りなりあ

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約束を抱いて 第二章-1

2006-12-16 10:50:50 | 約束を抱いて 第二章

風に身を任せ、心地良さそうに落ち葉は舞っている。
窓の向こうは、秋の色合いが濃くなっていた。
「ちょっと、いいかな?」
斉藤むつみは、驚いて体を反らした。
伸びてきた腕が窓を開け、冷たい風が入ってくる。
寒さに震える彼女に構わず、次は足がむつみの机を跨ぐ。
「え?」
驚くむつみの目の前を橋元優輝の体が移動し、彼は窓枠に体を乗せている。
廊下からの騒音がむつみの耳に届く。
「大変ね、橋元君。」
飯田加奈子が、からかう様な口調で言った。
「今だけだよ。いつも試合の直後だけ。」
昨日の決勝戦の結果が新聞に掲載され、朝から優輝の周囲は騒がしい。
「すぐに飽きる。」
その笑顔に曇りはなく、晴れ渡った空のように澄んでいる。
1階だから苦労はなく、外に飛び出した優輝が振り返り、むつみを見る。
「あのさ」
しっかりと目が合い、むつみは体を強張らせた。
「当たり前だけど…勝って良かったよ。」
廊下の騒ぎは続いているのに、むつみには優輝の声しか聞こえなかった。
「ありがとう。」
何も答えられなかったむつみは、軽快に走っていく優輝の後姿を見ていた。
優輝の姿が建物に隠れてから、むつみは冷たい風が入ってきているのを思い出して、立ち上がると窓を閉めた。
そして、また窓ガラスの向こうを見る。
窓を開ける指先も、窓枠に置かれた足も、自分を見た瞳も。
脳裏に焼きついて離れない。残っているテニスの残像だけでなく、優輝の全てが自分の心に入り込んでくる。
むつみは、そんな事を考えていた。
「むつみ。」
名前を呼ばれて驚いて見ると、加奈子が自分を見ている。
「何度も呼んでいるのに。ずーっと見てるんだから。」
加奈子の言葉に恥ずかしくなり、むつみは居心地が悪そうに椅子に座った。
「随分と雰囲気が違う、橋元君が転校してきた時、そう言ったよね?」
何か追求されるのかと思っていたが、加奈子の声は穏やかだった。
「納得した。別人ね。」
加奈子が微笑む。
彼女には何も話せなかった。何度も心配の言葉をかけてもらっていたけれど、何も話せず困らせるだけだった。
「良かったね、むつみ。」
加奈子は何も問い詰めない。
「これからは普通に話せるようになるよ。」
加奈子がむつみの耳元で囁く。
「橋元君、自分を取り戻したみたいだもの。今の彼が、むつみの知っている〝優輝君〟でしょ?」
優輝は活気に満ちている。
転校してきた時の彼は別人かもしれない、そう思ってしまうくらいだ。初めて会った時の優輝も、転校してきた時の優輝も、そして今の彼も、同一人物に間違いはないのに、1人の人間が抱える物が違うだけで、こんなにも人が変わってしまう。
別人に見えるけれど1人の人物。
明るい笑顔の奥に、むつみは彼の影を見てしまう。
強い意思を感じさせる瞳から、涙が零れ落ちたのを覚えている。

「加奈ちゃん、私…」
むつみの小さな声は、廊下の喧騒に消されそうになるが、加奈子は耳を傾けて、むつみの声を拾う。
「怪我が治って試合に出て欲しい、勝って欲しい…それだけしか思っていなかったのに…」
止まらない想いがむつみの心を占領していく。
「むつみは、それを望んでも良いんじゃないの?」
加奈子が不思議そうに首を傾げた。
「ライバルは多そうだけれど。」
廊下に集まる生徒の中には女子生徒が含まれていて、彼女達が優輝に好意を抱いているのが分かる。
「むつみは、あの中の1人じゃないよ?それは、橋元君も分かっているんじゃないかな?」
加奈子は優しい口調で、むつみに言った。