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イエス・キリストのブログ
プロテスタント(バプテスト派)

見捨てない

2009-08-30 13:04:50 | 聖書
苦しむ人、貧しい人は水を求めても得ず渇きに舌は干上がる。
主であるわたしが彼らに答えよう。
イスラエルの神であるわたしは彼らを見捨てない。
===== イザヤ書 41章 17節 =====

イザヤは、ヒゼキヤ王(B.C.716-687年)の時代です。
王様一覧より

天の父がイスラエルの民を見捨てないと、イザヤを通して言われた言葉です。

実は、1つだけ見捨てない条件がありました。
それは、天の父に従うことです。

創造主の呼び名

2009-08-26 23:00:00 | 聖書の原典
創造主の呼び名は・・・!?

十戒には、次のように書いてあります。

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。
===== 出エジプト記 20章 7節 =====


<<< ヘブライ語 >>>
ヘブライ語では、創造主はどのように書かれているのか?

אלהים (elohim:エロヒーム) 日本の訳では「神」、英語の訳では「God」
===== ヘブライ語の辞書より =====
(複数形の形をとるが単数扱い)
天地創造の神、唯一神
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אדני (adonai:アドナイ) 日本の訳では「主」、英語の訳では「Load」
===== ヘブライ語の辞書より =====
主、主なる神、天地の支配者
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יהוה (発音は忘れられている) ヘブライ語の意味は「有りて在る者」
יהוה は、ヘブライ語では、アドナイと呼びます。
ほぼ正しいと推測される母音では、(yahaweh:ヤハウェ)と読みます。
訳はアドナイと同じより、日本の訳では「主」、英語の訳では「Load」
===== ヘブライ語の辞書より =====
ヤハウェ
主なる神【”有りて在る者”の意。ユダヤ人はこの名をみだりに唱えることを避けて代わりにアドナイ(主)、ハシェム(聖名)と発音する】
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旧約聖書では、この3つの言葉が用いられています。
創世記1章1節には、 אלהים が使われてます。


<<< ギリシャ語 >>>
ギリシャ語では、創造主はどのように書かれているのか?

θεος(theos:セオス) 日本の訳では、「神」
===== ギリシャ語の辞書より =====
①ギリシア神話から借りた語で、元来多神教における神々の中の一つの神、即ちゼウスやヘルメスやアルテミスなどを言った
②唯一の真の神、生ける神ヤハヴェを指して;ユダヤ教徒とキリスト者はこの異教的用語をきよめて最も高い意味に用いた。
無冠詞は神的本質、冠詞は人格神を指し示す。
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Πατερ(pater:パタア) 日本の訳では、「父」
===== ギリシャ語の辞書より =====
①父、父親、おとうさん
②先祖、祖先、父祖

③(神について)父、父なる神
(a) 万物の創造主、すべての生命の起源・源泉として、特に人間生命の源をたどれば神の創造に発するところから
(b)主イエス・キリストの父として。
(c)キリストの恵みにあずかる時、罪人が義とされて霊的な意味で神の子とされ、神を父と呼ぶことを許される意味
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※Πατερ(父) ο εν(の) τοις ουρανοις(天) 日本の訳では「天の父」
※太文字は冠詞です。

主イエス・キリストが、創造者のことを、「天の父」と言われました。

新約聖書では、この2つが使われています。

ソロモンの即位

2009-08-23 14:30:11 | 聖書
ソロモンの即位の場面です。


その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。

ソロモンは答えた。
「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。
またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。
わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。
しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。
僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。
どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。
そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」

主はソロモンのこの願いをお喜びになった。
神はこう言われた。
あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。
見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。
あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。
わたしはまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。
生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。
もしあなたが父ダビデの歩んだように、わたしの掟と戒めを守って、わたしの道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう。」

ソロモンは目を覚まして、それが夢だと知った。
ソロモンはエルサレムに帰り、主の契約の箱の前に立って、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ、家臣のすべてを招いて宴を張った。
===== 列王記上 3章 5-15節 =====

ソロモンは、天の父から何が欲しいか聞かれました。
ソロモンは、長寿、富、敵の命ではありませんでした。
ソロモンが望んだことは、民をまとめる知恵でした。
天の父は、ソロモンに富や栄光を加えて与えました。

私はソロモンが善と悪を判断する力を望んだことが、とても素晴らしいと思います。
武力、権力などより、正しい知恵こそが真の力であることを、天の父は示していると思います。
そして、私の罪がその正しい知恵が分からなくなっているので、イエス・キリストを通して真の道を示していると思います。

