りなりあ

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約束を抱いて-32

2006-11-01 18:15:14 | 約束を抱いて 第一章

優輝は練習を続けていた。
保健室でむつみと会う事もなくなった。
このまま、テニスだけに没頭しようと優輝は思っていた。自分が進むのは試合に向けての日々だと、優輝は言い聞かせていた。
「優輝。」
普段よりも帰宅が遅かった優輝は、夕飯を終えて2階に上がった。
自室に入ろうとすると、涼の部屋のドアが開いた。
「遅い。何していた?」
淡々と話す兄の言葉に、優輝は眉をひそめた。
「…クラブの友達に会ったから、ちょっと話していただけ。」
「またか?卓也の事は」
「違うよ。偶然会っただけ。それに、あの人はクラブは随分前に辞めているし。」
「電話ぐらいしろよ。母さん達に誤魔化すのも大変なんだぞ。」
涼は、優輝とむつみの先日の一件は両親に話していない。これ以上、心労を感じさせたくない気持ちがあるのに、優輝自身がこんな状態では、隠す事に無理が出てしまう。
「…兄ちゃん、俺、やっと分かったよ。」
優輝は、兄の体の向こうに見える兄の自室を少し見て、涼を見上げた。
彼女が途切れる事のない涼は、今まで帰宅が遅かったし、休日も殆ど自宅にいなかった。早朝練習をする為に優輝が自宅を出ようとすると、兄が帰って来る、そんな日々を涼は過ごしていた。
だけど、最近の涼は、帰宅が早いし休日も家に居ることが多い。その原因が自分にあるという事は、優輝は充分過ぎるくらい分かっていた。
「その人…知ってたよ。斉藤さんの事。」
唇を噛み締めた優輝の表情に悔しさが出る。
「晴己さんが、どれだけ大事にしているか…聞かされた。だから、兄ちゃんの言ってた事、ちゃんと分かったから。」
聞かされた、という言葉が優輝の気持ちを表していると、涼は感じた。
「…もう、関わらないか?」
兄に問われて、優輝は不満な顔を向けた。
「だから、関わるって何だよ?転校先に…斉藤さんがいただけで。捻挫も大丈夫だし。別に、もう、何も。」
そして優輝は俯いてしまう。
「優輝、初めて会ったのは合宿中か?本当に?」
兄の疑うような声に優輝は顔を上げた。
「本当だよっ!」
思わず大声を出してしまった優輝は、自分の声に驚いて口を閉じるが、また、ゆっくりと話し出した。
「…兄ちゃんが聞く意味も、今なら分かるよ。晴己さんの練習や試合を見に来ていて、お互いの別荘を行き来していて、合宿中も見に来ていて、新堂の家に行くのも頻繁で。あんなに晴己さんと一緒にいたのに知らなかった俺は珍しい、そう言われた。」
それは、優輝が言う“クラブの友達”から得た情報だった。
「あのさ」
優輝が心の中にある気持ちを自分に伝えようとしているが、戸惑っているのが涼には分かった。
「俺って、特別扱い…されてる?」
呟いた優輝の質問に、涼はどう答えれば良いのか考えていた。
「俺が小さい頃から晴己さんは、わざわざ足を運んで、俺の練習を見に来てくれていたし、久保コーチが俺だけに教えてくれるのも特別だし。」
「優輝。何を言われたのか知らないが、嫌味や妬みか?晴己から特別扱いを受けている事で色々と言われるのは昔からだろ?」
「そうだけど」
妬まれるのは、幼い頃から始まっている。
「だけど?」
涼は優輝の言葉を待つ。
「…俺、当分、晴己さんと会いたくない。」
「優輝?」
「今まで俺は特別扱いをされていたのに、晴己さんは急に変った。今は俺を敵視するような目で見てる。」
あの日以来、晴己は毎日優輝の練習を見に来る。それは短い時間だが、優輝は監視されているような気がしていた。
「それは、俺も賛成だな。晴己に言っておくよ。」
涼の言葉に優輝が頬の緊張を緩めて、ありがとう、と言い自室へと入って行った。
閉じられたドアを見て、涼は思う。
優輝は晴己を尊敬していたし信頼していた。テニスに関してはライバル心を持っているだろうが、それは優輝にとってプラスに作用していたはずだ。だけど、今の優輝は晴己を受け入れられない。それだけでなく、優輝がライバル心を感じる理由がテニス以外にもあるとしたら?
もし、斉藤むつみが、優輝の対抗心に火をつけたのだとしたら?
そう考えて、涼は首を振る。それは最悪だと思った。
「そんな面倒な事。美人かもしれないけれど、他にも女なんているし。別に、あの子じゃなきゃいけない理由なんてないだろ。」
1人の女性に執着した経験のない涼は、自分の小さな独り言を、自分自身に言い聞かせていた。