めけめけ様の日々雑感

胴体力関係は、「N氏式胴体力」カテゴリ。

ここ2,3日で読んだ本および起勢

2006年01月28日 | 日記・雑感
中島敦の作品「李陵」「山月記」「弟子」「名人伝」「悟浄出世」「悟浄歎異」を読む。
どれも大傑作。後日暇があったら感想でも書こうかな。悟浄の2作品が特に気に入った。
西遊記ファンと思索についふけってしまう鬱気味な人に超お薦め。
万難を排して読むべし。
スウィフトの「ガリヴァー旅行記」も読了。
人間の醜さと常識の矮小さをつくづく感じる。
世の中の常識に縛られてるなあと苦しんでる人にお薦め。
あと、想像力の奔流に溺れたい人にもいいです。
当時の政治や社会情勢を風刺しているらしいが
そこらへんは難しくてよく分からんす。
だが今の社会にも通じるところが大いにある。
所詮人間なんてヤフーだぜ!!(読んだ人にしか分からないネタ)

太極拳の起勢と呼吸についてメモ

先日吸って吐いて吸うの3テンポで起勢を終わらせるような形式で書いた。
すなわち吸息して吐息で腕を持ち上げて、吸息で腕を下げるやり方である。
だが、吸って吐いて吸って吐いて吸うの5テンポでやってもいいような気がする。
すなわち腹式呼吸で吸って、吐くときに腕を持ち上げ始めて、さらに胸式呼吸で吸って腕を引っ張り上げ、吐くと同時に腕を下げ始め、ふたたび腹式呼吸で吸って掌を下に押さえる感じ。こっちの方が呼吸がらくなような気がする。深いなあ起勢。

身体により深く入りこむ

2006年01月25日 | 日記・雑感
野村萬斎氏の舞台「敦 山月記 名人伝」を見た。録画で。
私は舞台なんて見た経験がほとんどないが、この舞台はとても面白かった。

萬斎氏の立ち方は素晴らしい。骨格が立ってる。かっちりとした捉えができている。
ただいかんせん骨だけという印象がある。鋭く堅くそして浅いのだ。
父の万作氏は捉え(骨格の位置の正確さ)に関しては息子に劣るが、それを吹き飛ばすほどの表現力、風格がある。まさしく芸道。功を積むってこういうことか。
神経に学習をさせる。神経に充電をする。気を充実させる。功夫を積む。全身を支配する。意を全身に通す。シンクロ率400%を目指す。

みな同じこと。

この微妙な感覚は、捉えて歩くことを続けることで徐々に分かるようになってくる。
私とて捉え歩きを始めて5年以上になるのだ。
ま、その感覚がわかったからといって、超人になれるわけではないし、ただのオタクの妄想かもしれないが。
だが、昔は胡散臭く思っていた気功などもなかなか実のあるものではないかと今は思っている。

最近は、胴体を動かすたびに胸骨や鎖骨、胸椎と腰椎の境目付近がポキポキと鳴り、縮こまっていた肉が伸びる感じが痛心地よい。身体を練りこね神経を目覚めさせるのは気持ちがいい。先達の遺した言葉(例えば「用意不要力」)などに対する感覚的理解の深まりは、純粋に楽しい。ある意味トリビアを知っていくような嬉しさがある。
私はその主観的満足の為だけに身体開発に勤しんでいるが、まだまだまだまだ上達の余地がありすぎる。ぼちぼち精進することにする。

太極拳の起勢3(起勢)

2006年01月20日 | めけの独善的身体の練り方(我流)
いよいよ本番。起勢の説明に入る。
まず両足を肩幅に広げて立つ。
両膝を軽く曲げる。
そして足首から前方に倒れる感じで前傾する。
拇指丘に体重がかかったら、軽くおなかを引っ込める。
何度も説明しているが、いわゆる「股関節の捉え」をつくった立ち方である。
そうしたら、腹式呼吸で息を吸い、骨盤を軽く後ろに回転させる。
吸息しながら丸まるわけである。内臓が圧縮される。
息を吐く。内臓が戻るとともにその力を生かす感じで骨盤を前方に回転させる。
股関節から上下に力が走る。内転筋を締め両拇指丘で地面を踏みしめる。
骨盤の回転が背骨を伝い、肋骨を反らせ、胸骨が上方に引っ張り上げられる。
それを使って両手を持ち上げていく。その際に前腕をかすかに外旋させる。
掌は下に向けたままで橈骨を意識すること。