ルツ

2009-08-16 14:24:14 | 聖書
女ルツという人物が聖書に登場します。

ルツは結婚をしましたが、夫に先立たれてしまいました。
姑のナオミと一緒に暮らしていました。

ナオミの故郷はユダです。 ルツの故郷はモアブです。 
ナオミは、ルツに次のように言いました。
「自分の里に帰りなさい。
あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。
どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。
どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」

ルツは次のように答えました。
「いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。」

ルツはナオミの故郷に一緒に行くことになりました。
ナオミの親戚にボアズがいました。

ルツは、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」

そこの落ち穂を拾う所有地はボアズの畑地であった。

ボアズはルツに言った。
「わたしの娘よ、よく聞きなさい。
よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。
ここから離れることなく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい。
刈り入れをする畑を確かめておいて、女たちについて行きなさい。
若い者には邪魔をしないように命じておこう。
喉が渇いたら、水がめの所へ行って、若い者がくんでおいた水を飲みなさい。」

ルツは、顔を地につけ、ひれ伏して言った。
「よそ者のわたしにこれほど目をかけてくださるとは。
厚意を示してくださるのは、なぜですか。」

ボアズは答えた。
「主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。
どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。
イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように。」

ルツは言った。
「わたしの主よ。
どうぞこれからも厚意を示してくださいますように。
あなたのはしための一人にも及ばぬこのわたしですのに、心に触れる言葉をかけていただいて、本当に慰められました。」

後にボアズとルツは、結婚することになります。


ルツの話は、66巻の聖書の1巻(ルツ記)のお話でもあります。

マタイによる福音書の系図を見ると次のように書かれてあります。
ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。
ボアズ(妻はルツ)⇒オベド⇒エッサイ⇒ダビデ

ルツは、ダビデの曾おばあちゃんになります。
ルツの子孫にイエス・キリストが誕生します。

ルツの人生は、幸福な人生ではなかったかもしれません。
それは、夫を亡くして、異国の地で生活して、落ち穂拾いをして、精神的には大変なことが多いからです。

ルツは天の父に守られていました。
どんなに苦しい時でも、天の父が守っていてくださったことが、お話から分かります。

私たち人間には、苦しいと思うことでも天の父を信じることは、どんな恵にも変えられないことだと思います。

人は・・・!

2009-08-13 22:10:25 | 聖書
人は、どのように創造されたのでしょうか?

聖書では、次のように書かれてあります。
主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。
===== 創世記 2章 7節 =====

そして、ノアの洪水のときには、次のように書かれてあります。
わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。
人は肉にすぎないのだから。
===== 創世記 6章 3節 =====

人は体と意思で出来ていることは分かると思います。
体は土の器です。 意思は霊です。

命の息とは、わたしの霊(天の父の霊)のことです。
意思が霊とは、天の父の霊の1部であることです。

聖書では、人は「土の器」と「霊」によって出来ていると書かれてあることが分かります。

原爆について

2009-08-07 07:37:31 | 社会について
原爆記念について

聖書には、核原爆がいけないとは書かれていない。
十戒で、人を殺してはならない。 と書かれている。
核原爆を人殺しの目的で使用することは、当然ながら正当化はできない。

アメリカ人へのアンケートでは、原爆を正当化している方が大半(60-70%)を占める意見が多いようだ。
あの時に、使用しなければもっと、多くの方が亡くなっているから、ということが理由としてあげられていた。

人は罪人なので、戦争を起こせば、むさぼるように人を殺してしまう。
それを考えれば、ある程度の犠牲をもって、戦争を止める手段しかなかっただろうか?

イエスは、人は人に敵対し、国は国とに敵対すると書かれている。
戦争は、どこかで必ず起こることが書かれている。

つまり、聖書では人を殺してはならないと書かれてあり、国と国とに敵対すると書かれてあります。
そういう意味では、人の罪深さを考えることが重要なのかもしれない。


平和という言葉を考えることが、少しありました。
平和の定義とは、と考えましたけど、ないような感じがします。
ヘブライ語では、シャローム(שלום)が使われています。
シャロームの意味は、「平安、安息、平和、和平、健康状態、安否、無事、機嫌、安全」であります。
他には、挨拶の言葉として使われます。 「おはよう、こんにちは、こんばんは」でも使われますが、「初めまして(初めての方)、さようなら(お別れの方)」にも使われます。

私たちクリスチャンは、シャローム(平和)と唱えていきたいと思います。

礼拝後

2009-08-02 19:58:44 | 教会
今日は礼拝に行って来ました。
これがクリスチャンとして普通なんですが、病気だったので、ここ2~3年行けないと、行けることに喜びを感じます。
引き続き行けることを、お祈りしてください。

また、古くからの仲間や新来者がいて、とても懐かしい半面、新鮮な感じがしました。

礼拝後は、家に帰ってから横になっていました。
起きてみたら、午後6時でした。(苦笑)