りなりあ

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約束を抱いて 第二章-3

2006-12-19 21:24:31 | 約束を抱いて 第二章

「気紛れですよ。御迷惑をおかけしました。」
むつみが一生懸命に考えた事を、晴己は〝気紛れ〟という言葉で済ませてしまった。

「この年齢の時は、様々な事に興味を示します。一番身近な母親の職業に憧れるのは当然でしょう?一時の気紛れで高瀬さんに御迷惑をおかけしました。」
晴己は躊躇もせずに話している。
「お分かりかと思いますが、私は彼女を世間に晒す気は全くありません。本人が望んでいたとしても。」
晴己は笑顔のままだ。
「お詫びに代役を準備しました。」
机の上に出された書類を見て、高瀬は笑みをこぼす。
「代役というよりも、彼を売り込みに来られたのでしょう?それも新堂さん自らが足を運んで?」
むつみは、完全に自分を無視している男性2人の会話を聞きながら机の上の書類に目を落とす。
「橋元優輝の場合は、最初から決まっていたでしょう?代役は〝彼女〟ですよ。既にご本人の了解を得ています。」
そして、また書類が出される。その写真を見て、むつみは目を丸くした。
「星碧が?」
高瀬も驚きの声を上げる。
「高瀬さんとむつみちゃんが話し合った金額のままでお願いします。それを星碧と橋元優輝で分け合います。」
「新堂さん?それは無理でしょう?星碧のCM出演料は、そんなに安くありませんよ?」
「ご本人は納得されていますよ。」
「ですが」
「高瀬さんが納得できないのなら、星碧に相応しい金額を支払っていただければ問題ありません。」
晴己は笑顔を崩さない。
「企画はそのまま、少々出演者が変わるだけです。」
晴己の無理矢理な言い分に高瀬は顔を歪めた。
「斉藤むつみでなく、斉藤碧に変更になるだけです。勘違いか書類上の手違いか。どこかで話が食い違ったのでしょう。女優である星碧がCMに出ることには何の違和感もないでしょう?でも、その娘は一般人なのにCMに出演する事などありえません。どこの企業が契約してくれますか?」
晴己は笑顔のまま、言い切った。

◇◇◇

電車で来たのだから、帰りも電車を利用するつもりだった。
だけど、その気持ちを晴己に伝える事は気が引けてしまい、むつみは晴己と一緒に駐車場へと向かい、彼の車に乗る。
顔見知りの運転手が、むつみが一緒に来た事に驚きもせずに会釈をし、むつみも会釈をしてから後部座席に座った。
晴己も後部座席に乗り込み、むつみの隣に座る。
少し暗くなり始めていて、電車も人が多くなってくる時間だ。この時間に1人で電車に乗るのは躊躇ってしまう。
晴己の従姉である奈々江の部屋に行った日の事を思い出すと、やはり電車は避けたい。
だから、こうして晴己の車に乗れたことは嬉しいが、やはり1人で帰るべきだったのかもしれない。
むつみが1人で帰ることを晴己が受け入れてくれるとは思えないが、こんな風に晴己に送ってもらうのが当然になっているのは、そろそろ止めなくてはいけない。
「碧さんは今夜は撮影らしいね。」
晴己は私服に着替えているむつみを見る。
「一度、家に帰ったの?」
むつみは首を横に振る。
「制服のままだと目立つから、駅で着替えた…」
今朝、むつみは駅のコインロッカーに私服を預け、学校が終わると駅のトイレで私服に着替えた。制服はむつみの鞄の中に入っている。
「目立つと分かっているのに、あの時は桜学園の制服を着たんだね。」
驚いて晴己の顔を見ると、前を見据えたままの彼は無表情で、そこから感情を読み取れない。
居心地が悪くて、窓の外を見たむつみに晴己の声が届く。
「話が早く進みそうだ。むつみちゃんが事前に〝交渉〟してくれていたから。」
晴己の言葉が、むつみの胸にチクリと刺さった。