東京老人Tokyorojin

こごとじじい増山静男のブログです。

12日2月 佐田岬にいく

2013年02月15日 11時38分24秒 | Weblog
予報によると12時から雨、明日の朝までだそうなのでできるだけ早く出るようにする、
全行程3時間40分、12時ごろ到着の予定だ、


       

佐田岬半島は道路が高いところにできている、メロディラインというからしょっちゅうメロディが聞こえるのかと思ったら、最後の一箇所だけ、♭みかんの花咲く丘 の節が聞こえる、地元の人は頂上線と呼んでいる、途中の集落に降りるには一苦労の道なのだった、12時につくと、予想していたとはいえ、

誰もいない、

食事にもありつけなかった、ちょうど雨も降ってくるようだ、佐田岬灯台には、片道1.8キロ!!!、がんばって、歩き出すと立派に舗装された道だ(この理由は後でわかる)

          


誰もいない道を歩く、駐車場が高いところにあるので、がーーと降りる、そしてもう一山登らなければならない、やがて椿山というところに出た、昔の探哨灯の基地があって、格納庫、一周道路などが作られていた、その昔この辺は要塞地帯で、普通の人はこれなかったところだ、


      

やっと岬の灯台に到着、雨はまだ降ってこない、幸い風もなく、九州までよく見えた、











帰りに道を見ると国道の起点が書いてあった、なるほど、ここは歩道国道で国土交通省が作っているのだ、道理で歩きやすい、





かえりに駐車場に入るころ大粒の雨が落ちてきて、次の朝までやむことはなかった、





途中、亀の湯温泉の看板を見たので、頂上道路からまっさかさまに降りてみると、ここは日帰り温泉で、とてもよくできていた、シニア500円は安い、食事と、マッサージをして、まことに爽快な気分となった、ここは辺鄙なところなのに入場者100万人を達成したとの事、お勧めである、ここのマッサージのオネーサンにきいて、大洲に泊まろうかと思う、  


13日2月 大洲のまちを歩く

2013年02月15日 09時26分10秒 | Weblog
朝起きると昨日の雨は終わっているのだが、霧はかかっていない、肱川おろしには振られてしまったらしい、霧は気まぐれで予想ができないそうである、もう一度こないといけないな、

大洲の地図



    

街を取り囲む肱川は、河口まで30キロほど、昔は木蝋を運んだ船でにぎわった、河口には昔できた開閉式の鉄橋があって、日曜日にはその開くさまが見えるという、


臥竜山荘

その木蝋輸出で財を成した河内という人が建てた山荘で、大洲市に寄付され修復の上公開されている、構想10年、京都の宮大工などを呼んで4年を掛けて製作した、”建築した”と書くべきかもしれないが、工芸品みたいな”品”である、この座敷も庭を見るために柱がない、







この不老庵は肱川を見下ろす、清水寺の舞台みたいな懸崖造りになっている、大洲には懸崖造りが後2つあるというが老巧のため見学禁止だそうだ、3つの懸崖を見られるようにしてほしい。

大洲城

最近できた天守閣にしては、みんな感心してみていくという、資料がたくさんあったおかげで忠実に昔の天主が再現されていた、







そうこうしているうちにお昼になった、いずみや という日本料理屋にはいる、

  

この鰻御前は1595円、信じられない安さである、


松葉旅館

ここは広い部屋、清潔な24時間風呂、おいしい朝食つき5000円である、市内には新しいビジネスホテルはなく、1時代前の日本が展開されているのであった。