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イエス・キリストのブログ
プロテスタント(バプテスト派)

生きる目的

2007-05-31 09:26:35 | Weblog
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。
海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
===== 創世記 1章 27~28節 =====

私たちは、何を目的に生きているのでしょうか?
「地を従わせよ。すべて支配せよ。」と神は言われます。
現代風に解釈すると、「地上の起こる事柄を管理しなさい」と神から言われていると思います。

農家は、種を蒔いて、野菜や果物が育つことを管理します。
コンピューターは、販売管理では、販売データを管理するための道具としてコンピューターを使います。
などなど・・・。

結局は、「地上に起こる事柄を管理すること」が人間の生きる目的なのです。
神は、これを良しと言われます。

結婚記念日

2007-05-30 06:18:27 | Weblog
今日は、結婚記念日です。
結婚して9年目になります。

9年前に、自分の教会で結婚式を執り行ないました。
写真をみると若かったと思います。

この9年間は、いろいろな出来事がありました。

9年も一緒にいると、本当に空気のような存在になります。
傍にいて当たり前だけれども、いないと寂しい存在です。

本当に、神の導きで出会うことが出来たパートナーだとつくづく思います。
今後もいろいろとありますが、一緒に助け合ってがんばって行きたいと思います。

結婚式の御言葉

2007-05-30 06:10:18 | Weblog
主なる神は言われた。
「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」
主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、
人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。
人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。
人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、
自分に合う助ける者は見つけることができなかった。
主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。
人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。
主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、
人は言った。
「ついに、これこそわたしの骨の骨わたしの肉の肉。
これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう
まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」
こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。
===== 創世記 2章 18~25節 =====

女性は、男性の生活の助けて(支え)として誕生しました。
父母を離れて、二人は一体となりました。

夫婦生活は、生まれも、育ちも、価値観も違う二人が生活を始めます。
しかし、お互いが助け合って、支えあって、生きていくように神より造られました。夫婦とはそのような存在であります。

永遠の命

2007-05-29 08:32:03 | Weblog
神は、その独り子(イエス)をお与えになったほどに、世を愛された。
独り子(イエス)を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
神が御子(イエス)を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、
御子(イエス)によって世が救われるためである。
御子(イエス)を信じる者は裁かれない。
信じない者は既に裁かれている。
神の独り子(イエス)の名を信じていないからである。
光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。
それが、もう裁きになっている。
悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、
光の方に来ないからである。
しかし、真理を行う者は光の方に来る。
その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。
===== ヨハネによる福音書 3章 16~21節 =====

世を裁くためではなく、御子(イエス)によって世が救われるためである。
とあるとおり、裁くためでなく、救われるために、イエス・キリストが遣わされました。

光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。
それが、もう裁きになっている。
実は、私たちの罪(原罪)が、神の光よりサタンの闇の方を好みます。つまり、私たちの罪(原罪)が裁きになっています。
この裁きとは「終末の裁き」のことを意味します。
裁かれないためには、イエス・キリストを救い主(メシア)として信じる必要があります。

しかし、真理を行う者は光の方に来る。
真理とは正しい道です。正しい道を行える人はいません。
しかし、正しい道を求める人が大勢います。
そのように、正しい道を求める人が光の方に行きます。

私たちの罪について

2007-05-28 15:18:29 | Weblog
わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、
神は光であり、神には闇が全くないということです。
わたしたちが、神との交わりを持っていると言いながら、闇の中を歩むなら、
それはうそをついているのであり、真理を行ってはいません。
しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、
互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、
真理はわたしたちの内にありません。

自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、
真理はわたしたちの内にありません。
自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、
罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。

罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、
神の言葉はわたしたちの内にありません。
===== ヨハネの手紙 一 1章 5~10節 =====


私たちは、神に対しても、人に対しても罪人であります。
そうです。私たちは、罪人なのです。
自分の罪を公に言い表す人が、クリスチャンなのです。

私は、親の信仰である天理教を信仰していました。
これは、偶像礼拝であります。偶像礼拝は、神が嫌うことでした。

しかし、神は正しい信仰へと導いて下さいました。
本当に、真の神である神を信仰することが出来ました。
神に立ち帰るには、イエス・キリストを救い主として信じることが必要であることを知りました。

そして、神、イエス・キリスト、聖霊が三位一体の神であることを知りました。

私たちは、神の前では正しくない罪人であります。
自分が罪人でイエス・キリストによって贖われています。

なぜ、働くのか?

2007-05-27 16:32:22 | Weblog
人は、なぜ働くのでしょうか?

神はアダム(男)に向かって言われた。
「お前は女の声に従い
取って食べるなと命じた木から食べた。
お前のゆえに、土は呪われるものとなった。
お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
お前に対して
土は茨とあざみを生えいでさせる
野の草を食べようとするお前に。
お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵にすぎないお前は塵に返る。」
===== 創世記 3章 17~19節 =====

安息日を心に留め、これを聖別せよ。
六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、
七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。
===== 出エジプト記 20章 8~10節 =====

アダムとエバの創世記の時代は、果物を食べて生活していました。
そうです。働かなくても良かったです。
しかし、アダムとエバは、「善悪の木の実」を蛇にだまされて食べてしまったのです。
神と「善悪の木の実」を食べない約束でした。
約束をやぶった罪よりアダムは、働くことになりました。

また、モーセの十戒より6日間は働くように、命じられています。
そして、7日目を安息日として休むように言われています。

働くことは、神の掟なのです。
クリスチャンでもなくても、クリスチャンでも、働かなければなりません。
これは、神の定めた掟だからです。

そう考えると、仕事はあくまでも、生活の糧のために働くのです。
家族が生活ができる糧を得るために働くのです。

仕事に命をかけるとか
仕事が好きとか、嫌いとか
会社のために働くとか
21世紀になれば、働かなくても良いとか

そんなことはありません。
神の定めた掟として、全人類が生活の糧のために働かなくてはいけません。
アダムの罪のために、全人類は働くのです。

神の愛

2007-05-26 13:34:28 | Weblog
愛する者たち、互いに愛し合いましょう。
愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、
神を知っているからです。
愛することのない者は神を知りません。
神は愛だからです。
神は、独り子(イエス・キリスト)を世にお遣わしになりました。
その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。
ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、
わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子(イエス・キリスト)をお遣わしになりました。
ここに愛があります。
愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、
わたしたちも互いに愛し合うべきです。
いまだかつて神を見た者はいません。
わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、
神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。
===== ヨハネの手紙 一 4章 7~12節 =====

わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子(イエス・キリスト)をお遣わしになりました。

とある通り、私たちが神を愛したのではありません。
神が私たちを愛して下さいます。
神の愛より、私たちが神を愛します。そして、隣人を愛します。愛は神からいただくものであります。


愛することのない者は神を知りません。

とある通り、愛を知らない者は、神が分かりません。

旧約聖書続編

2007-05-23 17:00:39 | Weblog
現在は、旧約聖書続編を読んでいます。
エステル記です。

今日は、「キスの日」みたいですね。
日本の映画で初めてキスシーンが行われたことから「キスの日」みたいです。

私は、去年の今日から休職をしました。
それで、休職してちょうど丸1年になりました。

3月末には完全に治ったと思ったのですが、4月上旬には眠気より休みが多かったです。原因不明の眠気でした。
最近、分かったことは眠気は、うつ病から来ることでした。

今日も、うつ病の眠気より1日中、眠たかったです。