言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

有権者も問われている - 麻生総理 「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい」

2009-08-26 | 日記
ある女子大教授の つぶやき」 の 「選挙戦総括

選挙戦で何が起きているのか

 選挙戦も終盤に入った。大新聞の予想ではいずれも民主党300議席、自民党100議席となっている。ネット上での意見を大まかにまとめると「もう自民党政治は嫌になったので、この辺で政権交替したらどうか、民主党になったからと言って世の中はそう急激に変わるわけはないが」という感じである。政治資金疑惑や国旗問題を自公党首が演説しても、この流れは止まらない。

 自民党としては、この流れを変える大事件を引き起こしたいところであるが、それも難しいので、最後の手段として大々的な対民主党ネガティブ・キャンペーンを始めた。自民党HPにアニメCMを2本公開している。鳩山代表そっくりのラーメン店主が客の注文におたおたするのと、民主幹部4人らしき影絵が登場する「ブレル男たち」には任せられないというマンガである。

 そのほか60年も政権を担当してきた政党とは思われない「知ってドッキリ民主党」というような怪文書的パンフをなりふり構わず配布している。これでは流れを引きとめるどころか、ますます加速するだけであろう。まるでもう自民党は野党になったみたいで、元気に与党の民主党を攻撃しているみたいだ。そういえば、麻生さんの品のなさは野党党首のほうがふさわしい感じもする。

 「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金が俺はない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」と首相は金がないなら結婚するなと、学生や若者を説得した。「貧乏人は麦を食え」と言った池田首相と同じ発想である。上からの目線と批判されている首相の姿勢に拍車をかける発言である。30日の投票結果の興味は、自民党の大物政治家が何人国会議事堂に戻って来るかである。


 麻生総理は 「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい」 と説得した、と書かれています。



 当該発言の動画をみつけましたので、ポインタを記します (↓) 。

http://www.youtube.com/watch?v=xbCB0v7t5uQ



 これを見ると…、

 おそらく学生は、「金がないから結婚できない。対策を聞きたい」 という趣旨で問いかけたのだと思います。そして、それに対して、麻生総理は答えていない。「貧乏人は麦を食え」 と同じ発想だと言われればその通りかもしれないし、また、たしかに言葉は上品とは言い難く、品がないと言えば、ない。

 けれども、これは、上から目線というのとは、すこしちがう。総理は、「 ( 金があっても ) 俺も結婚遅かった」 と言われています。おそらく、「金がねえなら」 といった表現も、学生と友達感覚、対等な感覚で発言したからこそ、ではないかと思います。

 おそらく、この発言の問題点は、上から目線だとか、品がない、などといったことではなく、

   総理としての責任感が感じられない、

というところではないかと思います。

 総理と同じことを、「近所のおじさん」 が話したのであれば、なんの問題もなかったと思います。人のいいおじさん、と受け取られたはずです。この発言が問題視されるとすれば、それは、( 対策を考え、実行すべき ) 総理の言葉ではない、ということに尽きるのではないかと思います。



 ところで、

   総理としての責任感が「感じられない」 というのは、責任感が 「ない」 とは、異なります。

本当に責任感がなくて他人事なのか、あるいは、対策を打ちつつある安心感からなのか、はたまた、苦悩し続けているけれども表に出さない人柄なのか、それは、有権者ひとりひとりが判断しなければなりません。有権者の側も、総理の発言 ( 動画 ) をどう解釈するかが問われています。



 なお、「asahi.com」 の 「野党幹部、相次ぎ批判 首相の「金がねえなら」発言」 は次のように報じています。

麻生首相が23日、東京都内で開かれた学生との対話集会で、参加者から「若者に結婚するだけのお金がないから結婚が進まず、少子化になるのではないか」と聞かれたのに対し、「金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことしない方がいい。おれは金はない方じゃなかった。だけど結婚は遅かった。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しい」と語ったことに対し、24日、野党幹部から批判の声が相次いだ。

 民主党の菅直人代表代行は沖縄県沖縄市で「いま働こうと思っても仕事がない。そういう皆さんが考えてほしいと言った時に『金がないのに結婚するな』と言う。総理を続けてほしいと思う人は沖縄に一人もいないと思う」。共産党の志位委員長は長野市で「多くのワーキングプアをつくった責任を感じないのは政治家失格だ」。社民党の福島党首も同市で「非正規雇用が増えたのは政治のせい。自己責任にするのは政策を理解していない」と語った。