手首が肩の高さまで来たら、軽く手首を前に突き出す。
息を吸う。そして反った(前方回転した)骨盤を元に戻す。
そうすると反った肋骨が元に戻るのでそれに引っ張られるように腕を下げていく。
股関節から上下に伸びた力が再び股関節に集約する。わきの下から肘につながるラインが引っ張られるような感覚が起きる。そうしたらあとはその力でテーブルの卓面を押さえるように掌を下方に押し下げる。その際に前腕を内旋させる。橈骨を意識するように。
これで、起勢が完了である。

これだけのことを一遍に意識しながら行うのは難しい。
はっきりいって私には無理である。
しかし、ひとつづつ意識していけば、自然にできるようになる(はずである)

なんだか書くのに自分の感覚と話し合いとても苦戦したが、
これがめけ流の起勢である。

誰かの参考になれば本当に喜ばしい。

太極拳の起勢2(前提 丸める反ると呼吸)

2006年01月20日 | めけの独善的身体の練り方(我流)
まず前提を整備しよう。
胴体力の三つの動き
「丸める反る」
「伸ばす縮める」
「捻り」のうち起勢に使用するのは「丸める反る」である。

「丸める反る」は胴体力創案者伊藤昇氏の著書「スーパーボディを読む」によると進化論的に最も根源的な動きである。最初の形である起勢にはふさわしい。本書が手元にない為少しあいまいな記憶で書かせていただければ、クラゲなどが水中で「丸める反る」をおこない、それが地上に上がり四足動物になると四足歩行でわき腹の「伸ばす縮める」を使うようになり、人間くらいの認識力を得ると、力を生み出す「捻り」を使うようになるとのことだ。じゃあ魚類はどうなんだろうか?「伸ばす縮める」onlyかなあ。骨盤がないしなあ。おっと、脱線脱線。

「丸める反る」の動きについては
http://www.hiryukai.jp/3motion1.htm
を参考にして欲しい。

そして重要なのは呼吸である。
ここで、腹式呼吸をしてもらいたい。
息を吸うと下腹部が膨らむ。
これは、肺が膨らみ横隔膜が下がり、横隔膜の下の内臓が下方に押されて膨らむのである。
これを腹圧を掛けるとも言う。
また、息を吐くと下腹部はへこむ。
これは、横隔膜が上がり内蔵が元の位置に戻るのである。

ここでは、内臓は水風船のようなものだと認識してもらうといいだろう。押さえるとへこみ、離すと元に戻る。
何度か腹式呼吸をして内臓が下部に圧縮されたり戻ったりする感覚を確かめて欲しい。
この弾力が動きのスタートとなるのである。

さて、それでは呼吸と丸める反るを組み合わせてみるとどうなるか。
体操として行う時には丸める=吐く、反る=吸うと大きく胴体が動かされる。
しかし起勢の時には力を圧縮させる為に逆の組み合わせがいいだろう。
つまり丸める=吸う、反る=吐くである。
前提は以上。次回は起勢の動きに入る。

太極拳の起勢(起勢は凄い形であるらしい)

2006年01月20日 | めけの独善的身体の練り方(我流)
太極拳に起勢(きせい)という形がある。
太極拳の最初の形で、ただ足を肩幅に開き、両手を上げ下ろしするだけの単純な形である。一回見せれば誰もが真似ることができるであろう。
起勢の動きについては
http://otm.xrea.jp/kanka/kanka_01_01.html
http://otm.xrea.jp/kanka/kanka_01_02.html
のページを参考にされたい。難しい動きではないことが分かると思う。
だが、
「太極拳は起勢に始まり起勢に終わる」と言われる。
「起勢が分かれば太極拳が分かったと言っても過言ではない」とも言われる。
つまり奥の深~い形なのである。
じゃあ起勢だけやってればいいじゃないかと思うが、他の形を行うことで、起勢に対する理解が深まるとも考えられる。
というわけで、
めけ流の太極拳起勢を書いてみようと思う。
めけ流とはいえ、私のオリジナルではなくポイントのほとんどはN氏から教わったものである。当然胴体力が関わってくる。
長くなるので、詳しくは次回。

