加藤紘一 『劇場政治の誤算』 ( p.4 )
自由民主党の存在意義は、反共と経済成長だったが、その目的は達成された。したがって自由民主党は、その存在意義を失いつつある。それでは何に、存在意義をみいだすべきか、自由民主党は何を目標にすべきか。それは、
同 ( p.5 )
人々の望みを実現すること、具体的には、「自分の属する地域に自分の居場所があり、そこに根を張って、家族をつくり、自分の人生をより良くまっとうすること」 の実現である、と書かれています。
その通りなのだろうと思います。
おそらく圧倒的大多数の人々は、「成功者に巨万の富を」 といった価値観とは、まったく違う価値観で生きているのではないかと思います。すくなくとも私の周囲には、巨万の富を手に入れるために、血道をあげている人はいないです ( そういう人もいましたが、疎遠になりました ) 。
金儲けよりも、信頼関係をつくったり、倫理的な生きかたをすることを、望んでいる人が多いのではないかと思います。
けれども、それには 「ある程度の」 お金が必要なのもたしかです。したがって、具体的な政策をどうするのか、どうすればよいのか、が問われます。そこで、次はこの本を引用しつつ、考えてゆこうと思います。
自由民主党という政党は、明確な存在意義を持って生まれた政党です。第一に反共政策。日本を共産主義の国にしないというイデオロギーです。第二に経済成長政策。欧米に追いつけ追い越せという明治以来の目標でした。そして一九九〇年代、冷戦は終結し、経済的繁栄も実現した。自民党は結党以来の役割を大勝利のファンファーレの中にきれいに終えていたのです。しかしそれは、党のセールスポイントがなくなったことでもありました。
それでも役割を終えた自民党が政権与党でありえたのは、強い責任感と統治能力があったからでした。派閥闘争をしながらも、なんとか党をまとめあげ、必要とあらば内閣をつぶしてまで財政再建を図る。消費税導入時の竹下内閣がそうです。
自由民主党の存在意義は、反共と経済成長だったが、その目的は達成された。したがって自由民主党は、その存在意義を失いつつある。それでは何に、存在意義をみいだすべきか、自由民主党は何を目標にすべきか。それは、
同 ( p.5 )
おそらく、草の根の人々の願いは、今も昔もそれほどは変わらず、自分の属する地域に自分の居場所があり、そこに根を張って、家族をつくり、自分の人生をより良くまっとうすることなのではないでしょうか。強者の論理が支配する「成功者に巨万の富を」という世界とは、まったく違う価値観で生きている。地元に帰って、選挙区の人々と話をするたびに、つくづくそう思います。
人々の望みを実現すること、具体的には、「自分の属する地域に自分の居場所があり、そこに根を張って、家族をつくり、自分の人生をより良くまっとうすること」 の実現である、と書かれています。
その通りなのだろうと思います。
おそらく圧倒的大多数の人々は、「成功者に巨万の富を」 といった価値観とは、まったく違う価値観で生きているのではないかと思います。すくなくとも私の周囲には、巨万の富を手に入れるために、血道をあげている人はいないです ( そういう人もいましたが、疎遠になりました ) 。
金儲けよりも、信頼関係をつくったり、倫理的な生きかたをすることを、望んでいる人が多いのではないかと思います。
けれども、それには 「ある程度の」 お金が必要なのもたしかです。したがって、具体的な政策をどうするのか、どうすればよいのか、が問われます。そこで、次はこの本を引用しつつ、考えてゆこうと思います。
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