<神は光>
わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。
わたしたちが、神との交わりを持っていると言いながら、闇の中を歩むなら、それはうそをついているのであり、真理を行ってはいません。
しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。
自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。
罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。
===== ヨハネの手紙 一 1章 5~10節 =====
天の国に存在する神は、光の方であるとヨハネは教えてくれます。
光の方だからこそ、私たちに本当の力、癒し、聖霊などを与えてくださいます。
しかし、私たち人間はどうでしょうか?
私たちは、人を欺き(偽証)、異性と肉体関係をもったり、親兄弟に反抗したり、お金を求めて、人を傷つけて、人のものを盗んだりと・・・。
悪い事ばかりを考えています。
ヨハネは、次のように教えてくれます。
「闇の中を歩むなら、それはうそをついているのであり、真理を行ってはいません。」
真理を行っていないと言っています。
聖書で言う真理とは、イエスを信じることが真理であるということが基本にあります。
イエスは、光の道を教えてくださいます。
それが、真理へと導いてくださいます。
イエスは、姦淫の女を赦しました。徴税人のラザロを赦しました。
天の国について教えてくださいました。
そして、今の国同士が戦争をする、地震が起こるなども見抜いておられました。
本当に、さまざまなことを教えてくださいました。
実は、光(言葉)は、イエス・キリストのことを言っています。
また、ヨハネは次のように言っています。
「自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。」
私たちの罪を、神の前で正直に認めるならば、あらゆる不義から清めてくださいます。
これは、とても難しいことであります。
人は罪を持っているという考え方ではなく。
人は罪を犯す人間であるということです。 これが、原罪であります。
なので、私は罪を犯す者でありますから、神の道を教えてください。
そして、その神の光の道を歩ませてください。
という祈りが毎日、必要であります。
つまり、人は罪を犯す者であることを、神の前で認めることであります。
知らずに、神の心を痛めたこと、人を傷つけたことなども沢山あると思います。
はっきり、律法の十戒を破ったと罪を犯した方もいると思います。
これら、すべてを神の前で認めることが大切であります。
2008年は、神は光の方であるとことを信じて歩んで行きたいとおもいます。
わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。
わたしたちが、神との交わりを持っていると言いながら、闇の中を歩むなら、それはうそをついているのであり、真理を行ってはいません。
しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。
自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。
罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。
===== ヨハネの手紙 一 1章 5~10節 =====
天の国に存在する神は、光の方であるとヨハネは教えてくれます。
光の方だからこそ、私たちに本当の力、癒し、聖霊などを与えてくださいます。
しかし、私たち人間はどうでしょうか?
私たちは、人を欺き(偽証)、異性と肉体関係をもったり、親兄弟に反抗したり、お金を求めて、人を傷つけて、人のものを盗んだりと・・・。
悪い事ばかりを考えています。
ヨハネは、次のように教えてくれます。
「闇の中を歩むなら、それはうそをついているのであり、真理を行ってはいません。」
真理を行っていないと言っています。
聖書で言う真理とは、イエスを信じることが真理であるということが基本にあります。
イエスは、光の道を教えてくださいます。
それが、真理へと導いてくださいます。
イエスは、姦淫の女を赦しました。徴税人のラザロを赦しました。
天の国について教えてくださいました。
そして、今の国同士が戦争をする、地震が起こるなども見抜いておられました。
本当に、さまざまなことを教えてくださいました。
実は、光(言葉)は、イエス・キリストのことを言っています。
また、ヨハネは次のように言っています。
「自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。」
私たちの罪を、神の前で正直に認めるならば、あらゆる不義から清めてくださいます。
これは、とても難しいことであります。
人は罪を持っているという考え方ではなく。
人は罪を犯す人間であるということです。 これが、原罪であります。
なので、私は罪を犯す者でありますから、神の道を教えてください。
そして、その神の光の道を歩ませてください。
という祈りが毎日、必要であります。
つまり、人は罪を犯す者であることを、神の前で認めることであります。
知らずに、神の心を痛めたこと、人を傷つけたことなども沢山あると思います。
はっきり、律法の十戒を破ったと罪を犯した方もいると思います。
これら、すべてを神の前で認めることが大切であります。
2008年は、神は光の方であるとことを信じて歩んで行きたいとおもいます。