■追記
 「もう自民党政治は嫌になったので、この辺で政権交替したらどうか、民主党になったからと言って世の中はそう急激に変わるわけはないが」 ……… 世の中はそう急激に変わるわけはないのであれば、( 経験の乏しい ) 民主に変えてもよい、ということにもなりますね。

年金制度は統一すべき

2009-08-26 | 日記
小林良暢 『なぜ雇用格差はなくならないのか』 ( p.170 )

 年金というと、夫婦二人で毎月二三万円がもらえるという話になる。しかし、これは二〇歳から六〇歳まで年金保険料を四〇年間払い続け、現役時代の月収が四七万円強という、標準的というか中レベル以上の世帯主に、同い年で専業主婦の奥さんがいるというモデルの話である。実際にはこれより低い人の方が多く、年金受給者の平均は一九万円程度である。
 また、結婚しないで働き続けた短大卒のシングル女性の平均的モデルを考えると一六万円くらいだろう。もちろん、専業主婦で離婚した女性の場合だと、自分の基礎年金六万六〇〇〇円くらいしか支給されない。
 こうしたシングル・ライフや離婚女性などの増大は、現行の年金制度が設計された当時は想定されていなかったことで、もはや制度そのものを抜本的に改革する必要に迫られている。さらに、共済年金は同じく二人モデルで二六万円程度という水準に達する。
 他方、国民年金の単身者公的年金は六万六〇〇〇円、夫婦二人でも一三万円である。国民年金基金の上乗せ年金制度があるが、任意加入であるので公的制度とは言い難く、厚生年金や共済年金との格差が大きすぎる。
 これまでは、国民年金の主たる加入者である自営業者や農業従事者などは、高齢になっても就業して収入があることから、それを想定して低い水準に設定されていた。しかし、近年はパートタイマー、派遣・請負労働者、また専業主婦、離婚した女性など、就業形態の多様化を反映した多様なライフスタイルの人々が国民年金に加入している。しかし、これらの人々は自営業者や農業従事者などとは違って、六〇代半ばを過ぎても働き続けられる保証はなく、このままだと将来は大量の低年金層を生み出すことになる。このように、格差年金という構造的な欠陥が顕在化した以上は、制度を再設計し直す必要がある。


 年金制度は、もはや現在の社会状況に合致しておらず、格差が大きすぎるなど、構造的な欠陥がある、と書かれています。



 自営業者や農業従事者が、高齢になっても収入があるのはたしかだと思いますが、それにも限度があると思います。人は、年とともに、自由に動けなくなります。また、跡を継がせた場合、サラリーマンの定年と同じく、収入がない状況になると考えてよいと思います。したがって、もともとサラリーマン ( や公務員 ) に有利な制度になっていた、といってよいのではないかと思います。

 通常、制度の設計は、大多数の人々を基準にしてなされますから、サラリーマンと専業主婦を基準にする制度になっているのは当然だとは思いますが、近年は、その基準から外れる人々が増えてきており、( 必ずしも自己責任とばかりはいえない ) 現役時代の収入格差と結びついて、問題になっていると考えてよいと思います。



 したがって制度を変える必要がありますが、どのような制度にすべきか。それが問題になります。これについては、人々のライフスタイルが多様化してきたというのですから、

   もはや、基準となる、標準的な世帯を想定することは不可能

であるといってよいのではないかと思います。とすれば、

   全国民を対象として、一定額を基礎的な年金として保障することが必要

です ( 制度を統一する ) 。そして、それでは不足であるならば、

   それに上乗せする部分を、別途 ( 国が ) 用意する、あるいは、民間の保険に委ねる

と考えるのが自然ではないかと思います。



 その際、国民年金・厚生年金・共済年金を統合する必要が生じてきます。そこで問題になるのは、統合すれば、厚生年金・共済年金側に 「損」 になる、という点です。

 しかし、もともとサラリーマンや公務員に有利な制度になっていたのですから、統合に際して、多少の 「損」 は当然ではないかと思います。これまで、「得」 をしていたのですから、多少の 「損」 があってもかまわない、と考えるべきではないかと思います。

 また、賃金昇給ピッチが非正規労働者に比べ、正社員が高いのは ( 正社員が非正規労働者よりも高給なのは ) 、非正規労働者の給与が低く抑えられているからであり、非正規労働者の犠牲のうえに、正社員の高給が確保されている、という面は否定しえないと思います。したがって、その観点からも、

   国民年金との統合にあたって、厚生年金・共済年金側に多少の 「損」 が生じてもかまわない ( かえって平等になる )

と考えるべきではないかと思います。