THE 有頂天ホテル

2006年01月20日 | 日記・雑感
「THE 有頂天ホテル」を見に行った。
私は笑いこそはしなかったが、大変面白かった。
映画館の中では何人かが何度も笑っていた。
23人ものメインキャストが、
くるくると入れ替わり立ち代りドタバタ劇を繰り広げる様は、
さながらこの世の縮図。
ほんと人生色々だよね。
見た後にはすっきりして久々の「生きてて良かったなあ」という感覚を感じた。
長丁場だったが、だれることなく見ることが出来た。
ひととき憂き世を離れられるお祭り気分の良い作品だった。
もう一度見に行ってもいいかなと思う。

橈骨の意識

2006年01月19日 | 日記・雑感
桜木町からの帰り途中にまた月刊秘伝を立ち読み。
先日も読んだが、基本的にいい加減に読んでいるので、あまり記憶に残らなかったのだ。

私はそもそも人生自体に対していい加減でぼんやりと臨んでいるような気がする。
どうも世間の人と比べて薄っぺらな人生を歩んでいるようだ。
あんまり自分の人生の過去について覚えていることがない。記憶力がないのだろうか。
私は28年間何をしてきたのか。全ては茫洋とした白いもやの中に消えてしまっている。
人のエッセイを読むと随分と濃い人生を送っているんだなあと、羨ましさ半分、
疲れるんじゃないかという心配半分な気持ちになる。


さて「橈骨の意識」というのは要するに前腕の内捻りのことなのかと得心する。
腕を伸ばす際に尺骨を軸に橈骨を螺旋状に沿わせるようなイメージで、
前腕を内捻りしていくのだろう。腕を引く際はその螺旋をほどいていくような
イメージを使う。それによって手先までの力の伝達がよりスムーズになるんだろうな。
ちなみに橈骨の内捻りのラインは小指につながる。小指を張る意識をもつと、
内捻りの締まりがよりしっかりとする。
この内捻りのラインを明確にしていくと腹の内部の開発にもつながる。
腹と腕はつながっているからだ。全身連動の一環である。
しばらく捉えて歩いて胴体が開発された人には役に立つ意識の使い方であろう。

1月19日

2006年01月19日 | 日記・雑感
桜木町に出かけた。
横浜美術館に行こうと思ったからだ。
山崎まさよしの歌を口ずさみながら歩く。
「one more time,one more chance」
「いつでも探しているよ どっかに君の姿を
明け方の街 桜木町で こんなとこにくるはずもないのに♪」

動く歩道を登り、通りかかったランドマークタワーに登ってみようかと考える。
69階273メートル、日本一高い展望ホールらしい。
しかし、登るのに1000円取られる。
たかが高度が高いだけのものに1000円。
逡巡の後、せっかくだからと登ってみる。
なんと40秒で69階まで到達した。凄いエレベーターだ。その快適さたるや立てた10円玉が倒れないらしい。
273メートルからの景色は確かに絶景である。
「見ろ、人がゴミのようだ」などとムスカ大佐ごっこをする。
「この街はすべてお前のものだ!ユリア!」などとシンになりきってみたりする。
「愚民どもが・・・」と権力者ごっこをする。

ぐるりと見渡す限り大小の建物がみっしり建っていた。相当遠くまで見渡せるのだが。
森と言う物がない。人間って恐ろしい。科学の勝利というべきなのか。
「人間は地球の皮膚病なり(ニーチェ)」という言葉がまざまざと頭にリフレインする。
なんだか空恐ろしくなった。

とりあえず1000円は高かった。600円くらいが妥当だと思う。
そのあと、横浜美術館に行く。なんとシャッターが下りている。
「休館日 毎週木曜日」との文字が看板に出ている。
うかつなり自分。
とぼとぼと帰る。


捻りについて雑感

2006年01月19日 | 日記・雑感
月間秘伝を立ち読み。胴体力の捻りの特集をやっていた。
床に寝そべってやる体操は実際問題、家でできる人は少ないのではなかろうか。

捻りねえ。捻りは作り上げていく動きであると伊藤昇氏は述べているが、
全く同感である。捻りに関してはやればやるほど感覚が変わってくる。

捻るというのは、身体の中心部を捻ることでパワーを生み出す。
このところの私の認識では、この身体の中心部というのは腸腰筋と内転筋で、感覚的にはその二つの筋肉が一本のゴムとなって、あたかもゴム動力のプロペラ飛行機模型のように捻れる感覚が出てきた。
ちなみにゴム動力の飛行機模型とは下記ページのようなものである。
http://www.tnc.ne.jp/oasobi/oasobi01/01plane/08.html

