りなりあ

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約束を抱いて-49

2006-12-01 21:06:46 | 約束を抱いて 第一章

控え室に戻った優輝は、椅子に座っているむつみの前に立った。
「卓也に会ったのか?」
むつみが頷く。
「勝手な事ばかりするなよ。」
苛立つ気持ちが声を大きくするが、むつみは驚く素振りも見せず、涼やかに微笑んでいた。
「だって」
むつみが腕を伸ばす。
優輝は避けることが出来ず、むつみの両腕が優輝の腰に回される。
「優輝君が勝つところを観たいから。」
瞳が、優輝を見上げていた。
「はる兄も同じよ。優輝君が、その手に自分の夢を掴む瞬間を、待ち望んでいる。」

◇◇◇

控え室から出て行こうとするむつみを優輝は呼び止めた。
「テーピングは?」
優輝の足には、何もされていない。
「…必要?」
むつみが優輝を見る。
「必要ないよね?保護の為に…する?」
まっすぐに自分を見てくるむつみに、優輝は答える。
「必要、ないよ。」
むつみの笑顔に優輝は、心の中の塊が砕けていくのを感じていた。

◇◇◇

廊下に出ると、晴己と久保が立っていて、既にむつみの姿は見えなかった。
「晴己さん、ちょっといい?」
久保は控え室に戻り、優輝は自分よりも遥かに背の高い晴己を見上げた。
小さな頃から少しでも背が伸びれば晴己に近づいたと喜ぶけれど、晴己もまた背が伸びている。だけど最近は少しずつ晴己の顔を見上げる角度が小さくなっている。
きっと、彼に並ぶのは、そう遠くない未来かもしれない。その未来を掴めるかどうかは自分が左右できる事なのかもしれない。優輝はそう考えながら、晴己を見上げる。
「俺がこの試合に勝ったら、SINDOと契約させて。」
「契約?」
「よく分からないけれど、それは晴己さんに任せる。俺が金銭的に困ることなくテニスを続けられる環境を作ってよ。」
「…強気だな。自分からそんな事を言うのか?」
「お得だと思うよ?将来有望な選手を今のうちに捕まえておけばいいじゃん。」
晴己は、少し呆れ顔を向ける。
「でも、条件がある。」
「SINDOが出すのではなく、優輝から条件を言うのか?」
「最初に、まとまったお金を用意して。…卓也の手術費に充てたい。」
晴己は、少し小さな溜息を出した。
「勝ったら、でいいよ。もし負けたら何もいらない。」
優輝の言葉の力強さが、意思の強さを感じさせる。
「晴己さん、俺を認めてよ。俺のテニスを認めてくれるのならSINDOと契約できるんだろ?」
「…」
「俺、晴己さんに一番認めて欲しいって思っている。」
物心付いた時からずっと、新堂晴己という人物に憧れて目標にして、彼を超えたいと思っていた。近くにいるのに遠い存在の彼。
兄が言ったように、この道は険しいかもしれないし、大西が言ったように、自分を追いつめるだけかもしれない。
「俺は、晴己さんみたいに1つに選ばない。欲しい物は」
見上げてくる優輝を、晴己はとても満足気な顔で見ていた。
「全部、手に入れる。」
「そんなに簡単に、全てを手に入れられると思っているのか?考えが甘いな。」
晴己の笑顔がとても挑戦的だった。だけど優輝は、いつも頭を撫でて宥めてくれた優しい晴己とは全く違う部分を見せられて、少し嬉しかった。
「自分が出来なかったからって、俺にも出来ないなんて決め付けるなよ。」
苛立ちではない何かが、優輝の中に沸き起こる。闘争心が沸き立ち、それはとても心地良い。
「優輝、僕は」

晴己は身を屈めてその瞳を覗き見る。
「できる限りの協力と」 
晴己がクスっと笑う。
「必要以上の邪魔をさせてもらうよ。」 
「なんだよっ!邪魔することないだろ!」
「それなら、見せてもらおうか?優輝の本気。」
晴己の言葉に、優輝が笑う。
「絶対に、認めさせてやるからな。」
優輝の瞳が輝いていた。