りなりあ

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約束を抱いて-41

2006-11-16 18:48:26 | 約束を抱いて 第一章

優輝がドアを閉めて暫くすると、再びドアが開いた。
「涼?」
祖母の問いかけに、涼は首を振る。
「…大丈夫だよ。」
何が大丈夫なのか分からないが、そう答えていた。祖母は、優輝を止めなくて良いのか聞きたかったのだろう。少し不安な表情を見せるが、靴を脱ぐとむつみに話しかける。
「何か飲むかい?」
座ったままのむつみは、優輝の祖母を見上げて、少し笑みを浮べる。
「…すみません…。大丈夫です。あの…お邪魔しました。」
何が大丈夫なのか、むつみも分からないがそう言っていた。
廊下に座り込んだままの、むつみと涼の姿は、決して普通ではないし、少しも大丈夫には見えないが、優輝の祖母は2人の言葉を受け取って、ダイニングへと入って行った。
その姿を見送って、むつみは溜息を出す。いろんな事を整理して考えたいと思うが、何が起こっているのか全てを知らない彼女は混乱しているだけだった。ただ自分の存在が優輝を苛つかせている事は、理解していた。
「送って行くよ。」
涼の声に顔を上げる。
「…追いかけなくて、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。」
また、涼はそう言った。
「あの、卓也君って?」
「…君には関係ない。優輝の事は俺達家族がどうにかする。君が何かをしたところで状況が変わるとは思わない。」
「試合、出ないつもりですか?」
「…それが、大きく違うところだよ。」
溜息混じりに吐き出されたその声は、あまりにも冷たい。
「その考えが、家族と他人の違いだよ。君と晴己はテニス選手としての優輝の事ばかり考えている。だけど俺達家族は違う。優輝が無事でいればそれでいい。」
涼は、葛藤していた。
無理矢理に優輝を説得したほうがいいのか、それとも、優輝の判断に任せたほうがいいのか。
「他人の君達に何が分かる?追い詰めるだけじゃ何にもならないんだよ。無理やりに道を作る訳にはいかないんだ。決めるのは優輝だ。」
冷たい視線を浴びせられても、むつみは涼から目を逸らさなかった。

◇◇◇

時々、涼が振り返ってむつみを見る。むつみの歩幅に合わせる様に、ゆっくりと歩き、むつみが付いて来ているかを確認する涼の動作が、むつみには嬉しかった。
「あの…涼さん。」
名前を呼ばれて涼は立ち止まった。
「そう呼ばせてもらってもいいですか?」
振り向くとむつみが自分を見ていた。あまり気分の良いものではない。だからと言って、優輝君のお兄さんでは長いし、橋元さんも橋元君も変な気がする。涼君とも涼とも呼べないだろうから、むつみが出した提案は最適かもしれない。
「別に、いいけど。」
そう答えて、気付く。むつみに自分の名前を呼んでもらう必要などないのに。彼女とは関わりたくないと思っているのだから、呼び方なんて決める必要などない。
「良かった。」
むつみが嬉しそうに微笑む。和やかに会話をしている場合ではないのにと思いながら、涼は歩き出した。
「涼さん。」
背中にむつみの声が届く。
「涼さんは、私の事を知っていました?」
気付けば、むつみが隣を歩いていた。
「はる兄とは、ずっと昔からお友達?」
涼は、少し足を速めた。
「晴己の事は優輝がテニスを始めた時から知っていた。でも個人的に話すようになったのは同じ大学に進んでから。」
むつみを見ると、その目が話の続きを促していた。
「…君の事は、自然と耳に入ってきたよ。」
晴己の近くにいると、むつみの名前は度々出てくる。
「あの、涼さん。」
むつみが立ち止まり、涼の腕を掴んだ。
「…以前に…お会いした事、あります?」
涼は立ち止まって、むつみを見た。
『あなたは私の事を知っているの?』
薄暗い空間に響いた声を涼は思い出していた。
「会った事はないと思うよ。何処かですれ違った事はあるかもしれないけれどね。」
そして涼は、また歩き出した。