さらに最近は、その筋肉の感覚にプラスして股関節から大腿骨、腰椎や胸椎、胸骨までの胴体骨格を意識して捻るようにしている。

そうすると、胸骨付近がなんか痛い。ストレッチ感が出てくるのだ。胸骨には胸椎から生えた肋骨が集中してくっついている。そういう意味で肋骨の動きの要である。
その部分が痛いということは今まで動かしていなかった部分が動き始めた、さび付いた歯車が動き出したかのように感じられる。
特に胴体の捻りと腕の内捻りが混在する動き(太極拳の楼膝拗歩)をしようとすると、胸骨のストレッチ感はますます高まる。このストレッチ感の抵抗がなければもっと流れるように腕を動かせるような気がする。ひたすら動かしてさびをとって行こう。

武術研究家の日野晃氏によれば胸骨は全身の動きの要らしい。
私の感覚的には、仙骨が全身の動きの要で、胸骨は腕の動きの要。メインとサブの関係にあるような気がする。

高岡英夫は胸椎のことを特に固まりやすい部分として拘束背中(こうそくはいちゅう)と呼称したが、それに習えば胸骨も拘束胸芯なんて呼んでもいいんじゃないだろうか。

そんなことを思いながら、胴体を捻ったり腕を伸ばしたりすると、鎖骨や肩や胸骨がポキポキと鳴る。運動不足だねえ。

1月16,17日

2006年01月17日 | 日記・雑感
昨日は丸一日かけて「罪と罰」下巻を読破。
金、神、宗教、人間、非常に多くの思想やテーマが盛り込まれた大作だった。
特に、虚栄心や尊大な心的態度からいさかいが生じる場面
マルメラードフの法事やルージンとラスコーリニコフの言い合いなどが心に残った。
みぞおちから手を突っ込まれて内臓をつかまれ激しく揺さぶられているような感覚で読了した。
しかし、なぜラスコーリニコフはソーニャのことを愛するようになったんだろうか?一読したところそこが一番謎である。

今日は、「罪と罰」の衝撃で疲労困憊しているので、軽くいこうと林真理子の「女のことわざ辞典」を読んだ後、
散歩がてらに近所のブックオフまで行く。

そこで「るろうに剣心」を立ち読み。ちょうど天剣の宗次郎と志々雄真実との戦いの部分を読んだ。素直に面白いッス。天剣の宗次郎は実にいいキャラだ。感情が欠落した天才剣士。萌えるなあ。天才、いい響きだなあ。「天才」は私が好きな単語のベスト5に入る。

ブックオフでは、林真理子のエッセイ3冊とさくらももこのエッセイ7冊、そして夏目漱石の三部作「三四郎」「それから」「門」を購入。

林真理子は、私の精神科医がエッセイを読めといったときに出てきた名前だ。
「エッセイとか読みなさい。例えば、林真理子とか中野翠とか頭のいい人の。」
といわれたが、世事に疎い私は林真理子について「ブスを売りにしている文化人で、ちょっと昔の人」以上の認識をもっていなかった。
試しに読んでみたところ、大変面白い。極めて読みやすい文体で、一人の女性が考えていることを覗いているみたいな感覚が得られて楽しい。あれだけ大量のエッセイを書いているというのは凄いことだ。よく題材があるものだ。教養もあるなあと思う。
ちなみに中野翠のエッセイはブックオフにあまり並んでなかったのと、読んでみたところあまりに時事風俗(ニュース)に根ざしすぎているので、私は苦手だと思った。

さくらももこは「もものかんづめ」を読んだところめちゃくちゃわらえたので、まとめて購入。人を笑わせられるって、つくづく天才だよなあ。

夏目漱石は、言わずと知れた日本文学の巨人であるが、もちろん無学な私は「坊ちゃん」しか読んでいない。それに冒頭の部分しか覚えてないし。
漱石は現代日本人の日本語の基本テキストとしても大変いいとの意見をどこかで読んだことがあるので、買っておこうと思った。

今日はそんなところで。