隣に住む事、そんなに嬉しい?」
「そ、そんな事、ないけど…。」
視線を上げて須賀君を見ると、彼はカレンさんから渡された鍵を上に投げて、そして受け止めることを繰り返していた。
「須賀君。」
「何?」
須賀君はカレンさんの家の鍵で遊び続ける。
「隣に、住むの?」
「みたいだな。時々掃除でもすればいいか、って思っていたけど、それも面倒そうだし。そろそろ施設を出ても生活できるし。姫野でさえ1人で住んでいるのに、俺に住めない訳がない。雅司を引き取るのは無理だけど、毎日通えるし。母親の実家から高校に通うのは、ちょっと遠いし。」
色々な事を考えて、隣に住む事を選んだようだ。
「よろしく御近所さん。」
私は仏壇の前に置いてある座布団を須賀君に投げつけていた。
「何するんだよ。姫野。」
笑っている須賀君は、全然痛みなど感じていないみたいで。
「須賀君、早く帰れば?」
「はいはい。」
「明日の掃除なんて手伝わないから。」
「いいよ、別に。」
「と、隣に住んでも、美味しく出来た煮物も分けてあげないから。」
「いいよ。別に。でも、俺が作った料理は分けてあげるから。」
どこまでも余裕な笑みで、須賀君は私を見ている。
「帰れって言うのなら帰るけど。後片付け、1人でするのか?」
「…え?」
私はテーブルの上に並ぶ、使用後のお皿を見た。
「カレンさんは自分の荷物の準備があるし。俺も明日の朝は早いし。じゃ、よろしく。姫野。」
「ちょーっと待って!」
慌てて掴んだら、須賀君の服が少し伸びる。
「なに?姫野。」
上から見下ろされて。
やっぱり須賀君は私の気持ちなんて全て見透かしていて。
「えぇっと…明日、手伝うから、今日は…ここ。」
とても、とても、須賀君は満足そうに笑った。

◇◇◇

カレンさんは、小さな鞄だけで家を出た。
送ると言っていた荷物も、ダンボールが5箱だけ。
新しい家の家具や電化製品は既に同居人が準備しているからと言って、ちょっとそこまで、そんな感じで私と須賀君に手を振った。
「姫野は、今日は大江先生と会うんだろ?」
「うん。おばあちゃんがお世話になった先生に挨拶に。」
お礼と合格の報告を兼ねて、私は斉藤病院を訪問する事になっていた。
「俺は今日も荷物運ぶよ。」
須賀君は少しずつ荷物を運んでいる。
時々、私も手伝うけれど、大きな荷物など持てなくて、結局あまり戦力にはなっていない。
カレンさんが引越す事を知った日から、意外にも寂しさを感じる事はなかった。
カレンさんと須賀君と過す時間は普段以上に多くて、まるで家族のようで、私の心は満たされていた。