りなりあ

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約束を抱いて-45

2006-11-24 20:04:48 | 約束を抱いて 第一章

「晴己さんがやめた原因を考えても仕方ない。もう、どうでもいいよ。俺はテニスやめるし、晴己さんを追いかける必要もないし、目標にもしなくていい。何も関わる事はないから。」
晴己に見捨てられたと思うと、優輝は胸が痛んだ。
「斉藤さんは、重要?晴己さんがテニスをやめた理由。」
むつみは、しばらく考えて、そして首を横に振った。
「本当の事なんて…教えてくれないと思う。SINDOを継ぐ事を選んだ、そう言われてしまえば、それは当然だと思うから…。はる兄は続けたくても難しい環境だと思うし。」
むつみが、ゆっくりとした口調で優輝に問いかける。
「優輝君は、続けたい、そう思っているでしょう?」
「…違う。」
「嘘だってすぐに分かる。3歳からテニスを始めて、毎日練習をして強くなりたくて、確実にそれを現実に変えていて」
「晴己さんから聞いたのか?」
むつみが小さく笑った。
「違う。優輝君が私に話してくれたのよ?」
言われて、むつみに話した自分の夢を思い出した。
「短い時間だったけれど、私は優輝君を見ていたし、優輝君は、私に話してくれた。」
むつみは、初めて会った春の日を思い出していた。
力強い眼差しだった優輝の瞳は、今は輝きを失っている。
「私よりも、もっと長い時間、優輝君を見てきた人達がいる。こんなこと誰も喜ばない。」
優輝はテニスを始めた時を、はっきりと覚えている。テニスは面白くて楽しくて、褒めてもらうのが嬉しかった。その中でも、晴己に褒めてもらうのが嬉しくて、晴己に認めて欲しくて、毎日飽きもせずに練習をしたのを覚えている。あまりに夢中な優輝に困った晴己に勉強をするように言われて反発した時も、根気強く晴己が優輝の宿題を見てくれた事もある。
「優輝君。」
むつみの指が優輝の頬を撫でる。
『見捨てられた事は彼女だって分かっています。』
優輝は、また絵里の言葉を思い出す。
自分の責任で怪我をさせてしまった事を悔む気持ちを、むつみは知っている。
誰よりも晴己の想いを受けていると信じて疑わなかった気持ちを、むつみは感じていたはずだ。
そして、その人に見捨てられてしまった悲しさも…。
「…えっ?」
思わず声が出て、優輝は慌ててむつみの腕を掴み、自分の頬から離す。袖口で目を拭いて、その袖口が濡れているのを見て、初めて自分が涙を流した事に気付いた。
自分の涙に驚く優輝の手を、むつみが取る。
「早く、ここから出よう。絵里さんの話なんて、まともに聞く必要ないわ。」
むつみが強い口調で言った。

◇◇◇

むつみに手を引かれて優輝は薄暗い通路を歩き、扉に辿り着く。
「俺は、笹本絵里と話があるから。」
「どうして?あの人と話しても何も解決しないわ。優輝君は自分の思い通りにすればいいだけでしょう?」
優輝は自分の手首を掴んでいるむつみの指に手を伸ばした。
振りほどけば簡単だと分かっていたが、優輝は振り解かず、むつみの指を一本ずつ、優しく自分の手首から放し始めた。
ふいに、むつみが優輝の手首を放した。
「お願い、あの人の所に行かないで。」
むつみの腕が優輝の体に回される。
「私、優輝君のことが好きなの。」
優輝とむつみの視線が絡み合う。
「橋元君!」

背後からの声に優輝はむつみを自分から離して、扉を少しだけ開けた。
「むつみちゃんを一人にしないで!」
その声に、優輝は慌ててドアを閉めた。
「勝手な事をしないで。」
駆けてきた絵里は厳しい口調で優輝を咎め、持っている荷物をむつみに差し出した。
「忘れ物よ。」
それはここに来る時までにむつみが着ていた、彼女のコートだった。
そして、絵里は、コートを着たむつみに帽子を被せる。
「橋元君、このドアを出たら駅まで行くのよ。誰に声をかけられても相手にしちゃだめ。」
優輝とむつみは目を見合わせた。
「むつみちゃんを、放さないで。」
絵里が2人の横を通り、ドアを開ける。
「絶対に放さないで。…むつみちゃんも、橋元君の手を放さないで。」
絵里が、むつみの背中をそっと押した。