りなりあ

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約束を抱いて-46

2006-11-27 16:28:06 | 約束を抱いて 第一章

優輝はむつみと手を繋いでいた。
実際は、優輝が彼女の手を掴んでいる感じだった。あの店では、むつみが優輝の手を掴んでいたのに、と不思議な気持ちに優輝はなるが、今のむつみは、自分で歩こうとする意思を感じさせないくらい、ぼんやりとしていた。
少し強引に手を引かないと、むつみは歩を進めない。
駅に辿り着いて、優輝はホッとする。

早く駅に到着したくて早足で歩いた優輝に付いて来たむつみは、少し息が荒れていた。
「大丈夫?」
むつみは息を整えているのか、返事をしない。
ただ、優輝が手を放そうとした時、むつみの方から力を込めてきた。
「斉藤さん。」
優輝は再び、むつみの手を握り返す。
「帰ろう。今日は隣にいるから。だから…電車に乗れる?」
絵里に深く帽子を被らされたむつみが視線を上げ、そして頷いた。

◇◇◇

翌日から優輝の生活は変わった。
正しくは、元に戻ったのだ。
早朝に公園まで走り体を動かし、登校する。
放課後はテニスの練習に励み、一日を終える。
優輝がずっと繰り返していた日々が、また再開された。
黙々と優輝は日々を繰り返し、試合に挑んだ。
まるで当たり前のように順調に決勝戦まで進むが、優輝がその頬を緩める事はなく、ピリピリと張り詰めた雰囲気が、彼を取り囲んでいた。
「痛むのか?」
尋ねる久保の顔が引きつっていた。
「少し…テーピング、しておいた方がいい気がする。」
優輝は俯いたまま答えた。
「…そうか。」
自分の足首に触れようとする久保から逃げるように、優輝は足を動かす。
「…斉藤さんは?」
「優輝?」
「ずっと…斉藤さんがしてくれていたから、彼女にしてもらう。」
屈んでいた久保は立ち上がった。
「…連絡するけど、わざわざ来てもらうのか?」
「来ていないの?」
久保は呆れ顔を優輝に向けた。
「来れないだろう?晴己だって来ていない。優輝を混乱させないように、そう考えている。」
「本当に?晴己さん、試合観に来ていないんだ?決勝なのに?あんなに鬱陶しかったのに。俺は…見捨てられた?」
自嘲気味に笑う優輝を見ながら、久保は携帯を取り出した。
久保が話している間、優輝は自分の足首に手を置き、溜息を出す。
「これから来るってさ。むつみちゃんも一緒に。」

◇◇◇

晴己とむつみが優輝の控え室に姿を現わしたのは、10分も経過していない時だった。
優輝は晴己に会うのは久しぶりだった。
最後に会った日から一週間と少しという短い期間だが、優輝には長い時間だった。
遠い土地の試合でも、晴己は何らかの方法で優輝に連絡を取って来てくれていたし、直接会わなくても晴己の存在は身近に感じていた。
こんなに長い時間、晴己を遠くに感じたのは、彼が大学受験を控えた年以来だった。
受験生だから仕方がないと思っていたのに、後で付き合っている彼女と会っていた事が分かり、優輝は途端に晴己が嫌になった。
今回の件は、優輝自らが望んだ事だが、やはり辛かった。
晴己の『やめればいい』という言葉。
優輝自身がそれを望んでいたのに、投げつけられた言葉は、あまりにも冷たかった。
「はる兄…」
むつみが不安げな声で晴己を見上げ、晴己はその背中を押して、部屋から出て行った。
晴己は優輝を少しも見ることなく、出て行ってしまった。
「あの…」
戸惑っているむつみにテープを差し出す。
むつみの姿は登校する度に見ているが、こんな風に話すのは久しぶりだった。
「…痛むの?」
むつみの瞳が揺れていて、優輝の心が痛む。
だけど優輝は頷いた。
優輝の前に屈んだむつみの指が、震えている。
“捻挫が、また少し痛む”その事実を知ったむつみの気持ちを思うと、優輝は辛かった。